第45話良き友人
(衛の性格の気になるところ……か)
中学生の頃に石田衛と仲良くなったが、今までに彼の性格を注意することはなかった。
そしてそれは向こうも同じだった。
彼から真面目に自分の性格をダメ出しされたことは今までにない。
だが今は衛のために言わなければならない言葉が頭を過る。
(機会があればそのうち言おう……では…やっぱりダメだよな……)
(言ったら嫌われるだろうか?……それでも今までのように仲良くやっていきたい!)
そんなことを思いながら手に持った弁当箱をぼんやりと見つめる。
まるで何かを生産する機械のように米を持ち上げ口へと運ぶ。
お腹は減っているはずなのに、無味乾燥とした冷えた塊としか感じられない。
伊藤志信は昼食時間をいつものようにB組の教室でとっていた。
ふと中学時代のことを思い出したせいで、衛・悟・俊介が目の前で会話をしていても、意識は内に籠もってしまっていた。
「志信どうしたの?考え事?」
目敏く様子の変化に気付く衛に名前を呼ばれ、はっと焦点が友人たちに合う。
「いや、すまんな。つい考え事をしていた」
知り合って間もない俊介は分からないことだが、常にアンテナを外に向け気を遣う志信が、人の話を聞いていないということは珍しかった。
いつもと様子の違う彼の表情を衛も悟も驚いたように見つめる。
「へ~、志信も人前で悩んだりするんだな!俺今日の朝、通学中に黒猫見ちゃったから、それが影響してんのかもな」
にししと笑って悟が茶化す。
「なんだよ黒猫って?見るとダメなのか?」
すぐさま反応した俊介が悟の話を広げる。
「え、俊介知らねーの?黒い猫を見かけるのは縁起が悪いんだぜ。お前も将棋の大会の日は見ないようにしないとな!」
「俺はそんな迷信信じねーよ」
悟の話を俊介は呆れたような表情で否定する。
しかしその引きつった顔には”今後気をつけよう”と書かれていた。
(こいつ……顔に似合わず迷信深いんだな…)
志信は俊介の意外な一面を面白く感じた。
「………」
「………」
会話が途切れ静かになる。
聞こえてくるのは周囲の喧騒と自分たちの箸を動かす音。
4人の間にその時間が長引けば長引くほど”沈黙”の存在がより大きくなる。
意識に上るだけでなくまるで目に見えてきそうなほどに…
(俺がしっかりしなくてどうする!!)
志信はそう自分に活を入れる。
チラリと静かに食事をする一同の顔を盗み見る。
衛は今朝の出来事を明らかに引きずっている。
その証拠に口元は先程から笑っている。
しかしそれが周囲を気遣う彼のできる限界らしく、食べ始めてから話には一度も参加してこない。
若葉泉を泣かせてしまったことがショックに違いない。
悟も今日はどこかおかしい。
いつもなら自分のしたい話をがむしゃらにする彼が、気を遣って場を明るくしよう振る舞っている。
慣れないことをするものだから、返ってぎこちなさが目立つ。
俊介も将棋の話を全くせず聞き役になろうとしている。
今朝の衛と川越和也たちの出来事と関係あるのだろうか?
それとも朝比奈との間に何かあったのか?
原因が何であろうと元気がない。
(……ふぅ。まぁ、確かに気は重くなるよな……)
チラチラとこちらをうかがう好奇の視線が、教室中から向けられる。
”悪意”がない分、彼らの行為が何を意味するのか、無数に解釈することができてしまう。
(ああ、そうか。衛はいつもこんな目に遭うのか)
その居心地の悪さをひしひしと感じながら、少しだけ衛の気持ちが理解できた。
「なぁ、い―――――」
一度みんなで空手をやりにこないか?場を盛り上げるつもりで志信がそう口にしようとした時だった。
「へへ、湿気た空気の中で飯食ってるよ!!今朝、朝練のある羽柴さんと登校したクセによぉ!?そんな顔することないだろ!!」
まるで威嚇するような大きな声で、一哉は教室に入るなりこちらに声を掛けてくる。
「こそこそと人知れず動いちゃってさ~。根っからのチキンヤローだよ。朝、俺達に教えてくれても良かっただろ」
一哉に続いて教室に柳光流と宮下俊文も姿を表す。
教室の空気は一哉の態度にうんざりしたような、それでいて興味を惹かれるような、なんとも微妙なものへと変わる。
例えるなら飽きたお菓子を与えられる子供の心境とでも言えようか?
頭では分かってはいても思わず手にとってしまうような。
衛は辛うじてしていた笑みを消して、俯いている。
自分の行動が筒抜けになっていることへの気持ちの悪さを、感じているのかもしれない。
俊介は衛をチラリと横目で見た後、一哉を睨みつけている。
衛が結衣の朝練の時間に合わせて登校したことに驚いたのかもしれない。
志信も同じく衛の行動に驚いたが、それいちいちベラベラと喋る一哉に腹が立った。
「おい―――」
「おい!いい加減にしろよ!衛は別に誰にも迷惑掛けてないだろ!?無理に絡んでくるなよ!!」
いい加減にしろ!と言いかけた志信は、またもや言葉を飲み込むことになった。
思いもしないところから上がった声は、悟のものだった。
教室で傍観していた生徒たちも、思わず息を飲んで驚く。
いつもの眠たげな目をかっと広げ、目を飛び出さんばかりに一哉を睨みつけている。
彼のその様子に一緒に食事をしていた衛・志信・俊介は、ポカンと口を広げて驚くしかない。
「はぁ?オタクは黙ってろよ!!俺はチキン君と話してんだからよ~」
一哉は悟のことを歯牙にもかけず衛の肩に手を回そうとする。
「衛のことを悪く言うやつが手なんか回そうとするなよ!!」
小柄な一哉の腕を悟は掴むと、必死に引き剥がそうとする。
「気持ち悪ぃな!!触んなよ!オタクが伝染るだろうが!!」
一哉は悟の手を肘で押しのけると、心底気持ち悪そうに身震いして後退する。
「お前のせいで白けたわ……何ムキになってんだか」
そう一哉は口にすると光流たちの元へと戻って行った。
「はぁ…はぁ…」
と勇気を振り絞った悟は呼吸を荒げ、一哉の背を一心に睨みつけている。
志信と俊介は自分たちの役目を完全に取られたこともあって、ただ呆然と事の成り行きを見守ることしかできなかった。
教室中の誰もが意外な人物の怒りに、ただ呆気に取られていた。
そして衛はただ沈黙していることしかできなかった。
その耳には教室の喧騒は聞こえてこない。
ただただ心臓の脈打つ音だけが、彼の耳に痛いほど伝わってきていた。
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