// 13 おうし座の暴君

『『ディメンションゲート開放オープンッ!!』』


 無数のガラスが割れ砕けるような甲高い破砕音を響かせ、フィールド中央に浮かぶ二つのゲートが内側から爆ぜた。

 爆散するライトエフェクトの中から二体のArtsアーツが勢いよく飛び出し、空中に赤と白銀、二色の光の尾を引いて着地する。


 両Artsアーツが出現するのに合わせてゲートがフィールドの端へと移動するのを確認してから、僕は睨み合う二体の獣へと目を向けた。

 さっきまでの家猫サイズから、中型犬ほどの大きさにまでスケーリングされたユニは、ケーブル状の長い尻尾を左右にひゅんひゅんと振り、首回りのライトエフェクトを逆立たせて威嚇の態勢をとっている。

 そして、その正面に立つもう一体のArtsアーツを視界に捉え、僕は思わずぐっと息を呑んだ。


 ユニの3倍はありそうな、巨大で屈強な体躯。明らかに僕の胴体よりも太い、大木のような腕と脚。岩石のようなゴツゴツした拳には武骨なツーハンドアックスが握られ、身に着けた腰布とマントは燃えるような赤毛の毛皮。

 そして、まるで騎兵槍のような立派な一対の角を持つ雄牛の頭部。鼻からぶしゅーっと蒸気のような鼻息を噴き、瞳に湛えた真紅のライトエフェクトが宙に赤い燐光を残す。

 ギリシャ神話の伝説的怪物、牛頭人身のミノタウロスが、足元で唸るユニをその真紅の瞳で見下ろしていた。


 瞬間、


「避けろユニッ!」


 小さなユニの身体目がけて、鋭い角を生やした牛の頭がノーモーションで振り下ろされた。

 爆発したように天高く巻き上がる土煙。それだけで、地面をえぐるほどの絶大な威力が内包されていたのだと分かる。

 土煙の向こうで、おうし座の名を冠するミノタウロス型Artsアーツがゆっくりと頭を持ち上げ、勝ち誇ったように雄たけびを上げる。

 一拍置いて、観客席からわっと歓声が上がる。それはゴズというデザイナーの人気さからか、それとも秒殺への称賛か。



 いずれにしても――――気が早い。



 途端、会場を満たしていた歓声がぴたりと止み、すぐに倍ほどの大歓声となって空間を揺らした。

 もうもうと上がる土煙を切り裂き、純白の幼獣型Artsアーツが宙に光の尾を引いて飛び出した。


「ユニ、一旦離れるんだ!」


 アルデバランの不意打ちを紙一重で回避したユニへ、退避するよう指示を飛ばす。ユニも近距離戦は不利と見たらしく、今ばかりは指示通り、バックステップで10mほどの距離をとって相手を睨みつける。


 危ない所だった。単純なパワータイプとばかり思っていたが、どうやら敏捷性アジリティもそこそこ高いらしい。ユニがスピード特化型でなければ反応が遅れ、今頃はあの槍のような角に貫かれて頭の上だったろう。


 しかし厄介だ。いわゆる『力は強いが動きが遅い』系のパワーキャラならユニの唯一の武器であるスピードで攪乱かくらんできそうなものを、それなりの速度も併せ持っているとなると迂闊に近づくことはできない。スピード以外のパラメータが殆ど全て最低値であるユニにとって、パワータイプの攻撃は掠るだけでも致命傷になりうる。

 それに、頼みの綱であるスピードさえもそこまで高い数値とは言えない。せいぜい中の上程度、ある程度敏捷性のあるArtsアーツなら反応できない速度じゃない。


 フィールドの向こう側で鼻息を荒らげる牛男型Artsの動きに注意しながら、僕はちらりと左手首に装着したNinephニンフへと視線を落とした。

 Ninephニンフの表面にはシンクロ値を表す円環型のインジケータが浮かび、その中央には《123》という数字が今も微増減を繰り返しながらAR表示されている。


 ユニとのシンクロ値は今のところ安定している。少しではあるが昨日の最高値である《119》から上昇しているし、さっきも素直に指示を聞いてくれた事がそれを裏付けている。

 あとは、僕の戦略次第だ。あの強靭そうなArtsアーツをユニの小さな牙でどう突き崩すかが勝負となる。それも、あまり時間はかけられない。長引けばそのぶんこちらのジリ貧になる。スピードで圧倒する短期決戦で勝負をつけなくてはならない。


 ――――そのためには。


「ユニ、奴を廃墟の上におびき出すんだ。身軽なお前なら廃墟の床でも壊れないはずだ。後は僕がサポートする」


 ヘッドセットのマイクへ向かってそう呼びかけると、30m前方で巨大な牛男に向き合うユニが、背中越しにアイコンタクトで返答する。


 それを隙と捉えたのか、こちらの様子を窺っていたアルデバランが突如、両手に持った巨大な斧を振り上げてユニの方へと一直線に踏み込んできた。すぐさま反応したユニが、闘牛のごとく突っ込んでくるアルデバランへと身構える。

 あっという間に両者の距離は3m程にまで縮まり、アルデバランの両腕に握られた大斧がユニの頭上へと非情なまでの勢いで振り下ろされた。


 しかし次の瞬間、ユニの身体が白い光線となって閃き、斧の攻撃線上から外れた。空振りしたアルデバランの斧が荒れた地面に深々と埋まりこみ、牛頭の大男は不機嫌そうに鼻息を噴きながら不気味な唸りを上げてユニを睨みつけた。

 そんな恐ろしい相手に臆する様子もなく、ユニは斧を回避した勢いのまま再び距離をとり、あろうことかアルデバランへお尻を向けて、ケーブル状の尻尾の先で手招きして見せた。

 古いカンフー映画などでよく見る、『かかってこい』という挑発のサイン。無論そんなものをユニに教えた覚えはないし、ただでさえ気性の荒そうな暴れ牛相手にそこまでしろとも言っていない。


 本当にお前、一体どこでそういうの覚えてくるんだよ!?と思わず叫び出しそうになっていると、観客席からも「おお~!」「まじかあのチビ」「度胸あんな~」なんて感心なのか呆れなのかわからない歓声が上がる。


 未だ組み合わせ的に不利なのには変わりないのだが、それを解っているのかいないのか、ユニは何故か妙に勝ち誇ったふてぶてしい笑みをωの形の口元に浮かべてアルデバランを挑発する。

 それを見たアルデバランも一層荒々しい雄たけびを上げて、地面にめり込んだ大斧を力任せに引き抜いた。地面が斧ごとごっそり抉れ、フィールドに二か所目のクレーターを残す。


 ユニの挑発に煽られたのは牛男だけではないらしく、そのデザイナーであるゴズ氏も好戦的な笑みを浮かべて、丸太のような上腕に太い血管を浮かび上がらせている。彼がスタイラスペンを持った右手を大きく振り上げると、全く同じモーションを描いて、アルデバランも斧を持った右腕を振り上げた。


 Ninephニンフのモーションキャプチャ機能を利用した《リンク・アクション》だ。デザイナーとArtsアーツの動きをうまくシンクロさせることによって、動作のクオリティを飛躍的に上昇させる上級技。

 例えば攻撃動作にリンク・アクションを発動すれば、一撃の威力は通常の倍ほどにも上昇する。

 もちろん、Artsアーツとの高度なシンクロが不可欠だし、どちらかのタイミングが少しでもズレると十分に効果を発揮することはできないので、多くのデザイナー達にはアクションゲームのクリティカルヒット程度に認識されている。


 しかし、逆に使いこなせればその威力は約束されている。ハイランカーやトレイルブレイザー殿堂入りの多くも、Artsアーツとの高いシンクロ値によってリンク・アクションを使いこなし、ランキングの上位へと上り詰めたという。


 つまり、次の一撃は絶対に受けてはいけない。掠った時点で負け確定、ということだ。


 巨大な斧刃がぎらりと凶悪な輝きを放つ。緊張で心臓がぎゅっと縮こまるのを感じながら、とっさにユニへと叫ぶ。


「走れユニ!」


 言うと同時に、ユニは弾かれたように駆け出した。すぐ近くにある5mくらいの錆びた建物へ向かって、白い光弾となって疾走する。


 その小さな背中へ向けて闘牛の如く猛追するアルデバラン。やはりパワータイプにしては機動力が高いようだが、それでも直線での速さにおいてはユニの方にアドバンテージがあるようで、両者の距離は縮まるどころかユニの方が徐々に引き離しつつある。


 10mほどの距離をあっという間に駆け抜けたユニは、ビルっぽい外観の廃墟の割れた小窓部分へと飛び込み、内部へと侵入した。途端、視界に映る廃墟の壁がユニのいる位置を中心にすうっと透過し、外壁に隠れて見えなくなったユニの姿が視認できるようになる。

 フィールドの視界補正だ。デザイナーはフィールド内を動き回れるわけではないので、フィールドオブジェクトの陰に自分のArtsアーツが隠れてしまった場合にはこうしてヘッドセット側の視界処理によりオブジェクトを透過して自分のArtsを視認できるようになっている。


 崩れた床や天井を器用に飛び移り、ユニは廃墟の各階をひょいひょいと登っていく。ジャンプでは届かない足場でも、長いケーブル状の尻尾をフックロープのように使って、崩壊した建物の内部をほとんど止まらずに進んでいる。

 こういったアスレチック系の大型オブジェクトはユニのように小さな体躯のArtsアーツの方が有利ではあるが、複雑に入り組んだ廃墟の内部を何の迷いもなく進めるのはやはりユニの判断能力の高さ故だろう。


 瞬く間に半分ほどを登りきると、そこでようやく相手方の牛男も廃墟の下に到着する。だが、そこでアルデバランの動きが止まり、苛立ったように短い咆哮を建物の上層に向かって放った。

 どうやら入口のある一階部分は地面の奥底に埋まり込んでいるらしく、アルデバランの大木のような巨躯をねじ込めるような隙間も穴も、廃墟の外壁には開いていなかった。これでは、廃墟の中を進むユニを追うことはできない。


 想定外の事態に、胃の奥がぎゅっと縮こまる。僕の作戦を完遂するには、ユニとアルデバランが建物の屋上にいることが第一条件となる。

 それには相手方がユニを追いかけて来てくれなければならないが、相手が大きすぎて中に入れないとなると、ユニが屋上で籠城するような状況にしかならない。


 相手が追ってこれる建物を選ぶんだった!と内心で後悔しながら別の建物へと移動するようユニに指示を出すか迷っていると、壁の前で立ち往生していたアルデバランが獰猛な唸り声を止め、手に持った斧の柄をおもむろに口に咥えだした。

 すると、なんと真紅の牛男は空いた両手を外壁に向かって突き出し、鈎爪のように曲げた指先を壁の中へ深々とめり込ませた。一見、壁を攻撃しているようにも見えたが、壁の破壊痕が手の周辺に集中している所を見ると狙いはおそらく破壊ではなく――――、



 嫌な予感が背筋を走った一秒後、僕の予想は寸分違わず現実のものとなった。

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