第42話野次馬に傍観者 糾弾者に被害者 そして冤罪者
川越一哉は登校途中の電車内で柳光流からスマートフォンに連絡が入っていることに気付いた。。
通勤ラッシュ時である車内は混雑しているが、それを意に介さず慣れた手付きでスマホをスライドし内容を確認する。
”学校に着き次第B組に顔を出すように”との内容だった。
わざわざ柳に言われるまでもなく一哉はそのつもりであった。
昨日のスクープに対して石田衛に何もしないという選択肢は一哉の中になかった。
1つ彼にとって問題があるとすれば衛の腰巾着である伊藤志信の存在であった。
奴は衛と羽柴結衣の周囲をまるで花に群がる蜂のようにいつも飛び回っている。
そして志信の針はミツバチと違い空手で鍛えられた強靭なものであり、いくら野球で培われた一哉の肉体であろうとも、刺されれば一溜まりもないことは容易に想像できた。
衛をイジる上で心底鬱陶しい相手であり、今日も朝からB組にいることだろう。
例えこちらの発言に対し衛が何も言ってこなくとも必ず志信が噛み付いてくる。
それをどうあしらうのが良いかつり革に捕まり流れていく風景を適当に見ながら、頭の中で考えることにした。
一哉にとって見慣れな通学路は酷く無機質で退屈な時間だった。
一哉が自分の教室であるC組に荷物を置き、B組の教室後方から顔を出した時既に光流・衛・志信の姿があった。
それに若葉泉も。
柳に目配せをし目が合うと歩みを止めることなく教室を移動し衛と志信に近づいていく。
「よ~~~、チキン君!!羽柴さんの次は別の女子の尻を追っかけてんだって?」
一哉の出会い頭の一発にB組窓側前方から吹き出した声が聞こえてくる。
陸上部の宮下俊文だ。
1年生の時から顔馴染みのなる相手だったが、光流を通じてここ最近頻繁に話すようになっていた。
彼なりに一哉の援護をしてくれたのだろう。
俊文の衛を嘲るリアクションを横目にこちらを無視して座っている衛の背後から強めに肩に腕を回す。
自分のパーソナルスペースを侵し近づいてくる一哉に、一瞬顔をこちらに向けたとはいえ、ガクンと顔を揺らすように力を入れてやったせいで衛は思いっきり咽ていた。
やってやった!と一哉は心の中でガッツポーズを決める。
「おい!そんなことしたらむち打ちになるだろうが!」
すかさず本気で危険な行為だと口にする志信を無視し衛に顔を近づけ絡む。
「なぁ、昨日俺のスマホにも画像が送られて来てさ、お前が別の女子と歩いてるとこ映ってたけど何でそんなことしたの?羽柴さんのことは諦めたの?ねぇ!?」
締め上げるように腕に力を入れ揺さぶる。
画像を送った張本人であることは微塵も感じさせない。
衛も力を入れて抵抗しているようだが、体重を掛け覆いかぶさるような体勢である分こちら方が優位なのは明らかだ。
「おい川越!いい加減にしろ!!」
志信が強引に一哉の襟を掴み後ろに引っ張り上げる。
予想より遥かに強い力で一哉も衛から腕を離すしかなかった。
「気安く触んなよ!!」
自分のことは棚に上げて一哉は志信を手で振りほどき距離をとる。
「…っはぁ、はぁ…志信助かったよ。ありがとう」
荒い息を上げ衛は喉に手を添えて呼吸を整える。
(どんなに顔が整ってても苦しそうな顔は不細工だな)
衛のなんとも情けない姿に一哉は満足そうな目で見ていた。
ホームルームが始まる10分程前の教室には生徒たちがほとんど顔を揃えており、一同が衛たちの様子をうかがっている。
彼らの顔はまちまちであったが一哉の目から見て、強ち(あながち)こちらに非難の目を向ける者がいないように感じられた。
(なんだよ、B組の奴らも石田にムカついてんじゃねぇのか?)
そう思うと込み上げる笑みを堪えきれない。
「悪いけど…大して知りもしない川越君に……何か話すつもりはないよ。はぁ…俺がどんな人間だろうと…君には関係ない…から」
喉に何か挟まったかのような掠れ気味の声で衛は抑揚なく答える。
特に感情のないその言い方は酷く突き放した印象を聞いている者に与えた。
衛のそんな姿を見たことないクラスメイトたちは静かになる。
「ねぇ、石田君はああ言ってるけど若葉さんとしてはどうなの?」
一瞬静寂の生じた教室に別の声が響く。
それは教室廊下側後方から聞こえてきた。
衛は振り向くまでもなく誰の声か予想が付いた。
机に頬杖を付けこちらに背を向けた姿勢で隣の女性である若葉泉に質問する光流。
少し戯けた調子の声は先程まで少し険悪だった教室の空気と不釣り合いであった。
ただそれだけに教室中の注目を浴びる結果となった。
質問された当の泉は少し表情と姿勢を硬くしたようで、小説を開いたまま動きを止めている。
読みかけの本から顔を離し光流の方を見る目には驚愕が映っていた。
「わ、私と石田くんとは小学校の頃から友達だから…昨日も偶然帰り道が一緒になったから話しただけよ」
努めて冷静に答える。
ただしどろもどろの返答は内心の動揺を表していた。
「へぇ、石田君からナンパまがいなことはなかったんだ?」
「あ、当たり前よ!ただ勉強について話してただけだから……」
眉を持ち上げ素直に泉の話に相槌を打ち質問を続ける。
その口調は興味に駆られて質問しているクラスメイト代表といったようで、そこには含みのない純粋な好奇心しかないように思える。
それが光流の演技であることは川越や宮下、衛や志信の一部の生徒しか分からない。
「勉強についてか…なるほどね~。そうだよね若葉さんたち真面目だから共通の話題になりそうだね。それなら石田君から勉強に関する一体どんな話をしてきたの?」
「それは……」
光流の表情と声の調子は泉と衛への興味が尽きず、だからこそ質問をしているという風を装っている。
ぐいぐいと踏み込んでくる光流に重心を少し後ろに傾け泉は言いよどむ。
それは勉強の話を出せば光流が納得すると思っていたのか、それとも衛のテストで学年一位を目指すというプライベートな内容に遠慮したせいかは分からない。
「え?…え?……あれ!?言えないことなの??それともやっぱり勉強の話じゃなかったの??」
心底納得いかないという体で泉のリアクションに過剰に反応する光流。
例えやましい話ではなかったとしても、急にスポットライトを浴びせられ舞台に立たされたのならば、シャイな人ほど言葉に詰まってしまうことだろう。
衛同様に素直な性格で誤魔化す術を知らない泉ならばそれも顕著に出る。
「べ、別に変な話はしてなわよ……」
一度俯いてから挑むように顔上げ泉は言葉を発するものの尻すぼみになっていく。
そのセリフだけを聞いていた者には単純に上手い言い訳が思い付かなかっただけだと判断するだろう。l
クラスメイトたちに背を向ける光流の顔を見ることができるのは泉1人だけ。
その泉の視線は光流に釘付けとなっている。
「…ん?…だったら話せるよね?」
「あっ……え………」
その声は先程と変わらず明るい。
しかしその表情は先程と変わり目も口も笑っていない。
光の失せた瞳には残忍で吸い込まれそうな闇が広がっている。
先程まで愛嬌のある頬の持ち上がった笑みは、今は口の端だけ釣り上げた歪なものになっている。
それまで警戒はしていたものの純粋な好奇心から光流が聞いてくるものと思っていた泉は、ここにきてようやく光流が自分を利用して、衛に対して悪感情を持つよう周囲に働き掛けたのだと気付いたのだった。
その事実に小さな体はブルリと震え鳥肌が立った。
そして無意識に泉の両目にはみるみると涙が込み上げてきた。
「え!!若葉さん急にどうしたの!!?涙なんか浮かべて!!やっぱり石田君から何か嫌なことでも言われたの!!!」
「え!!っちが……!!」
さも泉のことを気遣うように眉を寄せ瞬時に困惑の顔を作ってみせる光流。
しかし”やっぱり”というセリフから光流の心情が透けて見える。
それも敢えて言ったのかもしれない。
泉は言われたセリフが理解できず条件反射で否定する。。
光流の大袈裟な言い方にB組のクラスメイトたちはザワザワと騒ぎ出す。
その雰囲気に押され余計混乱した泉の目は、本人の意に反してますます涙を零してしまう。
一哉はお前昨日やっぱり詰め寄ったのかよ!!と衛に噛み付く。
それを鬱陶しく嗜める志信の言葉で教室は騒然となる。
ガタリと椅子を動かす音が鳴り1人立ち上がる。
「若葉さんは間違ったこと言ってないよ」
ポツリと抑揚のないセリフが教室中に響いた。
背筋を伸ばしこちらを振り返ってそう呟く衛は、木造り人形のように表情が失せていた。その彼の手は小さく小刻みに動くことで爆発しそうになっている隣の志信を諌めている。。
彼の言葉を聞き逃すまいと再びクラスは静かになっていた。
「俺と志信は次のテストの点数を競うことにしたんだ。それで頭の良い若葉さんに勉強について質問してただけだよ。彼女が躊躇ったのは俺の無謀なチャレンジをバカにされる心配をしてくれたんだと思うよ。そういう人が一定数いるだろうから…」
「衛にテストで競うように言ったのは俺の方からだ。本を正せば俺の発言で変な噂が流れてしまったと後悔しているよ。下らないことを囃し立てる奴が最近増えていることを失念していた」
衛と志信がそれぞれクラスメイトたちへの皮肉や不満を込めた言葉を口にしつつ、泉に助け舟を出す。
「………」
泉は衛と志信のセリフをぶんぶんと首を降ることで肯定を表す。
光流も含めたクラスメイトたちの視線が二人に向いたところで、泉はハンカチを取り出し目尻から出ている涙を皆に背を向け拭う。
「なんだそういうことだったんだ~~。納得したよ。泉さんの目尻に涙が見えたから君が酷いことをしたように疑ってしまったよ。でもね、俺には君たちが口にするような酷い人が学年にいるとは思えないけどね……衛君は最近目立つようになって気が立ってるんじゃない?」
泉に一瞬見せた邪悪な気配を消し分厚い仮面を被った光流は無邪気な笑顔だ。
そして謂れのない物言いに学年を代表して憤慨だと被害者面をしてやり返す。
これで自覚のない悪意を持ったクラスメイトたちは光流を支持をするだろう。
泉は光流の背を横目で見ながらその邪悪な性格にまたもやゾッと総毛立った。
そんな彼女とは対象的に、ここに来るまでの間に衛を追い詰める案が浮かばなかった一哉は、俺も柳の言う通りだと思うぜと合いの手を出しながらニヤリとほくそ笑んだ。
光流の返事を無視し静かに座った衛の表情は一点を見つめたままだ。
しかし強く噛み締めた唇は赤みを失い白くなっていた。
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