シェルター

 この世界には、二つの世界がある。

 一つは、富豪や軍人、政治家が住む自然と文明が残った〝コロニー〟。

 一つは、それ以外の人々が住む自然も文明も無い〝シェルター〟。


 この二つの世界の差は大雑把に言えば、水が自由に使えるか、生鮮食品が容易に手に入るか、医療が受けられるか否か。

 俗に言う〝文化的かつ文明的で裕福な暮らし〟が出来るか否かで別れる。


〝コロニー〟は戦争による汚染を免れた場所、〝シェルター〟はそれ以外で人間が居住可能な廃墟や廃棄された街等を指す。


 この差による両者の溝は深く、〝コロニー〟の住人は〝シェルター〟の住人を〝無法者〟〝どぶ鼠〟と蔑み、〝シェルター〟の住人は〝コロニー〟の住人を〝御貴族様〟〝温室育ち〟と忌み嫌う。



 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃



「ボス、連れて来たわよ」

「おお、入ってくれ」


 重く枯れた声、ロディとモルンがフィーリアに先導され、訪れた西のマーケットシェルター。

 その崩れた街並みの奥に建つ比較的無事な姿で残る三階建ての建物、その一室から聞こえた声の持ち主〝ウォルフ〟、本名かどうかは解らないが、その目や顔付きはトレーダーとして長く生きてきたロディと、同じく隙が無い。


「よう、ウォルフ。久し振りだな」

「ああ、ロディ。一年振りか?」


 モルンは緊張の中に居た。

 今から自分がメインとなって、この男と交渉をしなければならないのだ。

 へまをする前に手助けはすると、ロディは言ってくれはしたものの、モルンにとって初の交渉が、〝西のマーケットシェルター〟のバンディット、その元締めでありモルンが、〝初めて〟暴力を振るった人間なのだ。

 緊張しない訳が無い。


「ヘイ、モルン。緊張する事無いわよ?」

「緊張なんかしてないわよ」

「それが緊張してるって事よ」


 フィーリアの言う通り、幾ら否定しても緊張している事は事実だ。しかし、その緊張の原因は先に待つ交渉だけではないし、相手のやり辛さでもない。


「分かってんのよ。分かってんだけど……」

「いきなり小声で、どうしたのよ?」

「……ロディの機嫌が悪いのよ」


 ロディの機嫌が悪い。一年ちょっと行動を共にしていた彼女だから解る僅かな変化。

 トレーダーは感情を簡単に表に出してはいけない。モルンがトレーダー見習いとして、ロディに一番最初に習った事だ。


 物資取引を主な生業とするトレーダーが簡単に感情を表に出すという事は、どうぞつけ込んでくださいと言っている様なものだ。

 その言葉通りに、ロディの感情を読むのは容易ではない。

 しかし、幾つか符号めいたものがある。

 その一つが


「ほら見なさい。煙草、三本目よ」

「それで機嫌が悪いの? よく解るわね」

「まあね」


 煙草をよく吸う、だ。

 ロディは愛煙家ではあるが、煙草、酒、砂糖等の嗜好品は取引材料になる。

 なので、吸っても一本、その日の終わりか大仕事の後、出来る限り減らさない様に心掛けている。

 それなのに、この短い時間内で既に三本目。明らかに機嫌が悪くなっている。


 その原因は何なのか?

 彼女の隣に立つフィーリアか?

 否、彼女との取引交渉でも吸っていたが、あれで不機嫌になるとは考え難い。

 ならば、ウォルフ?

 違う。ウォルフは彼の友人だと聞いているし、ウォルフ自身も彼の癖は知っている筈だ。

 まあ、知っていて無視しているという事も有りうるが、頼み事があると言っていた手前、それを無視するとは考え難い。


 モルンは記憶を掘り起こす。彼は知っていて理解もしている上で茶化してくるが、彼女は記憶力が良く学習能力が高い。

 その上、トレーダー見習いとして、ロディの一挙手一投足から目を離さず観察し、その技術を自分のものとして刻み付けている。

 それでも応用力がまだまだなので、ロディから茶化される。それも気分は悪くないのだが。


 自分が何かした覚えは無い。

 このシェルターに来るまで、彼の雰囲気に変化は無かったし、モルンが何かしても同じ事を何度も繰り返さなければ、ロディの機嫌が悪くなる事は無い。

 ならば何が原因なのか?

 モルンに一つ思い当たる事柄があった。


 ――なあ、フィーリア―― 


 ――何かしら? Mr.ロディ――


 ――やけにマーケットに荷が少ないな――


 ――……そういう日なのよ――


 ――……そうか――


 ――ねぇロディ、あの店少し見てもいい?――


 ――……後だ――


 マーケットだ。

 このシェルターのマーケットの品揃えを見た後、ロディは不機嫌になった。

 あの時モルンは、出品されていたロックピックの品定めをしようとしていて、気付かなかったが、自分を呼ぶ声が妙に重かった気がする。

 てっきり、初めて見る多種多様なロックピックにはしゃいでいた事を咎められたと思っていたが、実は違った。


 モルンには解らないが、ロディはこのシェルターのマーケットに何かあると気付いて、機嫌が悪くなっている。


 世間話や近況報告から一向に話が進まないロディとウォルフの会話を聞き流しながら、モルンはフィーリアをちらりと見る。

 彼女が見る限り、フィーリアが何かを企んでいる気配は無い。

 第一、ロディとモルンの様な一介のトレーダーを陥れても利益は無い。

 陥れても、トレーダーが二人消えるだけで、シェルターにもバンディットにも、何も影響しない。


 やるなら、ウォルフの様な責任ある立場のバンディットを狙うのが当たり前だ。

 そしてこれは、ウォルフにも当てはまる。

 ロディは確かに凄腕のトレーダーだが、トレーダー一人が運べる物資は高が知れている。

 二人が消えても、不利益も無ければ利益も無い。

 それに、ロディがのこのこ付いて行くとは考え難い。


 さて、マーケットの何がロディの機嫌を損ねたのか。

 モルンが考え込んでいると、ウォルフが思い出した様に彼女に声を掛けた。


「やあ、モルンちゃん。久し振り」

「え? あ! はい!」

「はぁ、モルン。お前、こいつを一回張り倒しているが、あれはこいつの落ち度だ。緊張する事無いぞ」

「緊張なんかしてないったら!」

「確かに、あれは俺の落ち度だなぁ。軟禁されてる部屋に、いきなりライフル持った男が飛び込んできたら、誰だって張り倒す」

「プッフゥッ、ボスったら本当にモルンに張り倒されたのね!」

「笑い過ぎだ、フィーリア」


 ソーリーソーリーと似非臭い英語で謝りながら笑うフィーリアに、モルンは既視感を覚え、眉を潜めた。

 その様子にウォルフは笑みを深くし、ロディは嘆息する。


「やっぱり、解るのかい?」

「ウォルフ」

「いや、すまんな。だが、今回の頼み事には、な」

「え? 何が何なの? これ」

「モルンちゃん、そこで腹を抱えて上司の過去を笑っているフィーリアは、君と同じ〝元〟強化骨格兵だ」

「え?!」


 ウォルフの意外過ぎる言葉に、モルンは驚愕した。フィーリアが自分と同じ〝元〟強化骨格兵であるという、確かに聞き覚えというか見覚えがある気がするのだが、モルン自身、あまり他の艦娘に興味が無かったので、解るのかと言われても困る。

 だが、フィーリアの容姿や言動には微かにモルンの記憶に引っ掛かるものがあるのも確かな事だ。

 しかし、強化骨格兵〝  〟にすら興味が無く、自分の姉妹型とされる強化骨格兵の名前と顔も、録に覚えていないモルンでは、思い出す事は不可能であった。


 記憶に薄らぼんやり残るクソ野郎司令官が、昔に新型強化骨格兵がどうとか何か言っていた様な、騒いでいた様な気がしないでもないが、何の役にも立たない弾避けにもならない肉袋司令官が騒いでいた事なぞ覚えていても、記憶容量と脳細胞の無駄遣いなので、早々に記憶から消した。


「その様子だと、心当たりはあるけど解らないって感じね?」

「あぁ、うん。ごめん?」

「アハハ、いいのいいの。私も一緒よ? 他の強化兵の名前も、顔も録に覚えてない。でしょ?」

「そうね。覚えても次の日には居なくなるし、意味無かったわね。まあ、流石に仲が良かった奴が死んだ時は、効いたけど」

「そうよね~、私もサーニャが死んだ時は悲しかったけど、それ以外はどうでもよかったわね」


 ハハハと、黒い笑いを溢す二人。どうやら似た者同士の様だ。

 姉が、妹が、仲間が、家族が死んだと、泣き喚く連中を理解出来なかったと、強化骨格兵という、偽の感情で泣く理由が解らないと、二人は笑い言った。

 ロディとウォルフは、その笑いを聞きながら煙草を吹かす。

 シェルターに生きる人々にとって、死というものは常に隣に居る。トレーダーの誰かが死んだ、バンディットの誰かが死んだと言って、悲しんだままで居れば、次に死ぬのは自分だ。

 まあ、家族や友人が死んだり殺されたりすれば、悲しむし敵討ちもする。ロディとウォルフも経験がある。だがそれだけだ。

 そう、それだけ事。死んだ奴が何をしてくれる訳も無し、死んだ奴は土に還り、持ち物は生きている人間が使う。

 それがシェルターの常識だ。


「で? あんたは一体〝どれ〟だったの?」

「物扱い、貴女のそういう所、大好きよ!」

「そう、ありがと。で?」

「ソーリーソーリー、それじゃ改めて、私は元強化骨格兵〝    〟のフィーリアよ。宜しくね」

「それじゃこっちも改めて、元強化骨格兵〝  〟のモルンよ。因みに、二回改造したわ」

「OH! やるじゃない!」

「ま、役立たずだったから売られたけどね」

「私はジェネラルが明らかに、身体目当てだったから、〝不幸な事故〟に巻き込んだわね」


 ケタケタと、黒い笑いを一層深くするモルンとフィーリア。

 未開通?とモルンが笑い聞けば、ばっちり両方開通済みと、フィーリアが更に笑い返し、その逆もまた然り。

 フィーリアが貴女は?と笑い聞けば、モルンがこっちもばっちり開通済みと、更に笑い返す。


 一頻り笑って満足したのか。

 フィーリアはウォルフに話を促す目線を送り、ウォルフがそれを了承する。


「親睦は後で好きなだけするとして、話だが、面倒この上無い話だ」

「なんだ?」

「……最近な、この辺りのシェルターに、コロニーの奴等が出歩いているそうだ」


 しかも、〝  〟という強化骨格兵を捜しているらしい。


 如何にも不愉快そうにウォルフが言うと、ロディが静かに六本目の煙草に火を点け、フィーリアが腰のスキットルから酒を一口呑む。

 不愉快、不機嫌、不快感、様々なマイナス感情が渦巻く中、恐らく当人であろうモルンが抱いた感情は


「ふぅん、頭がおかしい奴ってサイコパス以外にも居るのね。あ、そうだ。ロディ、後であのロックピックの店に行ってもいい?」


 後でロックピックの使い方教えてよ。

 清々しい程の無関心であった。

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