第25話 追及される冒険者

 未だに昨日のクレーンゲームは納得できへん。

 春の日差しの中でチャリを漕ぎながらそんなことを考える。

 落ちへんように魔法で接着するとか反則やろ。


「……まあ、オオサンショウウオ君を鑑賞しとる魔王が見れたんは悪くないけど」


 魔王があんな気色悪いぬいぐるみを気に入るとは思わんかった。

 昨日は家に帰ってからずっとオオサンショウウオ君を眺めとったからな。

 今もウチの部屋で眺めてるんやろか。

 というか、あんなん飾られても困るんやけどなぁ……。


「はぁ……帰ったら別のところに置くように言っとこ」


 チャリを駐輪場に停めながら決意する。

 籠からカバンを出して校舎に向かって歩き出したときである。


「オオサンショウウオ君?」

「せや。オオサンショウウオ君や……って、誰や!?」


 背後からの声に振り返ると美優が立っとった。

 何やら随分とニコニコ顔やな。

 まあ、それも仕方ないな。

 今日はそういう日やもんな。


「なんや美優か。ホンマにビックリしたで」

「ごめんごめん」

「心臓止まるかと思ったわ」


 そんなことを話しながら教室の入口に差し掛かったときである。

 ……あれ、ちょっと待てよ。


「美優」

「うん?」

「なんでオオサンショウウオ君のことを知ってるんや?」

「フフフフフフ……」


 な、なんやこのヤバい雰囲気は。

 立ち止まった美優の顔が笑ってるのに笑ってない。


「昨日ね」

「う、うん」

「見ちゃったのよ」

「何をや?」

「志保と真中さんがデートしてるところ」


 美優のその一言でクラスが静まり返る。

 登校しとる全員の視線がこっちを向いとる。


「何を言ってるんや! デートなんてしとらへんわ!」

「ふーん」


 これは誤魔化されへんやつや。


「いや、確かに昨日真中さんと街には出たけどやな……」


 こんな展開予想してへんで。

 せっかくこの前の体操服事件が静まったと思ったのに最悪や。


「おっす。って、掛田と佐竹は入口で何してんだ?」


 ちょうどいいタイミングで鈴木が教室に入って来る。


「お、それよりも掛田。スライムの動画見たぞ。今回もまた凄かったな」

「ホ、ホンマか?」

「ああ。正直最近の冒険者の中じゃダントツにおもろい動画やったで! 次の動画はいつになるんや?」


 ええぞ鈴木!

 そのまま時間を稼ぐんや!


「ねえ鈴木君」

「な、なんや佐竹。改まって鈴木君なんて気色悪い」


 あ、これはダメそうや。


「志保を褒めてくれるのは嬉しいんだけど、今は志保と大切な話をしてるの」

「お、おう」

「だから失せてくれない?」

「は、はひぃ!」


 おい鈴木!

 男ならもっと粘らんかい!


「で、志保」

「な、なんや?」

「昨日は真中さんと街で楽しそうに何をしていたの?」


 ああ、もう。

 こうなったら仕方あらへん。

 今渡すつもりやなかったけど、しゃあない。


「はあ。観念するわ」


 バッグから綺麗に梱包された直方体の箱を取り出して美優に手渡す。


「これは?」

「美優の誕プレや。今日やろ?」


 そう。

 昨日魔王と一緒に買いに行ったんは美優の誕生日プレゼントやった。


「え、ほんまに?」

「ホンマや。開けてみてや」

「うん」


 美優が包み紙を破らんように丁寧に開けていく。

 別にウチらの仲やから気にせんでもええのに、綺麗に折り畳んでポケットに仕舞いよった。


「もしかして……これ……」


 箱を開けて中身を見た美優が驚いた顔をする。

 中にはクローバーを模したネックレスが入っていた。


「うん。前に美優がかわいいって言っとったネックレスや」

「けどこんな高いもん貰われへん!」

「ええねん。いっつも美優にはこれ以上のもん貰ってるから」


 美優の家は超絶金持ちやから、毎年ウチの誕生日には高そうな服とか小物をもらっとった。

 せやから今回はそのお返しのために、ポイントを全部換金して背伸びしたプレゼントを選んだ。

 正味、これでも今まで貰った額には全然届いてへんけどな。


「その、嫌やったか?」

「そんなわけないやろ! うわぁぁぁん!」

「おっ! ちょっ!」

 

 いつも以上に強烈な抱きつき攻撃を食らう。

 圧倒的戦力差も肌で感じる。

 けども今日は許したろう。

 それにスライムなんかに抱き着かれるよりよっぽどマシや。


「校則ではアクセサリー禁止やから学校終わったら付けて遊ぼうや。誕生日のお祝いもしたいし」

「うん。ほんまにありがとうな。これ佐竹家の家宝にするわ」

「いや、そこまではいらんかな……」


 高校生には高い買い物やったけど、佐竹家の家宝には安すぎるやろ。


「それはそうと、なんで真中さんが居ったん?」

「この流れでそこに戻るんかい!? あれはお母さんに頼まれたんや」

「佳保さんに?」

「そうや。ウチに悪い虫が付かんように護衛しろって。ほんで護衛のお礼にクレーンゲームをおごったんや。真中さんはオオサンショウウオ君好きやって言うから」


 ウチの発言に教室の女子がざわつく。

 『オオサンショウウオ君ってあのキモいやつだよね』、『そんな……真中さんが……』、『それでもウチは真中さんを諦めへん!』、『オオサンショウウオ君とはわかってますね』というような反応をしている。

 魔王の女子高生人気がヤバい。

 あとオオサンショウウオ君の嫌われ具合もヤバい。


「なんや! それを早く言ってや!」


 一方の美優は何やら嬉しそうな顔で、バシバシと背中を叩いてくる。

 あの、ちょっと痛いんですが。


「ほんなら、真中さんにお礼の手紙をしたためんとあかんな」

「はい?」

「だってウチの志保を護衛してくれたんやで?」

「う、うん」


 ウチは美優のものじゃないんやけどなぁ。

 突っ込むだけめんどくさくなるのでスルーしとこ。

 今日は誕生日なんやしな。


「けど、ほんまに真中さんとはなんもないんか?」

「ないって言ってるやん! むしろなんでそんなに疑うんや?」


 美優がまるで怒らないから言ってごらんという感じて尋ねてくる。

 だが、何度聞かれようとも答えは「否」である。

 なんで魔王と男女関係にならなあかんねん。


「いやだって、最近の志保はなんか輝いてるというか……」

「はい?」


 冒険者として軌道に乗り始めたから明るくなったとは思うけど、そこまでかなぁ。


「具体的には髪の毛の艶がおかしいやん! 絶対恋してるから手入れをしてるんやろ!」


 クラスの男子どもは話について行けないようであるが、女子は美優の指摘を聞いて『確かに最近の掛田さんの髪は最近綺麗よね』、『あの志保が急に手入れを始めるなんてあやしい……』、『あんなに艶やかになるなんて絶対に彼氏よ!』だのざわつき始める。


「ちゃ、ちゃ、ちゃうわ!」

「じゃあ、なんで焦ってるのよ」

「うぐっ!」


 そりゃそうや。

 魔王と付き合ってないのは本当やけど、じゃあなんで髪の毛の艶が良いのかと聞かれても本当のこと言われへん。

 魔王に魔法で梳かしてもらってるなんて誰が信じるんや。

 下手したら、『真中さんと変なプレイしてる』なんて言われかねん。


「ぷっ!」

「な、なんや美優?」

「ごめんごめん。ちょっと意地悪しすぎやな」

「もう!」

「今日のところはプレゼントに免じて見逃してあげるわ」

「あ、ありがとな」


 ああ、奮発してプレゼントを渡して良かった……。


 ―――――――


「そうか。佐竹美優は喜んでいたか」


 今は美優と遊んで帰ってきてから風呂に入って、いつものように魔王とダラダラとしゃべっとる。

 放課後は誕生日祝いということで、美優にめっちゃ拘束されるかと思っとったけど、家族でのお祝いもあるらしくて意外と早く解放された。

 まあ、家族のパーティーにも参加しないかと打診はされたんやけど、さすがにそれは辞退したってのが正確や。

 美優と両親の時間を邪魔するわけにはいかんからな。


「けど、今回はなんであんなにも積極的に協力してくれたんや? 『人の誕生日プレゼントを選ぶなんて魔王たる吾輩がなぜしなくてはならないのだ!』くらい言いそうやのに」


 似てもないモノマネをしながら尋ねる。


「佐竹美優の機嫌を損ねることだけは避けなくてはならん」


 これ以上ないくらい深刻かつ真面目なトーンで返される。

 ちょっとはボケに突っ込んでくれんとウチが悲しいんですが……。


「あ、そういえば美優が魔王にお礼を言いたいって」

「なぬ!? 吾輩は絶対に会わないぞ!」

「いや、ビビりすぎやろ」

「ど、動画を見てくるとしよう」


 そう言って魔王はオオサンショウウオ君を抱きしめて部屋を出て行く。


「……気に入りすぎやろ。あれ? もしかしてウチって、魔王の中のランキングでオオサンショウウオ君以下なんか?」


 こうして複雑な気持ちと共に、騒がしい1日が終わったのであった。

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