第24話 街に出る魔王
志保の学校が終わるまでの時間を家事と動画視聴で過ごす。
パソコンの使い方を教わったおかげで退屈することがなくてよい。
「真中さん」
「なんだろうか」
そんな吾輩に佳保殿が声を掛けてくる。
こうして佳保殿の話し相手となるのも吾輩の重要な恩返しの1つである。
「お願いがあるんですけど」
「何でも言うがいい」
「志保のこと頼みますね」
「うむ? 冒険者としてなら当然面倒は見るが」
「それもですけど、違うんですよ」
はて、なんだろうか。
正直なところ冒険者としての知恵以外では吾輩の方が志保の世話になっているのだが。
もしも将来をお願いしますという意味ならお断りである。
魔王たる吾輩が志保のような娘を妻に迎えるつもりはない。
「真中さんのおかげで、最近は冒険者として有名になって来たじゃないですか」
「うむ。その通りだ。吾輩のおかげでな」
「だから変な人に絡まれたりしないか心配で」」
「ストーカーというやつか?」
「そうですね。良く聞くじゃないですか。冒険者アイドルの女の子をストーカーしていたとか、逆に人気男性冒険者を狙った
なるほど。
母親として年頃の娘を心配しているということか。
当然のことであるな。
「任せるといい。吾輩の側は世界で一番安全だ」
「確かにこれだけのことができる真中さんならトラブルなんて防いでくれますね」
「うむ」
冒険者として輝く前の志保を不要なトラブルに巻き込むのは、吾輩とて望んではいない。
ここは素直に頼みを聞き入れるとしよう。
「それだけじゃなくて、あの子可愛いじゃないですか」
「…………」
「可愛いじゃないですか? ねえ?」
「あ、ああ、そうであると思わなくもないな」
有無を言わさず同意させられる。
なんだこの空気は。
一瞬だが佐竹美優と同じ気配がしたぞ。
「だから、有名になったせいで男の人が絡んでくるかもしれません。志保に変な虫を付けるわけにはいかないので」
「そ、そうだな。そちらも吾輩が何とかしよう」
「ふふふ。真中さんと一緒に居れば他の男性は声を掛けてこないでしょうし、そっちも大丈夫ですね」
なんだか吾輩が意図していることとは違うように捉えられた気がするが、まあいいだろう。
これ以上この会話を続けると吾輩の魔力が尽きる可能性がある。
実際にはそんなことはないであるが、それくらいの精神的圧力である。
「ただいま!」
どうやら志保が帰って来たようだ。
素晴らしいタイミングだ。
出迎えようと玄関に向かう吾輩に向かって、『お願いしますね』とばかりに佳保殿が軽く微笑む。
それに頷いて答える以外の選択肢はなかった。
―――――――
帰宅した志保の準備が整ったところで共に家を出る。
目的の店がある街までは、自転車で行くことのできる距離ではあるのだが、吾輩が自転車を保有していなため最寄り駅から短い電車旅をする。
「これは凄いな……」
目的地の駅で降りたところで、志保が最寄り駅の規模を大きくないと言っていた意味が分かる。
今回降り立った駅は何本もの線路が走っており、右を見ても左を見ても人だらけであった。
駅の外に出るまでの歩行距離も高低差も過去最大であり、駅建屋の規模の大きさを体感する。
「あんまりキョロキョロせんといてや。恥ずかしいわ」
「すまない。だが、これほどの街は最初にこの世界に降り立って以来だったものでな」
「なるほどな。この辺には北側と南側に1個ずつ繁華街があるねん。ほんで、こっちは南側や。真中さんが最初におったのは北側やな」
これほど接近した地域にこれだけの規模の街が存在しているとはな。
吾輩の知っている世界など、まだまだ狭かったということをまざまざと見せつけられる。
「よし、目的を達成しに行こうか」
「うむ。行くとしよう」
志保の目的とは、ただの買い物ではなかった。
特別な意味を持つ買い物である。
店の目星は事前に付けているようで、この混雑の中で迷うことなく人混みを進んでいく。
どこもかしこも賑わいで溢れた街は居るだけで気力が満ちるようであった。
志保の姿を見失えば迷う自信があった。
まあ、その場合は気配を探ればよいが。
「電子マネーでお願いします」
「はい。ではそこにかざしてください」
目的の店に到着すると、これまた事前に話を付けていたのか店員に話しかけると、とんとん拍子にやり取りが進む。
志保がスマホを機械にかざしただけで売買が成立したのを見て、電子マネーというのが本当に通用しているのだと改めて実感する。
ものの数分で取引は終了してしまう。
「これで終わりだな」
「せやな。どうする? もう帰るか?」
「うむ……用もないのにあまり長居するわけにもいかないだろう」
佳保殿との約束を思い出す。
変な虫が付かないようにするためには早くここから立ち去るのが最善であろう。
そこら中に女性関係にだらしなさそうな男が歩いている。
「えー、せっかく来たんやからもうちょっと遊ばへん?」
「それも魅力的だが……む?」
「どないしたんや?」
「あれは何だ?」
志保の背後にはやたらと派手な装飾と大きな音を出している店舗が存在していた。
その店舗の前には、透明な大きなケースの中に物品を納めた謎の物体が数台設置されていた。
「ああ、ゲーセンやな」
「ゲーセン?」
「ゲームセンターの略や。ウチもあんまり行かへんけどな」
「良く分からないが、あの前面に設置されている物体はなんだ?」
「クレーンゲームやけど……お、ほんなら行ってみよか!」
嬉しそうな笑顔を浮かべながら志保が吾輩の腕を引っ張ってゲーセンへと連れて行く。
近づくと先ほどよりも、音が大きくなり更にうるさく感じる。
魔族の祭りでもこれほどの音は出さないのではないか。
「ええとな。このボタンを押して、クレーンを操作して中の景品を取るゲームやねん」
クレーンゲームとやらの前に到着するなり志保が説明を始める。
なるほど。
中の物品の位置関係を把握するために透明なケースとなっているわけか。
「ふむ。して、これはなんだ?」
目の前のクレーンゲームにはぬいぐるみが入れられていた。
黒色で胴長、のっぺりとした顔に爬虫類のような手足がついた生物のぬいぐるみである。
額には『君』という文字が書かれている。
「え、これに興味あるんか……」
志保があからさまに変人を見るような目を向けてくる。
だが、何故か分からないが心が惹かれてしまう。
他のクレーンゲームには菓子やら電子機器なども入っていたが、最初に目に入ったこれが気になっていた。
「これはオオサンショウウオ君っていうキャラクターグッズやけど。キモイやろ。こんなん夜中に見たらビビるわ」
「は?」
「いや、そんなマジトーンで威嚇せんでも……。まあウチに魅力感じるぐらいやから真中さんのセンスが変なのは知っとるけどやな。って、ウチはオオサンショウウオ君と同類かい!」
「何を1人で騒いでいるのだ?」
「ぐっ……ノリツッコミが通用せんやと……」
よくわからないが志保は置いておこう。
だが、これをするにはどうやら金が要るようだ。
残念だが吾輩には持ち合わせがない。
諦めるしかなさそうだ。
「やってみるか?」
「いいのか?」
「いいもなにも、捨て犬みたいな目でクレーンゲーム見とるから無視できんやろ。ここで諦めて帰れっていうほどウチは鬼畜ちゃうわ」
そう言いながら志保がクレーンゲームに500円硬貨を投入する。
3回プレイできるようだ。
「付き合ってもろうたお礼ということで遠慮せずにやりや」
「ふむ。ならばそうさせてもらう」
説明書きによれば随分と単純なゲームのようだ。
横移動のボタンと縦移動のボタンを押して釣り上げれば良いだけではないか。
的確にぬいぐるみの上にクレーンを移動させる。
「おお、上手いやん」
「これくらい余裕だ」
クレーンが下がってアームを閉じる。
そして、オオサンショウウオ君をガッチリと掴む…………。
「なぜ落とすのだ! 掴んだではないか!」
掴んで持ち上げたところ、衝撃でオオサンショウウオ君は落下してしまう。
どうなっているのだ。
「あー、クレーンゲームあるあるやな」
「なに?」
「こういうのは馬鹿正直に持ち上げることができへんようにアームの力が抑えられてるんや」
「ならどうすればいい」
「例えばどこかに引っかけるとか、ずらして落とすとか、差し込んで持ち上げるとか色々な工夫がいるねん」
人間の癖になんと小賢しい。
大人しく吾輩にオオサンショウウオ君を引き渡せばよいものを。
だが、ここで不平をぶちまけたところで現状は変わらない。
工夫か……。
「ふむ。ならばああするか」
「お、なんか思いついたんやな」
志保が期待の眼差しを向けてくる。
見ているがよい。
吾輩の華麗なるテクニックを。
「どこを狙うんや?」
「狙う必要などない」
「はい?」
先ほどと同じようにオオサンショウウオ君の真上にクレーンを移動させる。
そして、同じように掴む。
今度は落とすことなくこちらまで運んで来て、見事にぬいぐるみをゲットする。
「は? え? なんで?」
「工夫と言っただろう。魔法でクレーンとぬいぐるみを接着させたのだ」
「せ、せこすぎる……」
「クレーンを使っているのだから問題なかろう。接着させるためには少なくともクレーンで景品を掴まなくてはならないのだから」
「いや、そうやけど」
志保を無視してオオサンショウウオ君をもう1体ゲットする。
これで口を開けたバージョンと閉じたバージョンを手に入れる。
だが、まだまだ寝ているバージョンや座っているバージョンも存在している。
「後日来るとしよう」
「これおもろいんか……?」
納得いかない顔をする志保を連れて帰宅する。
無事に佳保殿からのミッションも達成できた。
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