ロックピックと酒

「それじゃぁ、モルン。やってみな」


 ロディの言葉に、モルンは数本の針金を手に、一つの扉の前に立った。

 重厚な造りの扉、それにある鍵穴に針金を、二本入れ細かく探る様に動かしていく。

 カチャカチャと金属同士が触れ合い擦れ合う音と、彼女の静かな息遣いだけが聞こえる。


 ムラとロディは互いに無言で、ロディは近くの瓦礫に腰掛け煙草を吹かし、ムラは扉に耳を当て針金が擦れる音を聞いていた。

 やがて、扉からカチリと、何かが落ちる音がすると、モルンが一息吐いて、ドアノブに手を掛けた。


「開いたわ」

「ん、時間的にも及第点か」


 煙草を揉み消し、彼女が開けた扉に近付き、鍵穴を覗き込む。

 鍵穴には傷が多く、針金も曲がり、幾つかは折れていた。

 ロディは懐から白い布を取り出し、モルンが使った針金を並べていく。


「十本中、四本で済んだか。まあまあだな」

「一体、何本が合格ラインなのよ?」

「折るなと言いたいが、まあ、この間に合わせの針金でこれなら良い方か」


 言うとロディは針金を布で纏めて片付け始めた。

 モルンが見ると、黒い先端部が湾曲し膨らんだ管、俗に言うパイプから、紫煙を機嫌良く浮かべている。


「随分と気に入っているわね、それ」

「まあな、一々作らなくていいし、何より丈夫だ」


 人差し指と中指でパイプを挟み、煙を漂わせる。

 何時もの紙巻きより二周り太い管、これがあれば、一々煙草の葉を紙に巻く必要は無い。

 ロディは、割りと細かい事を面倒臭がる節がある。仕事の事なら面倒臭がる事は無いが、それ以外だと手を抜きがちだ。


「フィーリアに貰ったんだっけ?」

「ああ、確かどっかのコロニーのブランドらしいな」

「ふぅん」


 見上げるロディの顔、頬を斜めに走る傷に刻まれた皺、白髪の多くなり始めた髪。

 年月は親子程に離れた二人、この世界で〝ちゃんとした親子〟など、平和で気楽なコロニーくらいでしか見ない。

 シェルターでこの二人の様な男女が居れば、つまりは〝そう言う関係〟だ。


「それで? その針金どうするの?」

「ん? こんな屑鉄でもな、鉄である以上は取引に使える」

「え? そのボロクズが?」

「このボロクズが、だ。まあ、まだまだ取引に使うには足りんがな」


 鉄等の金属はシェルターでは、貴重品に分類され、物にもよるが高いレートで取引される。

 ロディも金属の取引を行う事もあるが、彼の専門は医薬品と、酒に煙草や砂糖と言った嗜好品になる。

 フィーリアはバンディットだが、コロニー時代のコネで、銃火器本体や弾薬、稀に強化骨格兵の武装の一部を、シェルターマーケットに流したりもする。


 彼女のこれに関しては、あまり快く思っていないトレーダーも多い。だが、コロニーと直接取引をしている訳ではなく、〝何故か銃火器や弾薬が不法投棄される廃墟〟や、〝どうしてか解体された強化兵や、戦死した強化兵の武装が流れ着く海岸〟から引き上げてくるだけであり、彼女自身も優秀なバンディットでもある為に、多目に見られている。


 この〝引き上げ場所〟に関して彼女は、


「知り合いに話の解る強化骨格兵と、人間が居るのよ」


 と言っている。

 ロディが彼女から貰ったパイプも、その〝話の解る強化骨格兵〟の所持品であったが、新しくより質の良い物を手に入れたと、フィーリアに流し、愛煙家のロディに渡ったと言う事だったりする。


「モルン、酒呑んでみるか?」


 パイプを上機嫌に弄りながらロディが言った。






 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃






「ハァイ、モルン」

「あら、フィーリアじゃない。どうしたの?」


 ロディとモルンが、この西のマーケットシェルターに滞在する事になり、ウォルフが宛がったアパートの一室で、フィーリアが寛いでいた。

 どうやら、ウォルフに合鍵かなにかを貰っていた様だ。


「ボスから、Mr.ロディにってね。これを」

「おお、手に入ったのか」


 フィーリアが差し出した瓶には、ラベルは無く、薄く色の付いた液体が満たされていた。


「お礼はボスにね」

「ああ、すまんなフィーリア」

「ロディ、それ酒?」


 その瓶を指差し、モルンは二人に問うた。

 モルンは酒を見た事はあるが、呑んだ事はない。コロニーに居た頃には、酒好きの同僚が居たらしいが、生憎モルンはそういった事には興味が無く、司令官無能の尻拭いに〝彼女〟と走り回っていた。


 なので、モルンには酒か否かの判別は付かない。

 だが、ロディがウォルフに頼み、入手出来た事を感心していたという事は、貴重品であり、液体は嗜好品である酒か、液体燃料のどちらかである。

 液体燃料を、こんな瓶に入れてくる訳がないし、瓶一本分では取引には使えない。

 ならば、モルンが知る限りで残る答えは、酒しかない。

 それもロディが入手出来た事を感心する程に貴重な代物である。


「御名答。少しは物の良し悪しが解る様になってきたか?」

「馬鹿にしないでよ」

「悪い悪い」

「ふん、それで? それは酒なの?」

「ああ、しかもとびきり上等な奴だ。俺も二回しか扱った覚えが無い」

「へえ、あのあんたが二回しかねぇ」


 あのロディが、長いトレーダー人生の中で二回しか扱った事が無いという酒、飲酒経験の無いモルンだが気になる。

 だが、モルンに他に一つ気になる事が出来た。

 その酒の出所だ。

 それ程までに貴重な代物なのだ。フィーリアがいくら優秀なバンディットでも、ウォルフがこの西のマーケットシェルターの、バンディット達を纏める役を担っていても、手に入れるのは困難どころの話ではないだろう。


 目を細めて瓶を見るモルンにフィーリアが、ロディが口の端に噛んでいるパイプを指差し言った。


「Mr.ロディのパイプと出所は一緒よ」

「あんたお得意のコロニーの廃品漁りね?」

「と言うよりは、北のコロニーとシェルターの元締めからよ~」

「なんだと?」


 気楽に言うフィーリアだが、ロディは驚愕を隠せなかった。

 北のシェルターに取引に赴いた事は少ない。

 北のシェルターは山岳地帯に囲まれ気候も厳しい土地だ。そこに行くまでに時間が掛かり過ぎる上に、道中もサイコパスの出没地点が多く、安全の確保も難しい。

 山に囲まれ厳しい気候に見舞われ、狂人が彷徨く。シェルターもコロニーも、迂闊に外に出られない。

 そんな環境だからこそ、北のシェルターは他のシェルターと違い、互いが生き残る為にコロニーとズブズブの癒着関係にあったりもする。


「その今の元締めだが」

「そうよ~、〝元〟強化骨格兵が今の北の元締めよ~」

「このパイプの元の持ち主か」

「それはいいけど、その喋り方はなんなの?」

「HAHAHA、ここに来るまでに一本空けちゃった!」


 妙に間延びした喋り方をしていたフィーリアは、ここに来るまでに酒を一本空けていたそうだ。

 あまり顔に出ないのか、そう言われれば顔が赤い様にも見える。


「空けちゃったって、あんたね。頼まれた物を勝手に空けたの?」

「大丈夫よ~、私が空けたのは、途中でマーケットで仕入れた安酒よ~」


 こんな良いの空けないわ~と、モルンの糾弾に空になった小瓶を懐から出す。

 ボロボロのラベルには三日月が描かれていた。


「〝ムーンシャイン〟か」

「あとは〝サマゴン〟しか無かったのよ~」

「〝サマゴン〟か。俺もあれはな」

「少し苦手なのよね~」


 ムラの放って続けられる話に、彼女は面白くない顔をしつつも、フィーリアの傍らに置かれた酒瓶から目を離さない。

 それを見たロディと、フィーリアはニヤリと笑い、グラスを三つ用意する。

 その小さなグラスに半分程、薄く琥珀色に染まった液体が注がれ、モルンの前に差し出された。


「え?」

「呑んでみな。お前も酒を知っておいた方が良い」

「そうね~、トレーダーにしろバンディットにしろ、やっていくなら酒と煙草は知っておいた方が良いわ~」

「そう……」


 差し出されたグラスからは、甘い様な辛い様な複雑な香気が立ち上ぼり、モルンの鼻を刺激する。

 消毒用アルコールとは違う香り、モルンはそれが入ったグラスを軽く揺らし、一気に口に入れた。


「……っ?! っは!」

「一気に呑むからだ」

「その酒を一気に呑む奴は初めて見たわ」

「それなら、早く言いなさいよ!」


 酒精が喉を焼く感覚に噎せ込むムラを二人は笑い、モルンがそれに叫ぶ。

 二人は喚くモルンに、新たなグラスを差し出す。


「何よこれ、さっきより色が薄いじゃない」

「呑んでみな、違いが分かる」

「ん? さっきより甘い様な?」

「正解、水を入れたのさ」


 モルンに手渡されたグラスには、先程より水で薄められた酒が満たされていた。

 モルンはそれをチビチビと、舐める様に呑みながら、二人を見る。


「いやしかし、まさかな」

「本当よね~」

「仕入れた本人が言うか?」


 なんと言うか、羨ましい。

 モルンの胸中には小さな羨望が芽生えた。

 自分では〝まだ〟こういった酒が似合う事はないのだろう。

 だが何時か、ロディの、彼の隣で酒を呑み交わす時が来るのかもしれない。

 その時自分は、一人前のトレーダーに成れているだろうか?

 だが今は、そんな不安より


「ちょっと二人共、それ私に呑ませる酒でしょ!」

「お? 呑むか」

「当たり前でしょ! ほら、フィーリアもそれ寄越しなさいよ」

「OH! モルン、強引ね!」

「ありゃ? もうやってたのか」

「遅いぞ、ウォルフ」


 今は、目の前にある滅多に味わえない酒だ。


「さて、全員揃ったな。では、モルンがロックピックの使い方を覚えた記念と、これから起きる厄介事に」


 乾杯。四つのグラスが打ち鳴らされる音が狭い部屋に響いた。

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