第34話 コラボに満足する魔王
日本の暦で四月から五月へと変わろうとしていた。
もうすぐすると、ゴールデンウイークと呼ばれる長期休暇が始まるらしく、日本人は全体的にテンションが上がるらしい。
が、吾輩が面倒を見ている冒険者はそんな日本人たちよりも浮かれていた。
「魔王! ほら、見てや!」
「その動画ならもう14回は見たぞ」
「ええからもっと見てや!」
わざわざ自分のスマホを差し出してまで吾輩に見ることを強要しているのは、先日の曽根美咲とのコラボ動画である。
何やらトラブルがあり、一度撮り直しを挟んだそうではあるが、ちゃんとしたものとなっていた。
ワインでゾンビどもの不浄の匂いを中和し、曽根の華麗な槍
裏技的攻略が見たい者、曽根が見たい者、志保が見たい者、全ての需要を完璧に満たしている。
「調子に乗るのは良いが、どちらが動画のデータを有しているか確認をしっかりとしなかったのは反省するがいい」
「うぐっ……それは……」
あの日、空気を読んで自宅で佳保殿の手伝いをしながら待っていた吾輩の下に、嬉しそうな顔をして志保が帰って来たまでは良かった。
だが、いざ動画を上げるという段階になって、録画データは曽根美咲が持っていると発覚したのである。
ダンジョン内での撮影を曽根のドローンでのみ行ったのが原因であるが、今回の動画は人気動画となることが目に見えていた。
みすみす逃すわけにはいかなかったのである。
「曽根美咲が、駆け出しのお前が再生回数を得る方が良いと好意でデータの提供とアップロード権を譲渡してくれなければどうするつもりだったのか」
「すみません……ダンジョン内で美咲さんがウチの動画って扱いでええって言ってくれたから、ついついウチのドローンで撮影したと勘違いしとったんや」
「まあ、済んだ話であるから、これ以上の追及はしないが」
今回の一件に関してはどうも志保のポンコツ具合が目に付いてしまうな。
動画内の曽根美咲のようにしっかりとしてもらいたいものだ。
「何よりも、再生回数の伸びが素晴らしいな」
「ほんま、美咲さんパワーは偉大やで」
コラボ動画を上げてからまだ殆ど日数は経っていない。
それでも、最近話題の異色女子高生冒険者とトップランカー曽根美咲がコラボした上に、曽根が唯一倒していなかったゾンビをワインによって倒すという動画のインパクトは抜群であった。
曽根ファンも取り込んで、既に再生回数は89万回を超えており、今なお増加中である。
さらに、それに引っ張られるように今まで上げていた【タマネギゴブリン】と【ゴマ油スライム】も再生回数が伸びていた。
前者は40万回再生を超え、後者も40万回に迫る勢いである。
吾輩の狙い通りの効果が発生したことで一安心である。
「今のポイントはどれくらいだ?」
「そういえば、動画を上げたことに満足して確認してへんかったわ。確認するからちょっと待ってや」
いつものように、志保がスマホを操作してポイントを確認する。
が、その手が震え始める。
どうしたのかと観察していると、小声で「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……」と呪文のように唱えていた。
「どうしたのだ?」
「ま、ま、魔王……」
「うん?」
「こ、こ、これ……」
震える手で提示してきたスマホの画面を見る。
そこには134万7116ポイントと表示されていた。
「26万9423円くらいであるな」
「相変わらず計算早いな! ってか、そんな大金ウチ見たことないで!」
なるほど。
高校生レベルであるなら確かに20万円を超える金額というのは大金であろう。
志保の手が震えるのも理解できる。
「これくらいで震えて居てどうする。お前にはこれからもっと上を目指してもらわなくてはならんのだ」
「そ、そうは言うけどなぁ……アカン、お腹痛くなってきた」
「食べ過ぎか?」
「ちゃうわ!」
「なんだ。元気ではないか」
「ぐっ、悲しいかな。関西人のツッコミ精神のおかげで気が紛れたわ」
本当にコロコロと表情を変える娘だ。
もしかすると、村娘系冒険者という吾輩の評価は外れであったかもしれぬな。
まあ、今更志保を手放すつもりはないが。
「安心するがいい。吾輩が付いているのだ」
「確かにな。それに、ステータスがこんなに上がってウチも強なったしな! ウチと魔王ならいけるよな!」
志保が見せつけるようにステータスアプリを開いたスマホを提示して来る。
…………………
【ステータス】
氏名:掛田 志保
レベル:10/100
必要経験値:1200(現在50)
体力:105 ≪基礎5・レベル補正100≫
攻撃力:73 ≪基礎3・レベル補正50・装備補正20≫
防御力:55 ≪基礎5・レベル補正30・装備補正20≫
魔防力:13 ≪基礎3・レベル補正10≫
【装備】
鉄の剣:攻撃力20
鉄の鎧:防御力10
鉄の盾:防御力10
…………………
「当然であろう。取得経験が500もするゾンビを六体も倒したのであるから」
志保の動画が生み出した効果は何も自分に向けられたものばかりではなかった。
今まではその悪臭から戦闘を回避していた冒険者たちが、こぞってワインを持ち込んでゾンビ討伐を始めたのである。
このゾンビレベリングは一気にブームとなり、冒険者たちの底上げに貢献していた。
志保自身もレベル7から一気にレベル10まで上昇していた。
「これからはウチもゾンビをバリバリ倒して、もっと強なるで!」
「志保よ」
「なんや?」
「吾輩の記憶が正しければ、この国では17歳のお前がワインを持ち込むことはおろか、購入することもできないはずではなかったか?」
「あっ……」
だからこそ、ワインを曽根美咲に持たせたのである。
そのことを完全に忘れていたようである。
実際、ゾンビレベリングができるのは成人した冒険者に限られるため、未成年冒険者が愚痴を言う動画というのも投稿されて少しだけ話題になっている。
「も、もちろんワイン以外にもゾンビに効くものがあるんやでな?」
「そんなものは知らん」
「魔王様! そこを何とか!」
「知らぬものは知らん。それに、魔王様などと呼ぶな気持ち悪い」
「そんなこと言わんと! 魔王様!」
すがるようにして志保が懇願して来る。
「ええい! 悪臭に耐えてゾンビを倒すか、吾輩のようにワインすら不要で焼き払うかだ!」
「んなことできへんわ! むしろ焼き払う方法を教えてや!」
結局、諦めが付くまで長々と押し問答をさせられる。
全く、そう簡単に強くなれる方法など基本的にありはしないのが世の常というものであろう。
絶望に打ちひしがれる志保の様子を見て、トップ冒険者への道のりはまだまだ厳しそうだと確信する。
「ともかく、これから始まるゴールデンウイークとやらで堅実に経験値稼ぎをすればよいではないか」
「うぅ……せやな……」
少しだけ元気を取り戻したようである。
「それに、ゴールデンウイークとやらにはお前とて、何か予定ぐらいあるだろう。楽しいことでも想像していろ」
なぜ吾輩がこんな小娘を励ましているのか。
長い人生、何があるか分からぬ。
「ゴールデンウイーク……予定……あっ」
何かを思い出したかのように志保が声を出す。
「どうした?」
「お父さん帰って来るやん!」
いくら吾輩でも、父親の帰還を忘れているのはどうかと思うぞ……。
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