// 12 " Boost your Verves !! "
ヴァーヴス・ストラグルにおけるグランドマッチとフリーマッチの違いは、ルールの内容だけではない。
その代表例が、『
文字通りストラグルのユーザーである一般デザイナーが作成したオリジナルのストラグルフィールドで、グランドマッチでの対戦は基本的に全てユーザーメイドのフィールドで行われる。
UMFの作成権は、公式ランキング中位~上位のデザイナーへ運営からのオファーによって与えられ、描くデザイナーごとにフィールドのテーマも千差万別だ。中には毒沼や炎が吹き上がる床、対戦に乱入してくる怪物が出現するなんていう凶悪なギミックが仕掛けられたフィールドもあり、そういったある種の無法地帯的な楽しさもユーザーメイドの醍醐味だ。
僕は広大なフィールドの端に設置されたデザイナー用スタンドスペースに登りながら、今回の対戦フィールドのテーマを予想していた。
ユニの武器であるスピードを活かすならやはりある程度広く、あまり起伏が激しくないフィールドの方が良い。ただ、遮蔽物が多くてもユニの小柄な身体と、小回りの効く俊敏さで撹乱できる可能性があるのでそれはそれで戦いようはある。
一番まずいのはダメージ系のフィールドギミックだ。毒沼や炎はもちろん、トゲの床や電気、毒ガスなどの広い範囲のダメージギミックはそれだけで体力・防御力の低いユニの致命傷になりうる。その場合はなるべく慎重に戦わなければならないが、ネコ科動物のくせして猪突猛進気味のユニが果たして言うことを聞いてくれるか――――。
僕はごくりと生唾を飲み込みながら、左手首に装着した
ユニは一旦MR化を解除し、対戦開始に備えてアーキタイプチップの中に戻している。
弱気になっちゃダメだ。僕の精神状態は脳で繋がっているユニの方にまで影響するのだ。負の感情までシンクロさせては勝てるものも勝てなくなる。
内心で無理やり自分を鼓舞しながら、僕はスタンドスペースに立ち、目の前に広がる広大なストラグルフィールドと幾千の観客を視界に収めた。
バクバクと心臓が跳ね始めた所で、タイミングよくレフェリーAI・エルビスの陽気な声が会場内に響き渡る。
「そんジャー、そろそろ次の対戦をおッぱじめるゼーィ!!デザイナー諸君、準備はいいかあ!?」
エルビスの煽りに合わせて、会場中からわっと大きな歓声が上がる。
「よっしゃあ!んジャー、対戦するデザイナーを紹介するゼ!まずは
巨大なアフロヘアーを揺らしながら絶叫し、エルビスがフィールド反対側のスタンドスペースへと手を振る。
100m先も離れているとメガネごしでも大戦相手の顔はよく見えないが、すぐに視界の左端に対戦相手側のライブ映像が表示される。相手のスペースに設置されたカメラが起動したのだろう。フィールド上空に設置された観戦用の巨大ホロディスプレイにも同じ映像が映し出される。
僕の最初の相手となるデザイナーは、無骨な響きのデザイナーネームに見事にマッチした大柄な青年だった。
大学生だろうか。肉付きのいい肉体をTシャツと短いデニムパンツの裾から惜しげも無く露出させた、精悍な顔つきの偉丈夫。
どちらかと言うとスポーツとは縁遠いインドア派が多数を占めるデザイナー界隈において、今回の対戦相手であるゴズ……いや、ゴズさんの焼けた鉄塊のような筋肉はなんとも異彩を放っていて、視界隅のライブ映像を見た僕は数秒声を失った。
いかにもパワータイプの
ユニの天敵であるパワー型に一回戦目から当たってしまうとは、やはり僕のくじ運の悪さは本物らしい。
己の余計な才能に内心で肩を落としていると、またもやレフェリーの陽気な叫びが会場内にこだました。
「続いて
僕の方へと振り返ったエルビスが名前を読み上げると、先ほどの大歓声とは打って変わってまばらな歓声が観客席から上がる。
まぁ、予想はしていた事なのでこんなものだろう。ストラグルの世界では僕はまだ無名のド新人、名も知られないニュービーだ。小学生の時に一瞬だけ得た日本一の称号など通用しない。第一あの頃からデザイナーネームも変えているし、5年も経っちゃってるし。
幾本ものスポットライトが向けられ視界が黄色で満たされる中、僕は慌ててペコリと頭を下げた。緊張が動きにも出てしまっていたのか、観客席の方から若干の笑い声が聞こえてくる。
かーっと顔が熱くなるのを両手で頬を叩いてリセットすると、視界にいくつものインターフェースが投影され、ついにレフェリーが最後のアナウンスを始める。
「両者、今度はどんなアッチー戦いを見せてくれんのか期待してるぜェー!それじゃあいよいよ始めるぞ!!フィールド・オン!!!」
レフェリーの叫びとともに、会場中のオーディオシステムからテクノロック調のBGMが大音量で放たれる。同時に、100m×80mの広大な平面フィールドの表面に無数の光粒子とワイヤーフレームがぶわっと一斉に浮かび上がった。それらは複雑に絡み合い、平面フィールドのあちこちに起伏を生み出す。
隆起する地面、組み上がる建造物、無数の光、音。広大な空間を埋め尽くすエフェクトとサウンドが徐々に一つの形を成して、目の前のフィールドに具現化していく。
大きな体育館の中央に現れたのは、まるで荒廃した遠未来の地球のような、荒野と錆びついた廃墟で構成されたフィールドだった。
「今回のフィールドはァ、公式ランキング34位のデザイナー《まかろふ@猿の恒星》作、『デッド・エンド』フィールドだぜェ!!人類絶滅によって荒廃した遠未来の地球をテーマに、平野と廃墟で構成されたシンプルなフィールド!邪魔クセェギミックなんざ一つもねぇ、漢の決闘にぴったりな舞台だ!」
…………って、そのまんまかよ!
心の中で突っ込みを入れつつ、レフェリーの説明は続く。
「ちなみに、今大会では協賛各社から提供されたエフェクト・ジェネレーターや物理シミュレーターによって、フィールド内のオブジェクトや環境は限りなく現実に近い反応をするから注意しろよなァ!錆びた廃墟は簡単にぶっ壊れるし、荒野は乾燥してて火がよく燃えるぜぇ!!」
ストラグルの公式大会はデザイナーだけでなく、技術提供を行っている協賛企業も大勢の観客の前で自社の製品・技術力をアピールする絶好のチャンスだ。その中にはきっとツバサのお父さんの会社もある。
ヴァーヴス・ストラグルというe-スポーツは、本当の意味で、どこまでもクリエイターたちが主役なのだ。
「さぁ舞台は整ったッ!観客席も待ちきれねーって暴動が起きそうだぜ!とっととオっぱじめるぞォッ!!双方、《ディメンションゲート》を描けェ!!」
エルビスの叫びが上がった瞬間、僕は左手首のホルダーから勢いよくスタイラスペンを引き抜き、目の前の空間をくり抜くように真円を描いた。宙に刻まれた光の円は弾かれたように僕の手元からフィールドの内側へと飛んでいき、元の大きさの倍ほどにまで大きくスケーリングされる。
反対側でも全く同じように、筋骨隆々のデザイナー・ゴズが逆三角形の図形を描いてフィールドの中へと飛ばした所だった。
二つのゲートが互いに向き合い、フィールドの中央に並ぶ。
これで、全ての準備は整った。
「 第5回ヴァーヴス・ストラグル、オフィシャル・スプリングカップ・トーナメントォ!予選18試合!ストラグル・レディ!!」
一層テンションを上げたエルビスの叫びに合わせ、会場内の空気が一気に張り詰める。
一瞬の静寂の中、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。緊張で滲んだ汗が顔の側面をつーっと滑り、顎の先に達してぽとりと落ちる。
そして――――
「スリー、トゥー、ワン――――」
――――戦いが、始まる。
「
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