// 22 急転

「うん、もうリプレイ映像がアップされていたよ」


 テーブルに映し出されていたのは、まぎれもなく先刻の僕とゴズ氏、ユニとアルデバランの対戦動画だった。

 ストラグルの対戦記録はフリーマッチ、グランドマッチ問わず公式のクラウドサーバーへと逐一アップされる。これにより対戦相手の対策や研究が容易になるし、有名デザイナー同士の名試合をいつでも見直すことができるわけだが、さすが公式大会、たった一試合前の動画をもうサーバーにアップしているとは。


 改めて客観的に観ると、やはりユニとアルデバランの体格差はかなりの無理ゲー感がある。僕はあの山のような体躯を見た瞬間から、正面戦闘を避けて奇策に走ることを決めていたわけだが、それを見抜いたのか否か、ユウさんがスタイラスを操作し動画を一時停止した。


「ススムクン、ここで戦い方を変えてるよね」


「えっ……?」


 停止された画面に映っていたのは、対戦の中盤、ちょうどアルデバランとの正面戦闘を決めた直後の一場面だった。パワータイプのアルデバランとのギリギリの近接戦に持ち込んだユニに、僕が剣型オブジェクトを描いて投げ込んだシーンだ。


「序盤では地形を利用した奇襲を仕掛けていたけど、それを防がれたから作戦変更した、ってことなのかな?」


 まるで全部を見透かすような深いブルーの瞳が、テーブルの反対側から向けられる。

 あの時、僕は自分の作戦が失敗したことでパニックになり、ユニとの連携を乱してしまった。そして、ユニの戦い方が昔の自分に似ていることに気付いたことで、僕は正面からの近接戦を望むユニに自分が合わせる戦法へと切り替えることを決めたのだ。


 そして、低いステータスを補うため、ユニに長剣型オブジェクトを与えた。

 結果として、長剣型オブジェクトを装備したユニは攻撃力だけでなく殆ど全てのステータスが僅かにだが上昇するという予想外の力を発揮したわけだが、それが未だ謎に包まれているユニの特殊能力スキルによるものなのか、それもプライマリーチップによる影響なのかは定かではない。


「実は……」


 僕はユウさんの青い瞳を見返しながら、戦法を変えた理由を、ユニのステータスや特殊能力スキルの事も交えて一つ一つ説明した。自分でもわからないことだらけで要領を得ない僕の説明を、ユウさんは終始興味深そうに聞いていた。そして一通り話し終わると、ユウさんは少し考えるように顎に手を当て、やがてニッと不敵な笑みを口元に浮かべた。


「なるほどね。ステータス最低、特殊能力スキル不明、おまけにオブジェクト装備状態での謎のステータスアップ、ときたか。それなら確かに、戦い方が急に変わったのも頷ける」


「どういうことなんでしょう……これも、プライマリーチップが原因なんでしょうか……?」


 僕は隣で丸くなり、いつの間にか寝息を立てている白いネコ科動物をちらりと見やりながら、ユウさんの答えを待った。


 しかし。


「いやあ、さっぱりわからないね」


「えっ!!?」


 あっけらかんと答えた白金髪の青年に、僕は思わず驚きの声を漏らした。隣で寝ていたユニも僕の声に反応したのか、ピクリと丸っこい耳を震わせ、片目を開いてこちらを見る。


「ごめんごめん、僕もそういうケースは初めて聞いたんだ。ふわふわクンほどの知性を宿したArtsアーツなら、殆どの場合は高いステータス数値を備えているはずなんだけどね」


 ユウさんは残り半分ほどになったコーヒーを一口啜り、僕の隣で丸くなるユニへと視線を移した。


Artsアーツのステータスが低く設定される要因は、ストラグルのシステム上のバグでない限り二パターンしかない。一つは、単に込められた情動が少なくArtsアーツのクオリティが低い場合。だがこれに関しては、キミのふわふわクンには当てはまらないね。とくればもう一つのパターンだが、ステータスの低さそのものが何らかの特殊能力スキルである場合だ」


「……!」


 ステータスの低さそのものが、特殊能力スキル

 咄嗟に理解が追い付かず、僕は頭の中でユウさんが語った言葉を何度か繰り返した。


「それってつまり……弱いことで何かの特殊能力が発動してるって事ですか……?」


「そういうこと。聞いた限りだと、ふわふわクンは剣型オブジェクトを装備した途端にステータスが微増したんだろう?とすれば、元のステータスが低いのはそこに因果関係があるとボクは思うな。つまりキミのArtsアーツ特殊能力スキルは、『基礎能力が低い代わりに、武器オブジェクト装備でステータスが上昇する』、というものかもしれないね」


 楽しそうに私見を述べるユウさんの顔を見ながら、僕は考えた。

 Artsアーツのステータスは基本的にArtsアーツとして完成した時に決定されるが、備わった特殊能力スキルの内容によっては発動に伴って増減することもある。また、武器オブジェクトの装備によっても、攻撃力や防御力の数値は変化する。ここまではストラグルにおける常識だ。

 となれば、ユニの特殊能力スキルが『低ステータスの代わりに、武器オブジェクト装備でそれが上昇する』という物であっても不思議ではない。


 だが一方で、腑に落ちないこともある。

 特殊能力スキルの内容は、僕がユニを描いた時――――つまり、プライマリーチップによって極度の集中状態に入っていた時に込めていた情動をもとに設定されたはずだ。とすれば、『武器オブジェクトを装備してステータスアップする』という特殊能力スキルは、僕がユニにそうあるよう望んだということになる。



 だが、本当に僕はそんなことを願ってユニを描いたのだろうか?



 武器を装備して全ステータスアップなどという、具体的かつ即物的な思考でユニを描いたのであれば、ユニは今のような愛らしい幼獣の姿ではなく、武器を取り回しやすい手足を持った人型のモチーフで描いたはず。いま僕がそう考えたのが何よりの証左だ。

 人型の戦士や騎士のモチーフなら描き慣れているし、そっちの方がずっと武器を使って戦いやすい。実際、獣人型Artsアーツはアトリエ中にごまんといるが、純粋な四足獣型はストラグル界隈には少ない。両手のある人型Artsアーツと比べて、四足獣型はデザイナーが描いたサポートアイテムを取り回しにくく、『好きにアイテムを描いてサポートして良い』というストラグルの大きな恩恵を受けづらいからだ。


 ゆえに、僕はユニの特殊能力スキルが単純な武器によるステータスアップだという説はどうにもピンとこなかった。

 ユニの性格が、過去の僕――――トラウマを負う前の自分を模していることは、すでに先刻のストラグルの最中に理解している。であれば、特殊能力スキルの方も何か過去の僕と関係しているものになっているのではないか。


 そこまでは思い至るものの、肝心の特殊能力スキル説明欄が文字化けしている現段階では、あまりに情報が不足し過ぎていて考えようもない。そもそも僕はユニを描いた時のことを殆ど覚えていないわけで、僕の仮説が合っているとも、ユウさんの仮説が外れていると断言もできないんだけれど――――――――


 サイダーのグラスを睨みながらぐるぐると詮無い思考を巡らせていると、テーブルの反対側でユウさんが愉快そうな笑みを零す。


「はは……何か引っかかってるって感じだね」


「まぁ……はい……。すみません、まだ僕もこいつの事、わかってないことだらけで……」


「いやいや、謝ることないよ。ボクが言ったのはあくまで仮説。結局のところ、答えはキミ自身の中にしかない。創作ってのはいつだってそういう物さ。自分でも言語化できない感情や想いに形を与えて表現する……そうやってできた作品の意味に、後から気づくことだってあるんだ。今はただ、キミとキミの相棒を信じて進めばいい」


 そう言って、ユウさんは人懐っこい柔らかな微笑を口元に浮かべる。

 作品の意味に、後から気づく――――その言葉は、不思議となんとなく解る気がする。

 ユニの性格……少なくともストラグル中の戦闘傾向が、5年前のトラウマを受ける前の僕に似ているのだと気付いたことがまさにそうだ。最初はただシンクロ不足で指示を聞かないのだと思い込んでいたことが、ユニと向き合い、仔細に観察することでそれに気づけた。それがまさかストラグル中になるとは夢にも思わなかったが、あの時に気付けなければ、きっとあの勝利はなかっただろうと今は思える。


 ストラグル中に見た煌めく銀河のような瞳を思い出しながら、隣で丸まるユニの綿毛のような白い被毛エフェクトを右手で撫でると、テーブルの反対側で「おっと」と小さく声がこぼれる。


「すまない、ボクはそろそろ行かせてもらうよ。用事があってね」


「え!?も、もうですか!?」


「うん。ごめんよ、こう見えて多忙な身なんだ。いろいろ興味深い話をありがとう」


 そう言ってユウさんは優雅な動作でソファ席から立ち上がり、手首のNinephニンフを二、三度操作すると、前にあった時と同じくあっさりと踵を返す。


 ――――前にも思ったけど、ユウさんってかなり要件人間な部分があるなぁ……。


 唐突な別れのあいさつに面食らいつつも、僕はスラッとした長身の背中に向かって問いかけた。


「あっ!あのっ、用事ってストラグルですか!?なら、僕も観に行きます!ユウさんの対戦、観てみたいですし!」


 言いながら、そういえばユウさんの画風も、どんなArtsアーツを描くのかも僕は知らないんだと今更ながら気付く。

 ならば余計に観ておくべきだ。このまま勝ち進めばいずれ戦うことになるかもしれないのだし、今の僕には実戦のデータが少なすぎる。もっと多くの対戦を観察して戦術を学ばなければならない。


 それに――――純粋に、この不思議な雰囲気を持つ白金髪の青年がどんなArtsを描くのか興味もある。


 ユウさんはくるりと振り返ると、悪戯っぽい笑いを浮かべて応えた。



「いや、ボクは大会には参加していないよ。それじゃ、この後の対戦も頑張って。またね、ススムクン」



 ひらひらと右手を振り、謎多き白金髪のデザイナーは滑るような足取りでボックス席の間をすり抜けていった。そこでちょうど前の対戦が終わったらしく、長身の後ろ姿は体育館の出入り口から続々と退場してくる人々の群れの中に紛れ、すぐに見えなくなってしまった。


 唖然として立ち尽くす僕の横で、ユニが眠そうにあくびをしながら身体を伸ばす。

 相変わらず、突然現れては嘘のように消えてしまう人だな――――。レストスペースの出口をぼうっと眺めながら、僕は心の中でひとりごちた。

 激レアなプライマリーチップの事にやたらと詳しかったり、それを簡単に手放したり、突然現れては何かと助言や意味深な言葉を残して去っていく謎の美青年デザイナー。どこか怪しげで、しかし人懐こい柔らかな笑顔には暗い感情は見て取れないあの白金髪の青年が、僕には、単なる変わり者のデザイナーであるとは思えなかった。

 確証はないけれど、彼にはなにかとんでもない正体が隠されているように感じる。このまま戦い続ければ、いずれその正体もわかる時が来るのだろうか。

 しかし、本人は今大会には参加していないという。じゃあ単純に観戦に来ただけ?そういえば、初めて会った日も小大会の観客として僕の対戦を観ていたと言っていたしなぁ……――――


 ユウさん本当にただのストラグルマニア説を考察するべく思考が傾きだした、その時。


 視覚、聴覚、触覚が同時に、Ninephニンフからの通知を受け取った。ビーッビ―ッというアラームがヘッドセットから鳴り、左手首のNinephニンフ本体が音に合わせて振動する。そして視界の隅に半透明の通話ウィンドウが立ち上がる。中央に浮かんでいる着信相手の名前欄には、【御篝 由有梨】の文字。


「あっ……いけね……!」


 そういえば、一回戦突破の報告をし忘れていたことを思い出し、思わず慌てた声が漏れる。

 視界上のシステムクロックを確認すると、僕の対戦が終了してからすでに30分以上が経過してしまっている。こういった大会やイベントごとの時には自分の対戦よりも仲間の対戦結果の方が気になってしまうらしいユーリの性格からして、いつまでも連絡してこない僕にしびれを切らしての電凸といった所だろう。


 きっとまた報告が遅いだの、時間にルーズだの、私に心配させてシンクロを乱す作戦か~!などと言われてしまうんだろうなぁ……。勝利の報告ができるのがせめてもの救いか。


 ユーリの高速お小言攻撃への言い訳パリィを脳内でシミュレートしながら、僕は恐る恐る目の前の着信ウィンドウをタップした。



 この時――――――――ヘッドセットのスピーカーから届いた声が、いつもの他愛のない小言だったらどんなに良かったかと思う。



「もしもし、ユーリ?報告遅れてゴメン!一回戦目はなんとか無事に――――――――」


「――――ツバサがッ!!」


 僕の声を切り裂いて、ユーリの切迫した声がスピーカーの奥から響く。

 その声は、いつもの鈴のような声とは程遠い、ほとんど悲鳴に近い涙声だった。


「ススム……うぅっ……ツバサが……ツバサが死んじゃうかもしれないッ!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・――――」


 嗚咽混じりのユーリの声が、耳元で響いた。

 僕はさぁっと全身から血の気が引くのを感じながら、ほとんど反射的にユニをNinephニンフの中へと戻し、レストスペースを飛び出した。


 近くのタクシー乗り場へと全力で走る間、いつも勝気で明るいユーリの、怯えたような涙声が、いつまでも脳内でこだましていた。

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