第43話それぞれの考え
ホームルームのチャイムが鳴るギリギリで朝比奈椿と出口俊介は一緒に教室前方の扉から現れた。
通学途中一緒にでもなったようだ。
クラスメイトの中には珍しい組み合わせに気になる仕草を見せるものがいたが、それを口にするものはいなかった。
二人を一瞥した光流も関心なく座席でスマートフォン弄り隣で立つ川越と話している。
同じ男女の登下校でも衛たちへの対応の違いに志信は憤りを覚えたが、衛はもういいよ言いたげな顔で首を横に振るのみだ
椿と俊介の二人はクラスの雰囲気がおかしいことに扉を開けると瞬時に気付いた。
誰もが大人しく着席しているようで仕草にどこかソワソワとしたものを感じる。
興味を惹かれ視線を向けたいのにそれをしない。
ふと気が緩むと動きそうになる体を無理矢理抑え込んでいるような不自然さ。
その静と動の入り混じった雰囲気に気味の悪さを感じとったようだ。
二人とも自分の座席に座った後も頻りとその原因が何なのか気にしているようだ。
その様子はまさか自分たちが悪い事をしてしまったのかと疑っている風にも見えた。
椿と俊介が教室に現れたその時、B組の廊下には佐藤悟と彼の友人が偶然話をしていた。
A組の友人とC組である悟は中間のB組廊下で話しをしていた。
B教室側の壁に背を預けるようにして話をしていた彼は、背にする壁の奥から聞こえてくる話をたまたま耳にしてしまった。
それまで身振り手振りで楽しく会話をしていた悟の表情が、次第に険しくなりなる様子に友人がどうした?と心配になり尋ねるも生返事をするのみであった。
そんな彼の拳が強く握りしめられていることに友人は最後まで気付かなかった。
3時間目の授業が終わり4時間目の授業が始まるまでの10分休憩時。
男子トイレの洗面台に両手をついて顔を洗う1人の男子生徒。
両手で水をすくい2度3度とザブザブと顔を洗う。
まるで一つ一つに意思でもあるかのように、彼の顔から跳ねた水滴は好き勝手な方向に飛び散る。
お尻のポケットから取り出したハンカチで顔を滴る水滴を丁寧に拭いつつ、左手で洗面台の余白に手を伸ばし何かを探る素振りを見せる。
目当ての物に触れる感触がありつまみ上げると、それを顔へと慎重に運ぶ。
鼻背(びはい)と両耳に慣れた重みが加わる。
不鮮明だった視界が鮮明に映る。
眼鏡を掛けた伊藤志信は鏡に映る自分の姿をぼんやりと見ていた。
彼が顔を洗ったのは授業で眠くなったからではない、思考をリセットしたい時に彼が行う1つ方法だ。
考えが煮詰まった時や緊張した時によく行う習慣であった。
いつもならば文字通り目の覚める冷ややかな水の感触に、意識を切り替えることができているはずであった。
しかし今日の彼は顔を洗ってもその前から考えていることが頭を離れることはなかった。
ここ数日彼を悩ますこととは友人である石田衛のことであった。
正直彼も戸惑っていた。
いくら友人とはいえ他人の事情でここまで思い悩むとは思ってもいなかった。
自分の中で衛の存在が想像以上に大きいことに動揺していた。
特にこれまでの休憩時間中やふと気が緩んだ時に脳裏に過るのは今朝の光景であった。
柳光流と川越一哉そして宮下俊文の衛と若葉泉を故意に貶める行為。
それが頭から離れない。
そして自分でも以外なことに柳たちに嫌悪を覚えるのだが、同じように衛にも憤りを感じてしまう。
自分のみならず泉が涙を見せ羽柴結衣もちょっかいを出されている現状を、静観し攻勢に出ない彼に志信は不満を覚えていた。
別に殴り合いの喧嘩をしろと衛に言いたい訳ではない。
しかし守りたいものがあるのなら時にはその姿勢を見せる必要がある。
例えそれが虚勢であったとしても避けて通れぬことことだと志信は考えていた。
一体石田衛が自身の置かれた立場をどう考えているのか、志信には分からなくなり不安になる。
「ふーーーーーっ……」
その場から動かず1つ大きな溜息をつきモヤモヤとした考えを追い出そうとしてみる。
「…………」
やはり上手くいかないことに顔をしかめる。
しかし先程とは違い彼の心には1つ覚悟が生まれていた。
(例え衛と柳の関係がどういう方向にいこうとも、俺は俺が衛にしてやれることをする!!)
そう心の中に唱えると彼はトイレの扉を開けA組の教室へと足を向けた。
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