// 19 決着
なんだ、あの
最初は、一撃で勝負を決めるつもりだった。何事も正面から全力でぶつかっていくことを信条にこれまでいくつもの対戦を重ねてきて、その中で生まれた自分の必勝パターンを今回もなぞるだけだと、そう考えていた。
しかし、相手の白い四足獣型
さらには、長い尻尾を使ってこちらに挑発までやってのけた。その所作には少年まで驚いていたように見えたが、なんにせよあそこまで高い機動性と応用力を持った
いかにも対戦慣れしていなさそうな様子だった相手側の少年――――たしか、デザイナーネームは『ススム』と言ったか――――が、あのような高い知性を持った
押しても押してもギリギリで食らいついてくる、そんなヒリつくような対戦ができる相手を前に、気付けば、自然と口角が吊り上がっていた。
しかし、だからこそ。
「それは愚策だったぞ、少年!」
湧き上がってくる興奮とともに一声、ゴズはフィールドの向こう側で緊張した表情を浮かべる少年デザイナーへと叫んだ。
二体の
そこに表示されていた細長いHPバーのほとんどの部分はグレーアウトし、残存体力は、なんと数センチしか残されていなかった。
確かに相手方の
しかし、だとしても減りすぎている。これまでの対戦で相手方の白い
なればこそ、文字通りのとどめの一撃を入れることにこちらは集中すればいいわけだが、相手方はその逆――――いかに距離を保ちながらこちらを削っていくかを考えるのが定石なはずだ。
にもかかわらず、相手の白い四足獣型
なんだ、あの
理解の範疇を超えた行為に奇妙な不気味さを感じながらも、しかしゴズは、その大木の幹のような太い首に血管を浮かべて、ニッと好戦的な笑みを浮かべてその不気味さを笑い飛ばした。
捨て身で突っ込んでくるというのなら望むところ。真正面から受け止め、なぎ倒し、吹き飛ばすのが我の道。そして、我が相棒アルデバランに込めた、自分の強さのカタチ。
口元に太い笑みを浮かべながら、ゴズはスタイラスペンを持つ右腕にぐっと力を込めた。
大学の相撲部とボディビル部で鍛えた自慢の腕に、無数の血管がびしっと浮かび上がる。そのまま投石機の如く真上に振りかぶり、アルデバランとの再度のリンク・アクションを発動させるべく腕の位置を調整する。
フィールドの両端から猛スピードで迫り合う二体。その間合いはあと15mほど。このまま突っ込めば、あと2秒もせず互いに激突するだろう。
アルデバランの腕の長さに合わせた最適の間合いを見切り、ゴズは限界まで振りかぶった右腕を、アルデバランの渾身の一振りに合わせて猛然と振り下ろそうとし――――
はっとして、眼を見開いた。
正面に迫る白い
長い尻尾のしなりによって加速した長剣は、垂直に高速回転しながらアルデバランの額めがけて飛来する。それにギリギリ反応できたのは、相撲で鍛えた判断力の速さゆえか、それとも単なる運か。
「ぬんっ!」
ゴズは振りかぶった腕をそのまま振り下ろした。アルデバランの腕も全く同じ動きをトレースし、握った大斧が何に触れることもなく空を切る。
しかしそのままでは終わらない。振り下ろした腕力の流れを上方向へと返し、Vの字を描くようにして猛然と振り上げる。アッパーカットのような軌道で再び閃いた大斧の刃は、飛来する長剣の軌道上にぴたりと重なり、次の瞬間、甲高い音と火花を上げながら激突した長剣を真上へと弾き飛ばした。
勝負あり、だ。
腕を振り抜いた刹那、脳内にそんな言葉が浮かんだ。
これで相手の
剣を投げて不意を突こうと考えたのだろうが、立ち合いの一瞬が勝敗を分ける相撲で鍛えた目は、この程度では誤魔化せない。
瞬間的にそこまで思い至ったゴズは、かちあげた腕をそのまま左肩の方へ担ぐように動かし、水平方向を薙ぎ払う必殺の一撃を放つべく手に力を込めた。
そして、そんなことを考えた一瞬の油断と慢心ゆえに、ゴズは反応がコンマ数秒遅れた。
アルデバランの目の前で起きていた、不意打ちの"続き"に。
**********
まだだッ……!
アルデバランの間合いに入る一瞬前、僕は装備した剣を相手に投げつけるようユニに指示した。
だがそれは直接的なダメージを与えるためではなく、確実に相手の不意を突いて致命的な一撃を入れる布石のためだ。
成功する確証はない。どこか一か所でも歪めばユニは丸腰になり、さらに大きな隙ができてしまう。それはつまり、僕とユニの敗北を意味している。
だが、ユニの高い知性と応用力なら、きっと僕の意図を汲んで作戦を成功させてくれると僕は確信していた。
先刻の建物の上におびき寄せて串刺しにする作戦も、アルデバランにフィールドダメージ無効の
アルデバランの頭上に高々と弾き飛ばされた長剣を目で追いながら、僕は素早くスタイラスペンを動かし、投影された新たなアートボードに線を走らせた。なんの描き込みもない、ただの直線の組み合わせでしかないそれは一瞬で描きあがり、それをほとんど自動的に右手の操作でアイコン化しながら、僕は白い流星となって突撃するユニへと叫んだ。
「 ”上に跳べ”、ユニッ! 」
言葉が発せられるよりも早く、僕の思考を読み取ったユニが小さな後ろ足を踏ん張り、長いケーブル状の尻尾をしならせた。瞬間、しなった尻尾が鞭のように地面を叩き、ユニはアルデバランの真上に向かって鋭く跳び上がった。
剣を弾いたことでアルデバランの腕が流れた一瞬に、ぴたりと合わせた絶妙なタイミングだった。反応の遅れたアルデバランをあっという間に跳び越え、その遥か先――――弾き飛ばされた剣を目指して、ぐんぐん上昇する。
僕は数秒後にやってくるであろう”その瞬間”を逃すまいと、先ほどアイコン化したオブジェクトをコピーツールで二つに増やし、
――――あとは、スタイラス側面のキーボタンを押すだけ。
速まる鼓動を胸の内で感じながら、僕は息を呑んでその瞬間を待った。
そして。
バキャンッ!というガラスが割れるようなサウンドエフェクトともに、体育館の天井近くで七色の光が弾けた。見ると、光の中心にはそれまで存在しなかった六角形のハニカム構造のバリアが出現していた。弾き飛ばされたユニの長剣が、ストラグルフィールドの限界高度に達して再び弾き返されたのだ。
天井の障壁に阻まれて落下してくる剣を、ユニはその小さな牙が覗く口で器用にキャッチする。剣の落下に引っ張られ、そのままアルデバランの頭上へと引き寄せられるように急降下していく。
一方、遅れて反応したアルデバランも、再び剣を携えて落下してくるユニにカウンターの一撃を入れるべく、巨大な角を生やした頭部を捻るように引き絞った。
今だ――――今しかないッ!
僕はぎっと歯を食いしばり、祈るようにスタイラスのキーボタンを押した。
落下するユニとアルデバランの距離はぐんぐん縮み、ついにお互いの間合いが目前に迫る。そして真紅の猛牛が、その太い首を振り上げ、騎士槍のような角をユニ目がけて突き込んだ、その刹那。
ユニの足元に薄いスクエア型のプレートが一枚、空間から滲み出すようにして出現した。それと全く同時に、アルデバランの背後2mほど離れた位置にも、同様のプレートが出現する。
僕の意図を瞬間的に読み取ったユニが、その小さな後ろ足で空中に出現したプレートを蹴り飛ばす。垂直落下から突然軌道を変え、ピンボールのようにアルデバランの背後へと移動するユニ。またもやユニが視界から外れ、アルデバランのカウンター攻撃が虚しく宙を突く。
そう。これが、僕の本当の狙いだ。
剣をわざと弾かせてユニを視界から消し、空中からの攻撃――――と見せかけて。
一枚目のプレートを蹴り、アルデバランの背後へと回ったユニ。その先には、仕掛けておいたもう一つのプレート。尻尾をバランサーにして器用にプレートへと着地したユニは、それをしっかりと踏みしめて再度加速する。
空中に白い光の尾を引きながら、くの字の軌道を描いて宙を疾走するユニ。完全に背後をとった真紅の猛牛の肩口めがけて、口にくわえた剣を振りかぶる。
狙うは一点。最初に剣撃を入れた、肩口から腰までの一直線の傷跡。同じ個所に攻撃を重ねることで、二撃目以降の攻撃にダメージボーナスが付くからだ。
「いけえええぇ――――ッ!ユニ――――ッ!!」
胸の奥から激流のように溢れた感情が、叫びとなって口から発せられる。
必死に見つめるフィールドの中央で、純白の流星が一閃、真っ赤なライトエフェクトを散らしながら瞬いた。
空間そのものを切り裂いたような、純白と銀の斬撃エフェクトがフィールドの中央に大きく刻まれ、そこに立っていたアルデバランの姿を眩く飲み込む。
流星はそのままフィールドを一直線に割って僕のスタンドスペース近くまで駆け抜ける。ドリフト気味に減速してから停止すると、纏っていたライトエフェクトが弱まり、この対戦の中で幾度も僕を励ましてくれた小さな背中が露わになる。
そして、その向こう。フィールドの真ん中で岩のような筋肉を硬直させた真紅のミノタウロスが、身体を大きく仰け反らせた格好で微動だにせず硬直していた。
その屈強な上半身には、真っ赤なライトエフェクトが肩から腰に掛けて斜めに刻まれており――――そして。
いつの間にか静寂に包まれていた体育館内に、ズズ、という重苦しい音が響いた。アルデバランの胴体が切創から斜めに滑り落ち、切り離された上半身が乾いた地面にゆっくりとくずおれる。
一秒後、二つに分かたれた身体が七色の光に包まれ、微細な粒子となって勢いよく爆散した。
それに合わせて、大量のパーティクルがフィールド中を埋め尽くし、あちこちで紙吹雪や花火などのライトエフェクトが一斉に上がった。膨大な量のライトエフェクトに彩られる体育館内。数秒前の静寂が嘘のように、情報の洪水が一挙に視界を満たす。
少し遅れて、対戦の終了を告げるテクノロック調のBGMが大音量で館内に響き渡る。
だが次の瞬間、それがかき消されるほどの大歓声が会場を満たして、館内の空気を激しく震わせた。
突然上がった歓声に反応して、停止しかけていた脳が急に速度を取り戻したように、目の前の光景を処理し始める。
視界の中央にはSFチックなフォントで『WIN!』の一言が煌々と輝いていて、その脇のステータスウィンドウには、ギリギリ数センチ緑色の部分を残しているユニのHPバー。
そしてその下に、端から端まで完全にグレーアウトした、アルデバランのHPバーが表示されていた。
放心気味にグレーアウトした体力バーを眺めていると、歓声によってキンキンする耳にさらに輪をかけたキンキン声が飛び込んできて、僕は反射的に顔を上げ、フィールドの中央へと目を向けた。
「アァ〜〜〜ゥッ!!マジで白熱したスンゲ〜〜対戦だっタなァーーーッ!!」
いつの間にやら出現していたレフェリーAIが、その派手なアフロヘアーをぶんぶん揺らして陽気な声を上げる。
「オレッち、興奮しスギてイロンナところがスタンダップ!!するところだったぜッ!!お前らもそうダロ~~ッ!!??」
品のない煽り対し、しかし対戦の興奮の方が勝ったのか、フィールドを囲む観客席から一斉に応答の歓声が上がる。
「オッケ~~!!ツーわけでッ、予選18試合もメチャクチャ熱ッちーストラグルだったぜ!!激戦を制したデザイナーの名をッ!!お前ラのハートに刻みこめェェ――――ッ!!!」
テンション高く、レフェリーのアナウンスが会場に響き渡る。その続きの言葉を聞くより前に、胸の奥から熱いものが込み上げて来て、僕は思わず顔を伏せた。
すると一気に視界が歪み、眼鏡のレンズの内側に熱い雫がぽたぽたと垂れた。
ふと、ぼやけた視界に白い影が映り込む。ぐずぐずの目でも分かる長い尻尾と、銀河を封じ込めたような大きな瞳。激戦を戦い抜いた小さな相棒が、いつもの不思議そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。
「ありがとう……ユニ……。僕の……――――」
込み上げる嗚咽に混じり、相棒への感謝の言葉が自然と口からこぼれ出した。身体の力が抜け、膝からその場に崩れ落ちながら、ユニの小さな身体をぎゅっと抱きかかえる。たとえ視界に投影された3Dモデルであろうとも、今この瞬間だけは、確かな温かさが僕の手に、腕に触れている気がした。
「――――僕の所に……生まれて来てくれて…………!!」
白くふわふわの被毛エフェクトが視界の脇で揺らぎ、満足そうな「ミュン!」という鳴き声が、会場を震わす歓声に混じって僕の耳に響いた。
「「ウィーナァー!!ブルーサイド、≪ススム≫ゥ!!!ェアーンド、
リザルトを告げるレフェリーの叫びが、会場いっぱいにこだまして空気をさらに震わせた。
鳴り止まない歓声に包まれながら、僕はフィールド端のスタンドスペースで跪き、涙となって溢れてくる様々な感情を、パーカーの袖でしばらく拭い続けた。
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