第35話出口俊介と佐藤悟 宮下俊文

放課後になり各々が教室を出ていく。

将棋部に所属している出口俊介も例に漏れず教室を後にしていく。

彼の部室に向かう足取りは軽かった。

モチベーションが上がっていると表現してもいいだろう。

その理由は今日の昼食時にあった。


昨日石田衛と親しくなったことから、今日も昼食を共にすることを俊介は決めていた。

例え将棋の話が出なかったとしても、衛と彼の友人たちと話すのが気楽に感じられたからだ。

それに、昨日佐藤悟というC組の新たな友人の話を聞いてみたい気持ちが強かった。


俊介にとって将棋は娯楽でしかない。

たまたま興味を持ったのが将棋というだけで、スマートフォンやテレビのゲームと同じような感覚だと思っている。

ただ、極度の負けず嫌いな性格が俊介に将棋というゲームを夢中にさせていると考えている。

そのため強くなるのであれば、貪欲に考えを吸収したいという気持ちが常日頃からある。今日の悟との会話はそいういう意味で有意義であった。


「そう言えば、昨日の将棋で物語がどうのって言ってたけど、アレってどういう意味だ?」


昨日の悟の話が気になり、昼食時にそれまでの会話が一段落付いたところで、俊介は悟に話を振ってみた。


「いや~、大したことでもないんだけどさ、俊介の駒の動きと俺たちの駒の動きを見てたらさ、なんか豪族?と搾取される農民?みたいなイメージが勝手に出来上がってさ、一方的にやられる展開がそう思わせたのかもな……」


悟の不思議な例えにその場の衛と志信と俊介は、不思議な顔をする。

ただ、志信と衛は暗に将棋が弱いことを言われ少しショックな顔をしている。


「それでさ、志信の駒は”死にたくない!”って言ってる気がしたんだよ。でもさ、俊介の駒は”それも作戦の内だ天国で会おう!”みたいな感じに思えたんだよな……言ってる意味分かる?」


悟も話している内に不安になったのか、3人の顔を恥ずかしそうに見る。

俊介は何か面白いものを感じ真面目な顔で続きを促した。


「えっと…そんで何が違うの考えてみたら、志信はどうやったり兵士たちを死なせないかばっかり考えてる気がしたんだよ。それに対して俊介はどう効率よく志信の兵士を動かそうか考えてる気がしたんだよな……。うん、確かにそう思ったんだよ」


昨日の事を思い出すように、自分の言葉を味わうように話す悟。

言い方は独特だが、悟の表現に俊介は興味が惹かれていた。

志信も衛も自分たちが守り一辺倒になっていたことを思い出しているようでもあった。


「昨日の戦局は確かにその通りだな。駒を”取られる”と”取らせる”じゃ大きな違いがあるからな。結局将棋は王将を取ったもん勝ちだからな。初心者だから当たり前だが志信からはプレッシャーを感じなかったからな」


俊介のあっけらかんとした言いた方に、傷つく志信。

初心者という一言が効いたようだ。


「そうそう!!志信たちの”歩”は恐がってるように見えたんだよ。そんでその後に俊介と将棋の動かし方について話し合ったじゃん。あの時は不思議と志信たちの駒も兵士に見えたんだよ!!」


俊介がしっかりと話しを汲み取ってくれたことが嬉しかったのか、テンションの上がる悟。

その様子は好きなアニメの話をしている時と同じようで、衛も志信も微笑ましく感じた。

「さっきから駒のことを兵士って言うのは何か意味があるのか?」


熱心に聞いていたからこそ違和感を覚えたらしく、俊介が抜け目なく聞く。


「あ、それも聞いてくれんの?いや、なんかさ将棋って駒が少ないけど、これって要は戦争してるんだろ?だったら前線の歩の1枚に千人は兵がいるってことだと思うんだよ。そう考えたらさ、一回移動させる度に兵士たちの大移動が起きてんだな~とか、物資の移動っていうか兵站?の問題とかもあるんだろうな~って思ったら、なんか面白くてさ」


「そっか、悟はそういう漫画も読んでたよね」


納得がいったとばかりに衛が相づちを打つ。

俊介は今まで駒を駒としか見たことがなかったため、悟の表現は純粋に関心していた。

志信も腕を組んで悟の味方に関心している。


「なるほどな。確かに言われたら駒の数は簡略化されたもので、本当の戦争なら数千人規模で動いているはずだな……お前のその考えは面白い!そんな風に盤面を見れたら、色々と質問もしたくなるわな」


昨日の悟の将棋に対する食い付き肩が俊介は腑に落ちたようだ。


「今まで不思議に思ったこともなかったけど、将棋の成り立ちが書いてある本が部室に置いてあるかもしれねぇから、俺探してみるわ!!」


「え、そんなに興味持ってくれたの!?」


表情も明るく今すぐにでも部室に行きそうな俊介の様子に、悟は驚き喜ぶ。

俊介の将棋に対する執念のようなものを感じていた衛にしてみれば、俊介はそれくらいやるだろうと思えたが、悟にしてみれば自分の考えに共感を示してもらえたことが、本当に嬉しかったのだろう。


「悟の将棋観で俺の将棋が強くなるかは分からないけど、絶対にプラスになる。なぜなら今までの俺にない考えだからな」


椅子に座った状態で太ももを2度3度と手で擦り、今にも将棋がやりたそうな様子を見せる俊介。


「いや、俺の話って結構伝わらないことが多いからさ、素直に話が通じると嬉しいな。素人考えだから笑われると思ったけど、話して良かった」


そういう悟の笑顔は輝いていた。


出口俊介は2階のトイレで用を足し終え手を洗う。

昼間の悟の話を思い出していた。

俊介は昼食後に悟の話を忘れまいと、5時間目の授業中にノートに悟の話を要約して書いておいた。

早く部室に行き将棋の成り立ちが書いてある本を探したいと思っていた。


トイレのドアを少し乱暴に開け、直様部室を目指そうと足を向けた。

その視線の先に柳と同じくB組の宮下が立っていた。

まるで自分が出てくるのを待っているかの様子に俊介は声を掛けてみることにした。


「何だ、俺に用でもあるのか?」


「そうだな、少し話がしたいと思ってな」


宮下がそう答える。

何気ない風を装ってはいるが、俊介のことを待っていたのは間違いないだろう。

隣の柳は笑みを浮かべたまま、特に話そうとはしない。


「そうか、まだ部活の始まるまで時間があるから別にいいぞ」


内心早く部室に向かいたかったものの、それを顔に出さずに応じる。

この時まで俊介は夏休みの予定だとかそういった内容を想像していた。

宮下とは去年から同じクラスで昼食や雑談を俊介はよくしていた。

B組の中でもよく話すほうだった。


「お前さ、昨日から石田と仲いいけど急にだうした?昨日のトーク内容知ってるだろ?今あいつらと話すのは目立つだろ」


俊介の予想した話とまるで違う内容に少し驚く。

宮下は陸上部に所属し比較的クラスの中でも発言力のある方だが、それは教室を明るい雰囲気にするものであった。

そんな彼からの不穏な発言に違和感しか俊介は覚えなかった。


そして昨日のスマートフォンでのやり取りで、石田衛と羽柴結衣に対しての噂話がB組内のクラスメイトたちの間で、盛んに行われていた。

そのグループに参加している俊介は一応目を通してはいたものの、ゲスは話に関心は全くなかった。


「言っている意味がよく分からないな。俺がそういうのに関心がないのはお前も知ってるだろ?それに話してみるまで分からなかったが、石田たちと話すのは楽しいぞ。良かったらお前も話してみればどうだ?」


グループトークに俊介は関心はなかったものの、衛の現状がよくないものなのは俊介にもよく分かっていた。

そのため社交的で友人の多い宮下に協力してもらうことで、衛のクラスにおける扱いを以前のように普通に戻してやりたいと思った。


「いや、俺は遠慮しておくわ。俺まで孤立したくないからな。お前分かってんのか?このまま石田グループにいたら、お前まで孤立するぞ?そんな扱いは嫌だろ?体育でお前まで笑われるぜ」


口元に薄く笑みを浮かべ宮下が脅すように話す。

”俺たちがそうするから…だからこれからは石田とは付き合うな”という語尾が付いていることを、瞬時に俊介も理解する。

友人のあまりの性格の変化に驚くが隠せない。

そんなことをいうやつではなかったはずだという思いが胸に広がる。


「俺は別にどのグループにも属してねぇよ。それに石田もそんなつもりでいないだろうしな。あいつの周りは本当に仲がいいから集まってんだろうしな。……それとこれから体育で俺をハブにしたかったらそうすればいいさ」


「おいおい、マジかよ。確かに将棋にしか興味ないやつとは思ってたけど、教室では平穏に過ごしたいと思ってたんだけどな」


さらに笑みを大きくし宮下が大袈裟に両手を広げてリアクションを取る。

隣の柳も両手に腰を当てて呆れたような仕草をしている。


「お前とは考え合わなくなったな。俺は逆に昨日の体育で最後まで走ったあいつを見たから話す気になったくらいだ。俺もお前も勝ち負けにこだわる性格なんだから、1人ハブられても諦めなかった石田の姿勢を、素直に凄いと思わないか?」


宮下に言ったことばだが、遠回りにそういう風に仕向けた柳に対する嫌味でもあった。


「なに石田に感化されてんだよ。分かったよ。俺は忠告はしたからな?」


そう言いニヤニヤと上から目線の宮下は視線を柳へと向ける。

柳に目で確認をしていることは明白であった。

柳も一度俊介を値踏みするように視線を向けると、興味を失くしたように宮下に頷いた

当初から何も話さない柳が俊介の衛への接触を拒んでいるように思えたのは、間違っていないと俊介は確信した。


「トシお前変わったな」


俊介は宮下俊文(としふみ)にそう告げるとその場で別れた。

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