パートナー

〝トレーダー〟ロディは考える。

 元強化骨格兵のモルンを拾い、変わった自分の今まで。

 北のシェルターの一つに生きて、母も父も誰も知らず、物心ついた頃には既にトレーダーとして生きていた。

 正直、自分は運が良かった。死なず売られず、五体満足のままで、トレーダーとしての知識と技術を身に付け、今を生きているのだ。

 運が良いとしか言い様が無い。


 運良く一人で、トレーダーとしてシェルターを転々とし、居着いたとしても一年足らずの根なし草を続けていた。

 時が経ち、髪に白いものが混じり始めた年になり、そろそろ拠点となる場所を定めて、根を下ろす事も考え始めた矢先、友人のウォルフから、違法マーケットの取り締まりの仕事が舞い込んできた。


 マーケットに違法も合法も無いが、〝表〟のマーケットでは人身売買は絶対に禁止されている。

 人を買いたければ、〝裏〟のマーケットへ行け。帰って来れるかは保証しないが。


 あのマーケット摘発は、元締めとなる者が急死してしまい、空席となった場所に〝裏〟からの流れ者が居座ったという事らしく、そのマーケットは最早〝表〟なのか、〝裏〟なのか分からない灰色と成り果てていた。

〝裏〟から逃げてきた半端者がやらかしたツケを、〝表〟の人間が払うとは、なんとも可笑しな話ではあったが、あのまま放置すればあのマーケットは信用を失い、人も物も寄り付かなくなっていた事は確実だ。

 だから、疑惑が外に漏れる前に消す。

 それがウォルフ達の出した結論であった。


 ロディとしては、録に立ち寄らない小さなマーケットの一つであり、無くなっても何ら問題は無いと言えた。

 しかし、こう言った〝裏〟から逃げてきた半端者は、実に厄介極まりない。このマーケットが潰れたら次のマーケットへ、伝染病や黴の如く移っていく。

 何処かで止めねば、辺り一体が腐り落ちてしまう。そうなってからでは遅い。

 だから、彼も摘発に参加する事にした。

 と言っても、ロディはバンディットのウォルフとは違い、戦闘を専門にはしていないトレーダーだ。

 後の事も考え、後詰めで逃げ出した奴等を取り押さえる役割を買った。

 その方が楽そうだったし、何等かの物資を手に入れられる可能性があった。


 実際、手に入れたのは物資でも何でもないものだったが。


 ロディは紙巻きを口の端に挟み、火を着ける。傷み形が崩れて、取引には使えない煙草だが、味には問題は無い。

 紫煙が頭に回り、当時の風景が甦る。

 連中は中々にしぶとく、此方の被害もバカにならなかった。

 お陰で後詰めの筈の自分まで、面倒な事になり、網を抜けて来た連中の、相手をしなければいけなくなった。

 ロディは戦闘の専門家ではない。

 戦う事も出来る行商人だ。戦闘を専門とするバンディットの、ウォルフ達には一歩も二歩も劣る。

 身に付けているのは、自衛の為の武力であり、それで喰っていける程のものではない。

 だから、戦闘屋の相手をしろと言われても困る。

 それでも、やらなければ死ぬので、愛用のハリガンツールで応戦し生き残った。


 ウォルフ達が暴れている様だ。逃げ出してくる奴等全員が、非戦闘員か怪我人かのどちらかだった。

 何人か相手をしていると、人の動きが止んだ。

 どうやら、終わりが近付いている様だ。

 もういいだろうと、マーケットに残る物資を探り始め、一時間足らずだが充分に満足出来る量の物資を手に入れた時、マーケットの奥から叫び声が聞こえた。


 まだ生き残りが居たかと思ったが、どうにも様子がおかしい。声がどんどんこちらへ近付いて来ている。

 腕利きのバウンサーでも居たのか、はたまたサイコパスでも飼っていたのか。

 バウンサーなら話は通じるだろうから、ここまでの騒ぎにはならない筈。なら、可能性として高いのはサイコパスになるが、ここの連中がサイコパスを飼えるとは到底思えない。

 だとすれば、一番可能性が高いのは


「あ、ああああぁぁぁぁっ!」


 第三者による予定外の襲撃。

 念の為、ハリガンツールを片手に構えていたロディ目掛けて、低い体勢で駆けて来たのは、小柄な銀髪の少女だった。

 少し驚いたが、人身売買が行われるマーケットで、この年頃の少女や子供が居るのは〝売れ筋の商品〟なのだから、不思議でも何でもない。

 ロディは少女が突き出してくる、先の割れた箒を避けた。

 明らかな急所狙いの一撃。戦闘、特に殺しに慣れた者の動きだ。


「うあ……!」

「ちっ!」


 流石に面食らったが、殺しに慣れた子供はシェルターでは珍しくない。恐らく、仕事か何かでミスをして、売られでもしたのだろう。

 人を簡単に殺せる攻撃を避け、ロディは少女が振るう箒の柄を、ハリガンツールの斧刃で叩き斬り、体勢の崩れた頭に槌頭を落とした。


「……っ!」


 少女は気絶し、マーケットの奥から、額を割られたウォルフが顔を出した。

 解った話を聞く限り、この少女は〝売れ残り〟らしい。


「どうする?」

「何がだ? ロディ」

「このガキだ」

「珍しいな、お前が」


 珍しい。確かにそうだと、自分でも思う。トレーダーとして生きてきた今までの人生で、他人の生き死にに、ここまで興味を持ったのは初めてだった。


「もう少し、連中から話を聞き出してからになるだろうが、悪い様にはならんだろうさ」

「そうか」


 いや、生き死にというよりは、あの面食らった目と言葉か。

 ロディはハリガンツールを握る手を見る。

 皺と傷だらけの手だ。担架に乗せられ運ばれていく少女の手も、似たようなものだった。


「ウォルフ。あのガキ、俺に寄越せ」

「はぁ? お前、そういう趣味だったのか?」

「馬鹿を言うな。先ず話をしてからだ」

「はいはい、分かりましたよっと。……一人旅に疲れたのか?」

「……さあな」


 似ている気がした。

 嘗ての自分に、生きる為に目の前に立ちはだかる壁を、無理矢理越えようとするバカなガキ。


「ロディ」

「なんだ?」

「一人に疲れたら、無理はするなよ? トレーダーにしろバンディットにしろ、そうなった奴は早死にする」

「知ってるよ」


 こう言うバカなガキは、早目に何かを教えないといけない。

 そうしないと、周りを巻き込んで盛大に自爆する。

 面倒だが、たまにはいいだろう。

 自分だって同じだったのだ。なら、同じ事をするだけだ。


 ロディは二本目の煙草に火を着け、それからの事を思い出す。


 少女が目覚める前、マーケットの生き残りから聞き出した話によると、あの少女は〝コロニー〟からの横流し品で、元強化骨格兵だった。

 今日日、〝コロニー〟からの横流し品がマーケットに並ぶのは珍しくない。

 北のシェルターでは当たり前に並んでいる。それが、物だろうが人だろうがだ。

 そして、少女を狙っていた女衒屋ぜげんや達も、少女が元強化骨格兵と知り、蜘蛛の子を散らす様に居なくなった。

 当然だ。元強化骨格兵なんて厄介事、余程の物好きか、相当に腹の太い取引先を持っている連中だけだ。


「あ……」

「目が覚めたか?」

「ここは?」

「俺が借りた部屋だ」


 少女は落ち着かない様子で、キョロキョロと辺りを見回すが、見ているのは扉や窓の位置とロディとの距離だ。

 あの一撃と言い、マーケットでの日々による疲労と、軽い飢餓に脱水まで起こしながら、これとは、元強化骨格兵と言うのは、話に聞くより中々に面倒な質らしい。


「あんたは?」

「トレーダー、ただの行商人だ」

「名前を聞いているんだけど?」

「名を聞くなら自分からと、コロニーでは違うのか?」

「私は…… いや、もう名無しよ」

「そうか。俺はロディだ」

「名無しの理由、聞かないのね」

「シェルターじゃ名無しなんぞ珍しくもない。名有りの方が珍しい」


 そう、と呟いて銀髪の少女はまた黙った。

 ロディも何も言わない。

 無言が部屋を支配してから暫く、扉を叩く音が飛び込んだ。


「なんだ?」


 扉の隙間から顔を覗かせたのは、マーケット摘発に参加していたバンディットの一人で、ロディとは顔馴染みの男だった。


「その娘の始末が決まった」


 ロディの背後、銀髪の少女が始末という言葉に反応した。


「内容は?」

「お前の好きにしろだとさ」

「そうか、頼んでおいた物は?」

「揃えてる。もうすぐ持ってくるだろう」


 男が扉を閉めた。

 少女は、何が何やら分からない様子だったが、自分に害が無いと判断したのか、動きは無い。


「さて、お前さんの始末についてだが」

「娼館にでも売る?」

「お前がそれで良いなら、売るが?」

「冗談よ。二度も売られるのはゴメンだわ」


 少女が鼻で笑う。

 どうやら、自分の身を不幸と嘆く気も無いらしい。

 諦めていると言うよりは、受け入れているが近い。

 今までコロニーからの、横流し品になった者達を何度か見てきたが、その全員がコロニーに戻せと泣き叫び、喚いていた。


「それで、私はどうなるの?」

「ああ、それだが」


 ロディが言葉を続けようとした時、部屋の扉が乱暴に開かれた。


「なんだい、ロディ。あんた、まだ居たのかい」

「居たら悪いか?」

「どっちでもいいよ。だが、そろそろ出ていきな。風呂に着替えにやることは山程あるんだ」


 乱暴に扉を開いたのはロディが、部屋を借りている娼館の女主人であった。酒や香水等の類いを優先的に回す代わりに、安く部屋を借りている。

 元はコロニー出身らしいが、彼女の過去を知る者は居ない。

 その女主人の背後からぞろぞろと、ロディとも顔馴染みの娼婦達が服や桶、布切れを持って現れた。


「この子?」

「あのロディが面倒見る子」

「あーあー、もう。髪傷んでるじゃない。かけたらかけっぱなし、洗いもしないとか三流以下だったみたいね」

「と言うかさ、仮にも売り物に手を出すって、チンピラ以下よね」

「ちょっと、なにを?」

「ほらほら、大人しくして。うえぇ、髪だけじゃなくて服もカピカピのベトベト。盛った犬かよ」


 戸惑う少女を他所に、娼婦達はテキパキと準備を進めていく。


「それじゃ、頼んだ」

「ちょっと、あんた!」

「君の面倒は今日から彼が見るから」

「は?」

「お前みたいなじゃじゃ馬の面倒は、俺しか見れんだとさ」

「はい、これ着替えと当座必要な物ね」

「ちょっと!」

「使い方も歩き方も生き方も、何もかも教えてやる。生きたいんだろう?」


 少女が気絶する直前に呟いた言葉


 ――死んでたまるか……!――


 諦めている者なら言わない言葉だ。

 生きる為に目の前に立ちはだかる壁を、無理矢理越えようとする目と、生を望んだ言葉。

 月並みだが、ロディが少女の面倒を見ようとする決め手がこれだ。

 シェルターでは、生きた者が正義だ。


 ロディが部屋から出ようと、立ち上がった時、少女の服を桶に詰め込んでいた娼婦が聞いてきた。


「ねぇ、ロディ。この子に名前有るの?」

「私は名無しよ」

「……〝モルン〟」

「え?」

「〝モルン〟でいいだろ」

「どういう意味よ?」

「大昔にあった国の言葉で、雲を指す言葉だ」


 紙巻き煙草を口の端に挟み火を着け、部屋を出る。

 トレーダーとして生きるという事は、雲の様に流れて、気づけば消えているという事だ。嫌味や皮肉の様な名前だが、生きているなら、自分で考えられるだろう。


 そうして、ここからロディとモルンの二人の旅が始まった。

 最初は苦労したと、ロディは紫煙を吐き出す。

 バンディットに突っ掛かっていったり、サイコパスの巣に迷い混んだり、散々な目に遭った。

 反面に、モルンの元強化骨格兵としての勘に助けられる事もあった。

 まったく面倒な事だが、悪くない日々になった。


「ロディ、何やってんの?」

「ん? モルンか。準備だ」

「そう、でもそろそろよ」

「そうか」

「ねぇ、ロディ。次のシェルターはどんな所なの?」

「南のシェルターは、そうだな。言ってしまえば、物が豊かなシェルターだ。中々、交渉に手間取るな」

「そうなの。それじゃ、面倒事は早く済ませましょう」

「いいのか?」


 ロディは目の前を行くモルンに問う。


「なにが?」

「仮でも、元同僚だろう?」

「どうでもいいわ。今は私の邪魔をしているイカれ共よ」

「まあ、それもそうか」

「そうよ。もう私は〝  〟じゃなくて〝モルン〟なの」

「あ、おい」


 モルンはロディから煙草を奪うと、彼の真似をしてか、口の端に挟んだが、すぐに顔をしかめた。


「にが……、よくこんなの吸ってるわ」

「返せ。まったく、じゃじゃ馬は治らずか」

「余計なお世話よ」


 モルンが舌を出して反論する。

 それを見ながらロディは、次に寄るシェルターで、交渉を全て任せてみるかと考えてみる。

 上手くいけば良し、上手くいかなくてもモルンも素人ではなくなっている。最悪の事態は避けるだろう。

 先を行く、短槍を持った銀髪の少女の背が、最初よりも大きくなったと思うのは、自分が年を取ったからか。


 これが終わったら、モルンに酒を奢ってみるか。

 ロディは腰に提げたハリガンツールを撫でながら、モルンの隣に並んだ。

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