第44話あ行の出会い
それは中学一年生の春に遡る。
まだ入学したばかりで右も左も分からずどの教室でも生徒たちのの多くにが戸惑いや緊張を隠せずにいた。。
どの子もまだ幼さの残り着慣れていない真新しい制服を身にまとっている。
当時まだ背丈がさほど伸びていなかった伊藤志信は、少しずつ教室に”話せる人”を増やしていた。
居場所があるというのは1つのアドバンテージになる。
例えクラスに馴染むことができなくとも空手道場という後ろ盾のある志信は、周囲に比べれば落ち着いた様子でコミュニケーションを取ることができていた。
志信は小学生の時から文武両道だった。
それは彼は営業マンの父と体育会系の母の影響を素直に受けて育ったためだ。
彼の父は一人でいるときも笑っていると錯覚するような目元と口元をしている真面目で気のいい男だ。
長年その表情をしていたせいか糸目の目尻にはには常に笑いジワができていた。
志信の母はそんな父とは違い顔は少しキツイ印象を与え、性格も顔に合わせたようにハッキリ言う強気なところがあった。。
伊藤家は母が強引に舵を取って生活を送っていた。
空手は母が幼少の頃よりやっていたこともあって、志信も小学1年生の時に習いはじめた。
因みに志信の父がどれほど気のいい男かというと、母と付き合うにあたり空手を習いはじめ10年以上の歳月を掛けて黒帯になったほどだ。
両親の馴れ初めに一切興味のない志信ではあったが、この話だけは2人のいい面が感じられ好きだった。
そんな彼の目が細いのはニコニコ顔の父と少しキツイ目をしている母の遺伝の賜物であり、人には短所として伝えるものの言うほど程自身では嫌っていなかった。
せめて父のように優しい眼差しであれば……とは思うことはあったが。
彼の中ではコンプレックスでもあり尊敬する両親の特徴でもあってなんとも取り扱いの複雑なものであった。
当時、中学入学当初の彼の前の座席には石田衛がいた。
五十音順の都合上そうなった。
一番前の席で授業中も休み時間も大人しく座っていることの多い生徒だった。
だが不思議と彼の周りには生徒が集まり、話の内容からそれが同じ小学校からの友人たちらしかった。
出会った当初の志信は石田衛のことをあまり知らないにも関わらず、彼に人気があるのは端正な顔のせいだと決めつけていた。
そしてそれが気に入らなかった。
そのためクラスメイトである彼を避けて友人を作ろうとしていた。
少なくとも志信はそのつもりでいた。
そのつもりでいたのだが衛から声を掛けてきた。
気は進まなかったものの志信は話をすることにした。
衛の自己紹介に合わせて志信も自己紹介をした。
その時に志信は言い慣れた調子で自身の目が細いことに触れた。
「俺の目って細いだろ?これ両親の遺伝なんだけどさ……目が悪い上にどこ見てんのか分からないってよく言われるからさ……コンプレックスなんだよね……ははは」
(お前に俺の気持ちは分からによな……)
そんな気持ちで言ったセリフだった。
わざわざ目のことを話題にするのは、不意に人から言われる方が傷付くと小学生の時に学んだからだ。
「へぇ…そうなんだ…」
特につられて笑うこともなく真面目な顔で頷く衛。
(ああ……こいつ大して興味もってねぇな…)
分かっていたが落胆した気持ちがジワジワと志信の胸に、まるで水の注がれたコップの水位が上昇していくように募っていく。
早く話を切り上げようと思った。
「えっと……気を悪くしたら悪いんだけど……俺は人から良く見られることが多いんだ。特に何もしてなくても…さ……」
少し俯き気味に真面目な顔を崩さす遠慮気味に話だす。
(まぁ、お前の顔ならそうなるわな……)
言われた通り自慢話しにしか聞こえず、適当に聞き流そうと思った。
「奇妙に聞こえるかも知れないけど…俺……それが心苦しくてさ…。できた人間でもないのに…。良くしてくれる人たちに何も返せないし……。俺……伊藤くんのその目に黒縁眼鏡がよく似合ってると思うよ。俺は母親似なんだけど、両親からの遺伝ってハッキリ言えるのって良いことだよね」
表情を少し綻ばせて言う。
(こいつは……何か変な奴だな)
それが話すことで志信が衛に感じた最初の印象だった。
「いや……顔なんて生まれつきだろ!別にそれでいい思いしても得だなって思えばいいだろ?」
「でも…お化粧とかで努力した訳でもないのに……それに何かを期待されてる気がして…どう振る舞えばいいのか分からないんだ…」
そう言うと衛はチラリと視線を別のところに送る。
その視線につられるように顔を向けた志信は、すこし離れた所で3人で話している女生徒たちがに気付いた。
彼女たちはこちらを頻りとチラチラと見て話をしてい。
衛と目が合うや否や彼女たちはキャーキャーと笑顔を弾けさせた。
「あ~~え~~っと単純に羨ましいとしか感じないがな……俺は」
素直に男としての格の違いを見せつけられたようで志信はショックを覚えた。
自然と衛を見る目も冷たいものになる。
「で、でもね……本当の俺がどんな奴かも知らないんだよ!?……もし俺が最低な奴だったらどうする??すっごく傷付くと思うんだよね…」
志信の冷ややかな目には気付くことなく、志信の机に身を乗り出すようにして目に不安の色を浮かべ言う。
「いやいや……ちょっと待てよ!!それで相手が傷付いてもそれは向こうの都合だろうが?石田くんが責任取る必要どこにもないだろ!!?」
(お人好しなのか……それとも自分ってものがないのか!こいつには??)
衛の言っていることが志信にはいまいちピンとこない。
「うん…そうだよね。…でもやっぱり良くされたら良くしたいよ。同じ人として…」
しょんぼりと声のトーンを一際下げて言う。
俯く彼の顔には一層暗い影がさす。
志信は脳に衝撃のようなものが走り抜け目を見開いた。
(ああ、そうなのか!そういうことか!!無条件で良く見られるのって実は重たいことなのか!??そうされるくらいなら打算的な方がよっぽどこいつにとってはありがたいってことなのか……??)
確かに顔が良いということで人に持て囃されるようならば、その好意にどう返すのが正解なのだろう?
自分の場合は糸目というコンプレックスがある。
それは相手にも特徴がある顔として伝わる。
そのため相手の価値基準によっては避けられることもあるだろう。
もしそれでもその人といい関係が築けるのであれば、それは自分の性格を気に入ってくれた証だろう。
所謂気の合う関係ということだ。
目の前の少年は多分恐れてる………外見で上昇する期待値に応えられないかもしれないことに。
もし人が自分から離れてしまうようであれば、それは衛の”性格”が悪いということになる。
恵まれた外見から醜悪な中身があると判断されたのなら、それは何よりも辛いことなのかもしれない……
(なんだよ…それでも俺には理解できないな!!そんなことは知ったことじゃないだろうに……)
衛の言わんとすることは分かる。
分かることが受け入れることはできないと志信は思う。
そう思ういはするものの衛の抱えている悩みが少し分かったことで、目の前の男をもう悪く思えなくなってしまった。
「はぁ…石田くんの言いたいことが少し分かったよ。分かっただけだけどな!…それなら俺は君に群がる女生徒たちと話せるって計算で、石田君くんと仲良くすることにしたから、君の性格がどんなに変でも気にしなくていいよ」
ぶっきらぼうに目は合わせずに言う。
それを聞いた衛は一瞬その言葉の意味が分からずキョトンとした表情を見せる。
そしてその表情はみるみる喜へと変わる。
まるで早送りで花開くように。
(俺もお人好しだよな~~…)
机に片肘を置きその上に頬を乗せて溜息を付く。
だが悪い気はしない。
「ありがとう、伊藤くん!俺のことは衛って呼び捨てにしてくれていいから!!それと…もし俺の性格で気になるようなところがあれば、いつでも言ってね」
それまでの表情と違い輝くような笑顔を急に見せた彼に志信はドギマギしてしまった。
(本当に変な奴だなこいつ)
「分かったよ。その代わり同い年なんだから衛も俺に注意しることな」
「え、うん、そうするね。伊藤くん!」
「おい、何で俺には呼び捨てにさせておいてお前は敬称取らないんだよ!!おかしいだろ!?」
「いや、だって折角できた友達だからさ…」
ポリポリと恥ずかしそうに頭をかく衛。
(まいったな……何から何まで本当に訳わからん)
そう思いながらも志信は”友人”ができたことで、新たな学校生活がきっと良いものになると確信した。
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