第27話 情報社会に対応する魔王

「ふわぁ~」


 朝食の席で佳保殿が大きなあくびを出す。

 魔王の吾輩と違って睡眠が必要な身で無理をしたからであろう。


「お母さんがあくびなんて珍しいやん」

「ちょっと昨日は夜更かししちゃって」

「ふーん。そうなんか」


 昨夜は佳保殿に促されるままに話し込んだせいで東の空がうっすらと明るくなるくらいまで付き合わされた。

 しかも、まだまだ聞きたいということであったので、これからしばらくは佳保殿に昔話を聞かせるというのが日常生活に組み込まれそうである。


「あ、そういえば」

「どうした?」

「真中さんにこれを渡すの忘れてたわ」


 何かと思っていると志保が財布から1万円札を取り出して渡してくる。


「これは?」

「前に口座振込してもらった1万円があったやろ。あれや」

「なぜ吾輩に渡す」

「まあ、コーチング料ってやつやな」

「そのようなものは不要だ。出会ったとき言ったが、これは吾輩の道楽なのである」

「まあそう言わんと。それに現金がないと不便やろ? ちゃうか? ほれほれ?」


 ぐぬぬ。

 志保の言う通りであった。

 今までもダンジョンに行くときの切符は志保に購入してもらっていたし、ここに来たときのタクシー代とてまだ佳保殿に返せていない。

 三郎と古谷への褒美すらも渡せていない。

 オオサンショウウオ君をゲットするためにクレーンゲームをする軍資金もない。

 吾輩に今必要なものが現金であることは明らかであった。


「真中さん、貰ってあげてください」


 素晴らしい助け舟である。

 佳保殿にまで言われたら受け取るしかない。

 こうして気を遣ってくれるあたり、佳保殿は良くできた人物だ。


「むむ。佳保殿にまでそう言われては受け取るしかない」

「それでええねん。最初から素直に受け取りや。ほな、これからも換金したときはちゃんとコーチング料を払うから受け取るんやで。ええな?」


 まるで親に諭される子供のようであるが、会話の流れからして吾輩に分が悪い。

 志保の言葉通りに素直に従っておこう。


「わかった。そうしよう」

「ほら、志保。そろそろ時間」

「あ、ほんまや! 真中さん! 髪の毛整えて!」


 いつものように髪の毛を整えてやると、他の準備を済ませるためにドタドタと志保が洗面所へと移動して行く。

 そのまま慌ただしく家を出て行った。


「全くあの子は。女の子なんだからもう少し落ち着きを持って欲しいわ」

「元気なのは良いと思うが」

「母親としてはそれでもです」


 こればかりは吾輩の領分ではないのでこれ以上の言葉は慎む。

 一生懸命頑張っている母親の気苦労をわかったフリなどできない。


「そうだ。真中さんは何か用事はありますか?」

「いや、これといった用事はないが」

「なら少し付き合ってもらえません?」

「うむ。よかろう」


 おそらく昨晩の続きで昔話をしてくれということだろう。

 さて、どの話をするべきか。

 確か昨日は魔族を虐待した勇者を釜茹でにしてやったところまで話したはずだ。


「じゃあ準備ができたら声を掛けますね」

「承知した」


 準備が必要なのか?

 飲み物とお菓子でも用意するのだろうか。

 まあ、佳保殿の準備とやらが終わるまでの間を使って、いつものように動画チェックでもしておくとしよう。


「ほう。志保の動画もかなりの再生回数だな」


 長いので吾輩と志保の間で【タマネギゴブリン】と呼んでいる最初の動画が28万45回再生、【ゴマ油スライム】が23万4097回再生まで伸びている。

 となると、先日の換金から数えても15万ポイントくらいは得られたことになる。

 これでいざとなれば武器と防具を含めて【鋼】装備を一式揃えることができる。


「さてと……」


 志保の動画を確認した後は、第3層から新しく出現するモンスターの動画を漁る作業の続きに戻る。

 次に狙うのはオークかゾンビである。

 オークは第3層から第10層あたりまで幅広く分布するゴブリンの上位種である。

 ゴブリンと違って黄土色をしており、見た目だけでも何とも強そうだ。

 ゴブリンとの一番の違いは棍棒を装備していることである。

 これによって、装備品による攻撃力の上昇と素手以上のリーチを獲得している。

 苦戦している様子を映した動画もそれなりの数が存在している。


 ゾンビはその名の通り、腐った人間の形をしたモンスターである。

 こちらは第3層から奇数層に出現するらしい。

 見た目のグロテスクさに加えて、体液が悪臭を放つという嫌がらせのような特性を持っていることから、志保は戦いたくないと言っていたが諦めてもらうしかない。

 逆に、佳保殿はゾンビがやられる動画が結構なお気に入りなのだという。

 親子でこうも嗜好しこうが違うというのも面白い。


「真中さん、準備できました」

「うむ。うむ?」


 何故か佳保殿は外出するかのように身だしなみを整えていた。

 それも町内会の用事や日頃の買い物に行くときとは異なって、化粧も服装も一段とめかている。


「外に出るのか?」

「はい。ダメですか?」

「ダメではないが。予想していなかっただけだ」


 どこへ行くのか。

 見当もつかないが付き合うといった以上は約束を破るわけにもいかない。


「じゃあ、行きましょうか」

「う、うむ」


 言われるがままに大人しく佳保殿の後について行く。

 最寄り駅の方へと歩いて行くことから、電車に乗るのかと思っていたが、着いたのは駅近くの青色の看板の店舗であった。


「ここは?」

「携帯ショップです」

「携帯ショップ?」

「簡単に言えば真中さんのスマホを買いに来たんです」

「なんだと?」

 

 これまた予想外の行動に吾輩が驚いている間にも、佳保殿はそそくさと中へと入って行く。

 置いて行かれないように慌てて後を追い、吾輩も携帯ショップとやらに入店する。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

 入口で待ち構えていた女性店員が接客を始める。

 手にはスマホを大きくしたような長方形の画面付きのボードを持っている。

 後で佳保殿に聞くと、『タブレット』という区分のものらしい。


「今日は新しいスマホを契約しに来たんです」

「新規ではなく、2台目をお持ちになるということでよろしいでしょうか?」

「はい。そうです」

「承知いたしました」


 佳保殿から話を聞きながら、女性店員はタブレットを操作して行く。

 メモでも取っているのであろうか。

 しばらくすると、近くに設置されていた機械から紙が排出され、女性店員がそれを手にする。

 古谷の使っていたプリンターとやらの類似品であろうか。


「こちらの番号札をお持ちになってお待ちください。お呼びするまでの間に機種をお選びいただけますとスムーズに契約が進みますのでご協力ください」

「わかりました」


 あっという間に佳保殿がやり取りを済ませてしまう。


「さ、真中さんこっちです」


 導かれるがままに、様々なスマホが展示されている区域へと移動する。


「どれがいいですか?」

「いや、その前にだな。さすがにスマホを貰うわけには……」

「正確には私が契約して真中さんに貸し出す、ですけどね。安心してください。私には私の稼ぎがあるので」


 日頃働いているようには見えない佳保殿に稼ぎがあるというのは知らなかった。

 だが、だからと言ってもスマホは電車代などと比べて金額が大きすぎる。


「そうであってもだ。大志殿にも怒られるのではないか?」

「むしろ逆ですよ」

「逆?」

「大志さんも、私と志保が世話になっているのなら是非ともスマホを用意してあげなさいって」

「なに!? 吾輩のことを話しているのか!?」


 今日は次から次へと吾輩の予測を上回る事態が発生する。

 確かに、佳保殿には吾輩のことを夫に言ってはならぬという命令は出していなかった。


「ダメでしたか?」

「いや。知らなかったから驚いただけだ……」


 吾輩のことを聞いて叩き出せとも言わないとは。

 掛田大志。

 大物か、はたまたただのお人好しか。


「ともかく、順番が来るまでに選びましょう」

「だがどれが良いのか吾輩にはさっぱりだ」

「なら色とか形とか見た目で選べばいいんですよ。最近のスマホならどれを選んでも困らないだけの機能は付いてますから」

「ふむ。それなら吾輩でも何とかなるな」


 佳保殿のアドバイスに従ってスマホを吟味する。

 随分と色々な種類があるものだ。

 

「これにしよう」


 黒色で小型のものを選ぶ。

 値段も陳列されているなかでは低価格な部類である。


「わかりました。ではこれで契約をしますね」

「う、うむ」

 

 そのうちに番号が呼び出されて、あれよあれよという間に佳保殿が契約を締結する。

 未だに好意に甘えていいのだろうかと不安を抱きつつ、こうして吾輩もスマホを手に入れたのであった。

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