コロニー
「ロディ、私にロックピックの使い方教えてよ」
聞いていて清々しくなる程の無関心、それが元強化骨格兵のモルンの答えであった。
先程のフィーリアとの会話で、大体は理解していたウォルフが、ここまで無関心でいられるのかと、逆に感心してしまう。
嫌悪感は無い。
シェルターで生きていれば、他人に関心の無い者は珍しくも何ともない。マーケットのお節介焼きな連中くらいなものだ。他人に関心があるのは。
それに、ウォルフは事前にフィーリアから一つの事を聞いていた。
――ボス、一つ良い?――
――なんだ?――
――生き残った強化骨格兵は、何処かしら最初から壊れているわよ――
言う通り、フィーリアもモルンと似た壊れ方をしている。
〝他人を上手く認識出来ない〟、興味のある人間、好きな人間しかフィーリアは認識出来ない。
それ以外は、顔に名前か役職が書いてある人型としか認識出来ないらしい。
恐らく、モルンもそうなのだろう。
「Hey モルン。貴女も?」
「ごめん。私、貴女みたいにフィーリングや、テレパシーとかで会話出来ないから」
「OH! 辛辣ね! ますます好きになったわ! どう? 今晩、一緒にベッドに行かない?」
「アハハ、残念ね。私にそっちの気は無いわ」
「それは残念。天国を見せてあげようと思ったのに」
またケタケタと笑い出す二人。これだけをコロニーの、〝自称〟まともな人間が見れば、二人をサイコパスか何かだと思うだろうが、シェルター住人からすれば〝普通〟だ。
至極〝普通〟。何も問題は無い。
「ウォルフ、どうするつもりだ?」
考えるウォルフに、ロディがさして興味も無さげに聞く。
ロディからしてみれば、今回の件は至極どうでもよくて、至極迷惑な事なのだろう。
事実、ウォルフも迷惑している。
コロニー住人、しかも艦娘を捜しているとなれば軍人、そんな者がシェルターを彷徨けばどうなるか。
その答えは簡単だ。
人や物が寄り付かなくなる。
シェルター住人はコロニー住人を忌み嫌い、その逆もまた然り。互いが互いを嫌っている。
そんなコロニー住人が彷徨く、マーケットシェルターに誰が来ると言うのだ。
実際問題、このマーケットシェルターに来るトレーダーと、物資の数が減少している。
これには、コロニー住人を嫌っている以外に理由がある。
過去にある事件が起きた。
生きとし生けるもの、この世界に息づく過去に比べれば僅かとなった命、それを根刮ぎ枯らし狩り尽くす〝黒い雨〟が、あるコロニーに降り注いだのだ。
一日二日降り注いだだけなら、コロニーは問題無い。〝黒い雨〟が地面に染み込み、蒸発しガス化する前に、シェルターには無い有り余る清浄な水で洗い流してしまえば良い。
だが、あの日は違っていた。
一日目、当然止まない。
二日目、やはり止まない。
三日目、随分降る。
四日目、おかしい。
五日目、
六日目、
七日目、
一週間降り続いた〝黒い雨〟は、コロニーの大地に染み込み地下水を汚染し、建家や車等の、シェルターには無い設備が発する熱で蒸発し、ガスとなり草木を枯らし、肺腑を腐らせ、皮膚が爛れ、肉と骨が崩れていく。
このコロニーは、〝黒い雨〟に対する対策を、何一つ行っていなかった。
このコロニーに降る訳が無い。我々は永遠に、この豊かな環境を享受出来る。
愚かな怠慢が生み出した結果、当然の末路と、シェルター住人は感慨無く言った。
だが、愚か者という者は、個人でも厄介極まりないのだ。
それが集団となれば、その愚かさは筆舌に尽くし難いものとなる。
そう、住み処を失った住人達は、近くのシェルターを襲撃し、その塒を奪い取ろうとした。
何故自分達がお前達と同じ立場にならねばならぬ。
嫌だ。我々は選ばれた者だ。だから、お前達が我々より下に往け。
これにより始まった争いは、案の定泥沼化しコロニー側が、遂に強化骨格兵を戦線に投入し、力業でシェルターを奪い取った。
そして、そのシェルターが現在どうなっているか?
完全な無人となり、トレーダーにバンディット、サイコパスすら近付かぬ、最悪の汚染区域となっている。
それは何故か。
シェルター住人が敗戦する寸前に、採集していた〝黒い雨〟を地下水路に流し、辺りに振り撒き脱出し、コロニー住人が必死に奪い取ったシェルターは、時間経過により死の街となるだけだったのだ。
洗浄も間に合わない。調子に乗り、強化骨格兵を戦線から引き剥がし、戦線に穴を開けた結果、怪物による一方的な虐殺が行われた。
「あの事件の二の舞は御免被る」
「そうだな」
この事件により、シェルターとコロニーの溝は、埋める事が出来ない程に深くなり、互いに不干渉を貫く事となった。
「で? 私をそいつらに引き渡すの?」
「そんな意味の無い事をして何になる?」
モルンが問えば、ウォルフが即座に引き渡しを否定する。
シェルターとコロニーは互いに不干渉、この暗黙のルールを破ったのはあっちだ。
ならば、こちらが譲歩する必要は無い。
「因みに、強化兵らしいわよ」
「不用心な事だ」
「仕方ないわよ。強化兵なんだしさ」
「ふぅん、どんな奴?」
「確か、軽装で後ろ髪を、バレッタでアップに纏めてたらしいわ」
「……そう」
「モルン、どうした?」
考え込んだモルンの顔を、ロディは覗き込んだ。
しかし、長年トレーダーとして生きているロディにも、その表情は読めなかった。
だが、あえて言うなら〝心底うんざり〟とした表情であった。
ロディが首を傾げていると、とても深い溜め息が部屋に溢れた。
「はぁ……、何様のつもりなのかしら?」
「モルン、どうしたの?」
「ああ、フィーリア。私も貴女と同じ事をしてれば良かったわ」
本当に後悔は先に立たずとはこの事ね。
モルンは頭を掻き乱し、溜め息をもう1つ吐く。
「ロディ、煙草ちょうだい」
「煙草はやらないんじゃなかったのか?」
「煙草でもやらないと、やってられないわよ」
「ほらよ」
「ありがと」
ロディから紙巻き煙草を受け取り、口の端に挟む。
フィルターなんてものは無いから、苦い煙と共に刻まれた煙草葉まで口の中に入り込む。
戯れに、舌先に乗った煙草葉を前歯で噛むと、突き刺す様な苦味と渋味が溢れ出し、煙が回ったのか、目眩に似た感覚で脳が覚醒する。
「……こんなの何が楽しくてやるのかしら?」
「よく言われるよ。で、モルン」
「はいはい、ロディ。私の勘が正しければ、私を捜している奴は」
私が売られる原因を作った奴よ。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「あの、こういう子知りませんか?」
「知らん、消えろ」
目障りだ。
写真を見せても見てもらえず、話も聞いてすらくれない。
「あの」
「知らん」
少女は途方に暮れていた。〝普通〟なら挫け諦めている。
だが
「早く見つけないと、こんな所に居たら大変なのです」
そう、〝普通〟なら諦めている。しかし、その少女は〝普通〟とは言えなかった。
年相応に無垢な瞳。しかし、見慣れた者が見れば解る。
関わるな、と。
「何処に居るのですか?」
〝 〟ちゃん。
狂気というものは、得てして理解し難く
ゆっくり、ゆっくりとした歩調で少女は廃墟を歩く。
その先に探し人が居ると信じて。
探し人が見付けて欲しいと信じて。
そんな事ある訳が無いのに。
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