第32話 コラボする冒険者
ゴールデンウイーク前、最後の週末。
ウチは周囲の視線に晒されながら、ダンジョンの入口へと歩いて行く。
「うぅ……緊張してきました……」
「ふふ」
そう。
今は憧れの美咲さんと並んで歩いとる。
なんなら、この状況を見越して、今日は魔王が付いて来てへん。
うぐ、なんでこんなときに限っておらへんのや。
アカン、アカン。
魔王に側におって欲しいと思っとるなんて、ウチも末期や。
「本当に私なんかが美咲さんと一緒に動画に出ていいんでしょうか?」
「もちろん。志保ちゃんなら大丈夫よ。最近は志保ちゃんも名前が売れて来たんだから、ファンからしたら嬉しい組み合わせだと思うわ」
確かにファンからしたらたまらんやろうなぁ。
ウチも違う意味でたまらんのやけど。
口からスライムが出て来そうや。
「あ、曽根さんに掛田さん!」
そうこうしているうちに受付に辿り着く。
もちろんいつもお兄さんやで。
「どうも。今日は志保ちゃんと一緒に第3層に潜るつもりなの」
「じゃ、じゃあ、もしかしてコラボ動画ってことですか!?」
「ええ、そうよ。手続きをお願いできる?」
「も、もちろんですよ!」
ウチが言葉を発することもなく、手続きが進んでいく。
ああ、もう後戻りできへんところまで来てもうた。
昨日の夜まではあんなにもテンション高かったのに。
魔王にウザがられるくらいの元気はどこへ行ったんや。
警察に捜索願出さなアカンレベルで行方不明やん。
「けど、掛田さんも遂にここまで来ましたか」
「はい?」
「覚えてないかもしれないですけど、掛田さんが初めて潜ったときの手続きをしたのも僕なんですよ」
「そうだったんですか!」
全然覚えてへんかった。
あのときは緊張で無我夢中やったからな。
まさか、あのときからの付き合いやったとは。
「それが突然タマネギを持ち込んで、気が付けば曽根さんとコラボ動画まで……うぅ、お兄さん嬉しいよ!」
「あはは……ありがとうございます」
「頑張ってコラボ動画を成功させてね!」
ぐっ!
思いがけず更なる重圧を背負ってしもうた。
ひきつった笑顔でお辞儀するのが精一杯やった。
「それで何か持ち込む物はありますか?」
「これよ」
美咲さんが買って来た赤ワインを受付台に置く。
魔王曰く、白では駄目らしい。
未成年のウチにはわからんけど、赤と白でそんなに違うんやろうか。
「ワインですか。あの、一応ですけど、ダンジョンの中でも未成年の飲酒は禁止ですからね? あと、単純に所持も禁止です」
「わかっているわ。これは私が使うし、私が持ち続けるわ」
「わかりました。では、あまり人のいない東口からどうぞ。あと、僕の受け持つ後続は別の入口に配分しますので」
「助かるわ。ありがとうね」
お兄さんと美咲さんの大人な会話を聞き終えると、いよいよダンジョンの東口へと向かう。
この前と同じように転送装置に触れて第3層に到着する。
「ええと、撮影を始めようと思うのだけど大丈夫?」
「どうぞどうぞ」
「いや、私じゃなくて志保ちゃんが最初に挨拶してね」
「えっ……」
「今回は私が無理を言ったのだから、志保ちゃんの動画にお呼ばれしたって体にして、志保ちゃんの動画として投稿しましょう。そうしたら志保ちゃんのポイントにもなるしね」
ニコッと笑って美咲さんがウチに配慮した提案をしてくれる。
嬉しいねんけど、嬉しない!
この状況で先陣を切れなんてあんまりや!
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
どうしてこうもウチは周りに流されてしまうんや……。
けど、断れるわけないやん。
美咲さんの好意なんやで?
「そんなに緊張せずに。いつものようにすれば大丈夫だから。ね?」
「わかりました」
一度ウチの肩をトントンと叩くと、美咲さんがドローンで撮影を開始する。
ああ! もう!
こうなったらやけくそや!
「どうもどうも! ウチは掛田志保や! この前のスライム動画もいっぱい再生してくれてありがとうな! おおきに!」
自分でも驚くくらいにスムーズに言葉が出てくる。
良くも悪くもウチも冒険者にすっかりと染まってるんやなぁ。
「ほんで今日の敵はやな! あの憎きゾンビやで! 冒険者以外の人は分からんかもしれんけど、ホンマにあいつらは臭いねん。いや、まあウチは戦ったことないから知らんけど」
チラッと美咲さんを見るともう紹介してくれても大丈夫という頷きを返してくれる。
「ほんでほんで! 今日はただゾンビを倒すだけやないで! なんと! な、な、なんと! あの曽根美咲さんとのコラボ動画なんや! ほな、美咲さん、どうぞ!」
大げさに拍手をしながら少し脇に避ける。
空いたスペースに美咲さんがやって来て画面に収まる。
魔王、ウチは冒頭をやり遂げたで……。
もうゾンビはええんとちゃう?
「どうも。曽根美咲よ。今日は志保ちゃんとのコラボ動画を撮ることになったわ」
おお! さすがや!
まるでスイッチが入ったみたいにクールになった。
ウチと接してくれるときの優しい美咲さんもええけど、動画でよく見るクールな美咲さんもええなぁ。
カッコええなぁ。
「ターゲットは先ほど志保ちゃんから説明があったようにゾンビよ。もう気付いている人もいるかもしれないけど、実は私はゾンビの動画を投稿したことがないの」
あ、そこは意外とあっさりとばらすんやな。
「まあ、これは単純に弱いから忘れていただけなのだけど」
あ、嘘ついたで。
今この人平然と嘘を付いたで。
「とはいえ、今更普通に倒す動画を上げても面白くないわよね? そこで、最近モンスターの色々な倒し方をすることで一躍有名になった志保ちゃんに声を掛けたの。これなら面白い動画になるはずよね」
次々とファンを意識したセリフが出て来るのはさすがやなぁ。
まさか誰一人として、美咲さんがゾンビ相手に『かかってきんさい!』って言いながらビビり倒してたことなんて知らんのやなぁ。
お、そう考えたらウチは役得かもしれんな。
「さあ、志保ちゃん。今回のゾンビ攻略のアイテムを紹介して頂戴」
ここで再びウチに喋る番が回って来る。
「ほいほい。ええとやな、今回の秘密道具はこれや! 赤ワインやで!」
ウチの合図でドローンに見えるように美咲さんが隠してた赤ワインのボトルを掲げる。
そして、タイミングを合わせるように一度美咲さんと視線を合わせる。
「こいつでゾンビの奴をバッチリ、アルコール消毒したるからな!」
「ゾンビを徹底的に消臭してやるわ!」
ふたりで指を突き出して冒頭の締め台詞を決める。
そこでドローンの録画を一旦止める。
決まった。完璧や。
「ふう。さすが志保ちゃん。ばっちりね」
「あ、ありがとうございます」
う、今になってちょっとだけ恥ずかしくなって来たわ。
そんなウチの気を知ってか知らずか美咲さんがウチの顔を覗き込むようにして声をかけてくる。
「ねえ志保ちゃん」
「なんですか?」
「せっかく仲良くなったんだから、動画のセリフみたいに関西弁で話してくれないかな? だめ?」
「へっ?」
「関西弁を話す志保ちゃんを見たら、可愛いなって思ったの。ね? 敬語とか気にせず思いっ切り使って欲しいな」
っっっっ!!!
アカン、アカンで!
絶対にウチの顔は真っ赤や!
こんなん卑怯やで!
「わ、わかったで……」
「やった」
「か、代わりに!」
こうなったら一矢報いたる!
「うん?」
「美咲さんも方言で話してや」
「あちゃ、聞かれてたか」
「ゾンビを探しながら『かかってきんさい』って言っとるのをたまたま聞いてん」
美咲さんはしまった、という顔をしながら額に手を当てる。
「そっか。動画ではクールな曽根美咲でやってたんだけどなぁ……」
そして、少しだけ沈黙して……。
「はぁ、ええよ。ウチらふたりだけのときの特別じゃけぇね」
美咲さんは少し恥ずかしそうに髪の毛を触りながら承諾してくれる。
ああ、もうウチは死んでもええで……。
ここで死んでも救護室送りになるだけやけど。
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