サイコパス
廃墟、瓦礫、廃材、おおよそ不要とされるものが色を失う荒れ地に、幾つかの影があった。
「〝 〟ちゃん……」
呟く声に、〝 〟と呼ばれた少女は、両目を伏せたまま反応を示さない。
「……〝 〟ちゃん」
「……」
空は何時もと変わらぬ曇天、呼び掛けは止まず、その呼び掛けに応える言葉は無い。
あるのは、
「しつこいわね」
否定と拒絶の意志と言葉だけだった。
彼女の言葉に、少女は思わず一歩後退るが、直ぐにまた言葉をぶつけた。
「〝 〟ちゃん! コロニーに帰ろう!」
「……しつこいわ、本当にしつこいわね。あんた、私を誰と勘違いしてるの?」
「え?」
少女が目を見開き、目の前の銀髪の少女を見る。
銀髪の少女は、片目を閉じて、片方の目を鋭く、己の名を言い放った。
「〝 〟、〝 〟、私はその〝 〟とかじゃないわ。私はトレーダーの〝モルン〟よ」
銀髪の少女〝モルン〟は、過去と決別する為、己を過去に引き摺り戻そうとする少女に向けて、はっきりと言い放った。
「そんな、なんでそんなこと……、あなたは〝 〟ちゃんだ!」
「はぁ、話にならないわね」
だが、それでもと食い下がる少女に、モルンは溜め息と共に髪を掻き上げ、その目に意思を込めて短槍を突き付け、
「……はっきりと言うわ。迷惑なのよ。コロニーの住人が、シェルターを彷徨かないでくれる?」
明確な決別の意思を叩き付けた。
「私はトレーダーのモルン、あんたは強化骨格兵。そして、コロニーとシェルターは互いに不干渉が鉄則よ。あんたの勝手な都合に、私達を巻き込まないでくれるかしら」
「そんな、どうして?」
「どうして?」
少女の言葉に、モルンは眉をひそめた。隣に立つロディが目を向けてくるのも構わず、モルンは睨みを返す。
彼女の脳裏に、嘗ての過去が甦る。己が、壊れた己が唯一認識していた〝彼女〟の最期の姿。
理不尽に壊された肉体、不条理に奪われた精神、そして二度とは会わぬ魂。
その全てを引き起こし、全ての原因となった者が、何故どうしてと問うてくる。モルンの短槍を握る手に力が入り、両の目を一度伏せる。
「……〝死んだ敵も救いたい〟だったかしら?」
「っ……!」
目を伏せたままのモルンの言葉に、俯いた少女が顔を上げる。
希望が灯った目を見せるが、その先に佇む少女が浮かべる表情は、少女の希望を全て否定するものであった。
「ふざけるのも大概にしろ!」
「え?」
「何その顔は? 理解されてると、少しでも思ってたの? どんだけ都合の良い頭してんのよ? あんたのその訳の解らないイカれた考えで、〝あいつ〟は死んだんだ!」
モルンは、一度息を吸い、意思を込めた目を向ける。
敵意と拒絶、決別の意思を。
正面、悶える様にして頭を両手で抱えている少女が居るが、モルンはそんな事は知ったことではないと、一歩踏み出し叫びを挙げた。
「あんたのその馬鹿みたいな、現実を見ていない考え方が、〝あいつ〟を死なせて、他の連中まで死なせた! そして、あんたはのうのうと生きて、私にコロニーに帰ろう?」
「〝 〟ちゃ……」
「ははは、舐めた口もここまでくると笑えるわね。ねえ? 〝 〟と〝あいつ〟は死んだの。あんたが殺したの」
一度目を見開き、俯いたまま動かなくなった少女を一瞬一瞥し、
「……ふん」
最早興味も無いと、黙し俯いたままの少女に背を向けた。
「モルン、いいのか?」
「もういいわ。終わった話が蒸し返されただけよ」
煙草を口の端に挟んだロディに、モルンが人差し指と中指を開いて突き出す。
「売り物なんだがな?」
「私が作った方が、見た目が良いから売れるでしょ?」
ロディは紫煙を緩く吐き出すと、懐から少し錆の浮いたシガレットケースを、モルンに渡した。
モルンが渡されたケースを開くと、草臥れた煙草が数本、バンドに纏められて収まっていた。
「ん」
「ほらよ」
モルンはその中の一本をくわえると、顎をしゃくる様にしてロディに向ける。ロディが古ぼけたライターで火を点けると、鼻につく匂いが曇天へ昇っていく。
「ああ、苦い苦い」
「……ヘイ、モルン」
「なによ? フィーリア」
「彼女、いいの?」
フィーリアがライフル片手に指差す先には、瓦礫が転がる荒野に俯いたまま佇むセーラー服の少女が居た。
「いいもなにも、私には関係無いわ」
「ま、それもそうよね」
腰のスキットルを煽ったフィーリアが、銃身を切り詰めたライフルを肩に担うと、モルンは背後に視線を送る。
――なにかしらね? この感覚――
嫌な、背筋や首筋を這い回る感覚。それを背後に佇む、セーラー服の少女から感じ取った。
強化骨格兵として、トレーダーとして生きてきた経験から、他に誰かが潜んでいる気配は無い。
「モルン、どうした?」
「ちょっとね」
短槍を握る手に力が込もっているのが解る。異様だ。
「ロディ、フィーリア、行きましょう」
「ああ」
一刻も早く、この場を離れた方が良い。モルンの勘が叫んでいた。
二人も同様の様で、フィーリアはライフルを、ロディはハリガンツールを手に構えている。
「モルン」
「ええ、ロディ」
解る。解る事がある。否、モルンは気付いていた。
俯き下がった前髪に隠れて、唇がなにかを呟く様に忙しなく動いている。先程迄も、明らかに目がおかしかった。
あの目に、ムラは見覚えがあった。
コロニーに居た頃にも、トレーダーになった時も、あの目に見覚えがあった。
こちらを見ている様で見ていない。聞こえている様で聞こえていない。見ても聞いても理解が出来ない。
そう、あの目に三人全員が見覚えがあった。
「ロディ!」
モルンが叫ぶとほぼ同時に、金属音が響いた。
視界には、ライフルを構えたフィーリアと、ハリガンツールでなにかを受け止め、軽く吹っ飛ばされて体勢を崩していたロディが写っていた。
「あんた……!」
モルンが睨む先、セーラー服の少女が両手で顔を覆い隠し立っていた。その手の隙間からは、嗚咽と早口でくぐもった声が漏れ聞こえる。
「そうだそうだこいつだお前だあいつだ奴が〝 〟ちゃんをおかしくしたんだだからお前達が居なくなれば〝 〟ちゃんは元に戻るんだそうだそうに決まってるだって私達は同じコロニーの仲間なんだからそう仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間仲間大丈夫大丈夫〝 〟ちゃん〝彼女〟だってきっと待ってる知ってる?司令官さんが新しい〝彼女〟を建造したのですだから今度は大丈夫大丈夫なのですさあ帰ろうよこいつらを皆殺しにして」
「お前……っ!」
モルンが短槍を、少女の喉を狙い突き込み、フィーリアがライフルの引き金を弾く。
決別が始まった。
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