第31話 呆れる魔王

 こちらに手を振って嬉しそうに志保がやって来る。

 ついでにゴブリンを倒してくると言っていたから、もっと時間が掛かるかと思っていたが、随分と早い帰還である。

 あれだけ機嫌が良いということは、しっかりとオークのステータスを入手できたのだろう。


「早かったな」

「魔……真中さん!」

「なんだ?」

「ゾンビを倒すで!」

「……は?」


 出て来るなり、この小娘は何を言っているのだ。

 ゾンビとは戦いたくないと言っていたのは志保ではないか。


「それで、ステータスは取って来たのか?」

「もちろんやで! ほら!」


 そう言って、志保はスマホを見せてくる。


 …………………

【ステータス】

 名称:ゾンビ

 体力:1000

 攻撃力:20

 防御力:10

 獲得経験値:500

 …………………


 転移の際に吾輩の視力が落ちてしまったのだろうか。

 見間違いでなければ、表示されているステータスはゾンビのものである。


「志保よ」

「なんや?」

「これは?」

「見ての通り、ゾンビのステータスやで」

「そうではない。オークのステータスはどうしたのだ」

「いやー、苦労したで。なんせゾンビに近づいただけで臭かったからな。攻撃したらもっと臭いやろうから、ステータス取ったら全力で逃げたわ」


 そう早口で伝えてくる志保の瞳を、ジッと見つめる。

 察しの悪い娘ではないため、それで吾輩の言いたいことは理解したようである。


「うっ……ごめん……。オークのステータスは取ってへん」

「はぁ……」


 色々と言いたいことはあるが、今の段階であれこれ責めたところで仕方がない。

 この状況の説明を受けるのが適当であろう。


「それで、一体どうして当初の目的であるオークのステータスではなく、ゾンビのステータスを手に入れて来たのだ」

「実はな……」


 そこから志保が説明を始める。

 ダンジョン内で曽根美咲に出会ったこと。

 彼女はヤマタノオロチと戦うほどの実力者でありながら、ゾンビと戦った動画を上げていないこと。

 その原因が悪臭にあり、志保の活躍を知って助けを求めて来たこと。

 ようやく吾輩が志保の『ゾンビを倒すで!』発言の要領を得る頃には、すっかりと周囲は暗くなっていた。


「曽根美咲といえば、確かお前の憧れの冒険者であったか」

「うん。やっぱりかっこよかったで……」


 確か昨年の年間順位第3位で、女性冒険者の中では1位だったはずである。

 そして、三郎の推しでもあったと記憶している。

 

「まあ、お前が舞い上がってしまうのは理解できる。にしても当初の目的を放棄するというのは頂けないな」

「その……すみません……」


 組織のトップをしていた者として、現場での臨機応変な対応の重要性は熟知している。

 しかし、今回は単なる自分の欲望に従っただけの事案である。

 憧れの人物から懇願された17歳の娘に自制を求めるのも少々酷ではあるが。


「ふむ。ともかく帰るとしよう。帰りがけに牛乳も買わなくてはならぬのだろう」

「せやな……」


 ダンジョンから出てきたときのハイテンションはどこへやら。

 帰り道ではすっかりと落ち込んでいる。

 寄り道のコンビニでも、いつものように甘い物を買うこともなく牛乳だけを買って出てくる。

 が、敢えて吾輩は声を掛けない。

 多少は勝手な行動を反省してもらうとしよう。


「ただいま……」

「佳保殿、戻ったぞ」

「おかえりなさい」

「お母さん、牛乳」

「ありがとう」


 玄関で牛乳を手渡すと志保はトボトボと2階へと上がって行く。

 その後ろ姿は何とも覇気がないものである。

 これ以上は可哀想か。

 そろそろ声を掛けてやってもいいだろう。


「あの、真中さん。志保に何かあったのでしょうか?」


 佳保殿が心配そうに尋ねてくる。


「なに、若さ故の暴走だ。何ということはない。若者に振り回されるのも年長者の務めである」

「ふふ。じゃあ、お願いしますね」

「うむ。任せるがよい」


 吾輩も志保の後を追って、2階の部屋へと入って行く。

 しおらしく、ベッドの上で三角座りをして落ち込んでいた。


「志保よ」

「うん?」

「何を落ち込んでいる。ゾンビを倒す作戦を立てるぞ」

「へっ?」


 吾輩の言葉が理解できないのか素っ頓狂な声を上げる。


「ゾンビを倒すというのは選択肢としては有りだと言っているのだ。奴らは悪臭のせいで避けられているが、経験値的には非常においしい。それに、曽根美咲とのコラボ動画というのも悪くない。お前と曽根のどちらが動画を上げるにしろ、お前の人気に繋がるであろうからな」


 そこまで話すとみるみるうちに志保の顔色が良くなる。

 全くもってわかりやすい娘である。


「じゃ、じゃあ協力してくれるんか!?」

「まあ、そういうことだ」


 安心したのか志保はホッとため息を付く。


「はぁ、良かった……。これで美咲さんを裏切らんで済むわ」

「はい?」

「いやー、魔王が協力してくれへんかったらどないしようかと思ってたわ。いざとなったら、あらゆる物を持ち込んで実験しようかと考えてたからな」

「ちょっと待て。吾輩を怒らせたと思って落ち込んでいたのではないのか?」

「はい? なんでそんなことで落ち込まなアカンねん。そもそも、そんなことで魔王はウチを見捨てたりせんやろ?」


 何という娘であろうか。

 魔王である吾輩を怒らせるかもしれないという恐怖よりも、憧れの人物を落胆させる恐怖の方が勝るとは。

 しかも、吾輩のことを理解しているかのような口ぶりまで見せている。

 これで吾輩がへそを曲げて魔法で消し炭にしたらどうするつもりだったのであろうか。


「フフフフ、ハハハハハ!」

「な、なんや急に」

「掛田志保! 呆れた娘だ!」

「えぇ……それは褒めとるんか?」

「よかろう! お前の望み通りに助けてやろう!」

「う、うん……」


 本当にこの世界は面白い。


「魔王」

「なんだ?」

「ホンマにありがとうな」


 不意に志保が笑顔で感謝の意を伝えてくる。

 ふ、ふむ。

 感謝の念を忘れずに居たなら良い。


「コホン! してこの世界ではブドウを使った酒は手に入るか?」

「ワインのことか? それならあるで」

「ならば話が早い」

「早速美咲さんに連絡してもええか!?」

「ああ、するといい」

「ほな、次の週末に潜ることにするわ!」


 嬉しそうにスマホを操作する志保を見て、変わり身の早さに改めて呆れる吾輩であった。


「…………でな、動画ではクールな美咲さんがウチと喋るときは柔らかい口調になるねん! ええやろ!」

「う、うむ……」

「ほんでな! しかもな!」


 それからしばらくは夜な夜な志保の自慢話に付き合わされて、更なる呆れを覚えてしまうことまでは予想できなかった。

 不覚である……。

 まあ、これくらい元気な方が志保らしくて良いとも言えるか。

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