第26話 しばらく見守る魔王

 『佐竹美優の誕生日プレゼント購入ミッション』が成功してからしばらくは、これといった大きな動きはない。

 というのも、ダンジョンには階層ごとに出現するモンスターが決まっており、ゴブリンとスライム以外のモンスターが出現するは早くても第3層からであった。

 そのため、現在は第3層を目指しつつも、副次的にレベリングをさせている。


 道中のモンスターを無視して第3層を目指すという方法もある。

 しかし、今までは特定のモンスターを裏技的方法で倒すことに特化していたため、志保のレベルが4とかなり低い。

 例えば、志保の調べたところによると第3層は【鋼】装備でレベル10前後が適正とされていた。

 しかも、まだ先の話ではあるが、後半になればなるほど新しいモンスターに出会うために潜らなくてはならない階層が増えていくという。

 つまるところ、面白い動画を投稿するためには、ダンジョンを突き進んでネタに辿り着けるだけの地力が必要なのである。


「はぁ……はぁ……もうウチの目がもたんで……」

「何を言っている。基本的に日曜日しかガッツリと潜れないのだぞ?」


 目を真っ赤にして救護室から出てきた志保と話す。

 平日も時間があるときは潜りに来ているのであるが、やはり日曜日ほどの効率はない。

 翌日の学校に影響しては本末転倒である。

 学生は学んでこそである。


「そうは言うけどなぁ! ウチの動画のせいであっちこっちでタマネギ使っとるからダンジョン中がタマネギ臭いねん! もう、目のショボショボが止まらへん! それにゴマ油のせいかツルツル滑ることもあるし! ウチのおしりが凹んでまうわ!」

「それで第3層には行けたのか?」

「ウチのおしりの心配は無視か!?」


 救護室の職員に着替えを渡したので、期待はできないが一応聞いておく。


「第3層への階段も目の前に見えとって、あとちょっとやったんやで。やのに後ろからスライムの奴が奇襲して来たねん。ホンマにあいつらは音もなく近づいてくるんやから……」


 既にゴブリンの攻撃ではダメージを受けないステータスになっているので、防御力無視攻撃をしてくるスライムだけが問題であった。

 そのスライムもゴマ油のおかげで1対1なら難なく倒せるのだが、背後からの奇襲や集団戦となるとどうしてもダメージを受ける。

 ついでに服も溶ける。

 一応の対策として、持ち込み物に着替えの服を入れて、体力に余裕があればダンジョン内で着替えている。

 しかし、防御無視攻撃に対する対策はないので、こればかりは志保に頑張ってもらうしかない。


「第3層への階段が見えて油断していたのではないか?」

「うぐっ……前はこんなにもスライムに会うことはなかったんやけどなぁ……」

「他の冒険者もお前と一緒でスライムは避けてゴブリンを狩っているのだろう。そのせいでスライムに遭遇しやすくなっているのだ」

「前に言っとった縄張り理論か」


 しかし、今日はこれ以上潜らせるのは可哀想か。

 吾輩はいじめて育てるというのは好みではない。


「今日は戻るか」

「このスパルタ鬼コーチ! ……って、え? 帰ってええんか?」

「なんだ。まだ潜りたいなら別にいいが」

「め、め、滅相もない!」


 もう慣れきった電車に乗る。

 吾輩もいちいち声を出すことはなくなった。

 元気が取り柄の志保でも疲れたようで、途中の寄り道もせずに真っ直ぐと家に帰る。

 その後はいつものように、佳保殿の夕食を食べて夜の家事を手伝い。

 いつものように、就寝まで志保の話し相手をして、その後にオオサンショウウオ君を傍らに置いてリビングのパソコンで冒険者の動画を見る。

 翌朝には起きて来た佳保殿の朝の家事を手伝い。

 朝食を食べて志保を学校に送り出してからは、お茶を飲みながら佳保殿の話し相手をする。

 昼食を食べ終えてからはまた動画で研究をして、志保が帰ればダンジョンに行くなり次の動画撮影の話をする。


「……これはこれで悪くない」

「急にどないしたんや?」


 ベッドに寝転んだ志保が不思議そうにこちらを見てくる。


「なに。ちょっとした独り言だ」

「え、気になるんやけど」

「なんと言うことはない。日々が充実しているというだけだ」


 しりが凹むかと思うほど玉座に座っていたあの頃に比べたら雲泥の差である。


「ふーん。ちなみに前はどんな感じの生活してたん?」

「ほう。聞きたいか?」

「うん。教えてや」


 そこまでせがまれては仕方がないので吾輩の輝かしい過去について話してやる。

 攻め寄せて来た人類軍をまとめて迷子にしてやったこと、勇者の聖剣とやらを目の前でへし折ってやったこと、女騎士が『くっ、殺せ』というので敢えて放置してやったこと、英雄の率いるパーティーの裏話を暴露して解散させてやったこと等々である。


「えぇ……なんと地味な」

「地味とはなんだ」

「なんかこう魔王って言うくらいやから、もっとえげつないことでもしてたんかと」

「ふむ。なら戦士の皮を全て剥いでやったこととか、聖女を串刺しにして晒した話の方が良かったか?」

「絶対に嫌や! やっぱり話さんでええ!」

「なんだ。お前が聞いてきたのだろう」

「そんなん聞いたら1人でトイレ行かれへんなるわ!」


 全く、わがままな娘だ。


「わかった。ではトイレには吾輩がついて行ってやろう。あれは確か今から200年くらい前の……」

「そういう問題ちゃうわ! ウチはもう寝るからな! ってか、トイレについてくんな!」


 そう言って頭から布団を被ってベッドに潜り込んでしまう。

 ふむ。

 少し怖がらせ過ぎただろうか。


「さて、吾輩はパソコンで動画でも見てくるか」


 そう思い立ち部屋を出たところ、何故か佳保殿が廊下に居た。


「どうしたのだ?」

「ええと、その……」

「うん?」


 何やら言い辛そうにしている。


「たまたま廊下を歩いてたら話が聞こえてしまって」

「そうか。佳保殿も怖がらせてしまったか」


 吾輩が謝罪しようとすると佳保殿は近づいて来て耳打ちをする。


「実は家族には内緒にしてるんですけど。私スプラッター映画とか大好きなんです」

「はい?」

「なので、さっきの話詳しく聞かせてください」

「えぇ……」


 とんだもの好きも居たものだ。

 しかし、佳保殿に頼まれては断ることもできまい。


「承知した。ご期待に添えるかは不明だが」

「やった!」


 何とも言えぬ母娘に付き合う吾輩であった。

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