第27話若葉泉の違和感と衛の孤立
B組教室の廊下側から2列目つまり教卓から最奥の席に座る女生徒。
若葉泉は川越と石田衛の会話を小説に目を走らせながらそれとなく聞いていた。
それは単に川越の声量がそれだけ大きかったことを意味している。
泉に人の話を盗み聞きする趣味はない。
隣には柳光流が頬杖を付いてスマートフォンを先ほどから弄っている。
いつもより早い彼の登校に泉は若干疑問を覚えた。
柳光流は席に付く際こちらに挨拶をくれる。
しかし、その後は短いホームルームまでの時間を、スマホと睨めっこするのが常であった。
その姿は小説を机の上に置き頭を垂れて読んでいる自分と、そう違いはないだろうと思う。
しかし光流のその姿にはどこか泉には許容できない気持にさせることがある。
現に今がそうだ。
容姿端麗、その上人当たりがよく場を盛り上げることの多い彼なのに・・・
彼のどんなところに違和感があるのか自分でも正確には分からない。
そんなことを考えながら小説から目を離し、衛と志信と川越の3人に目を向ける。
丁度川越が志信の言葉に怯み速足でこちらの方に向かってきていた。
泉の側にある後方のドアを目指しているのは明瞭だった。
そして川越が泉の後ろを通り過ぎたその時、それまでスマホに夢中であった光流がいつの間にか顔を上げていた。
・・・・気のせいだったのだろうか?
川越が教室を出る際に光流に目配せをしたように感じたのは?
光流の目に怪しい光が宿ったと感じたのは?
元から自分はB組の輪の中から半歩は外れている。
それはどういう訳か石田衛にも言えることだと思う。
今更クラスの人間関係に興味はないが、それでもこれからこの教室の雰囲気とでもいうものが劇的に変わってしまうのではないか?
そんな強い不安を泉は感じるのであった。。
2年A・B組の4時限目である体育は校庭で行われた。
競技内容はサッカーであった。
A組と合同で体育は行われる。
女生徒と違い専用の部屋をあてがわれていない男子は、自身の席で体操服に着替えてから校庭に出ていく。
これまでの時間をB組の教室で座学を聞いていた衛は、酷く居心地の悪い思いをしていた。
それは毎度の休憩時間になると、川越を含む他教室の生徒に絡まれるようになったからだった。
「チキン君返事は返したのか?」
「羽柴さんの方が身長高いんだから凸凹コンビニなるじゃん!遠慮したらどう?」
「羽柴さんを保留にしとくってどんだけ贅沢なんだよ!お前大人しい顔して嫌な性格してるな」
といった具合に顔を合わせる度に内容が少しずつ過激化していく。
衛には巧妙に怒りの許容範囲を探っているようにも思えたし、B組のクラスメイトに衛の嫌なところを馴染ませ浸透させているようにも思えた。
なぜならまるで周りの同意を得ようかするような言い方だったからだ。
衛は言われる度に無視をするか、「川越君たちには関係ないことだよ」というようにやんわりと否定をしていた。
衛に怒る度胸や波風を立たせる気がないことは既にバレているようであった。
結果的に川越たちの行動は功を奏し、衛に声を掛けるクラスメイトは減少していった。
B組にも衛と親しい者はいた。
彼らは衛の用意するインターネット百科事典(Wiki●edia)の印刷物を授業前によく借りに来た。
もちろんそれ以上に日常会話をすることはよくあった。
どちらかというと努めて衛と仲良くなろうとしているようにすらみられた。
しかし着替え終わり下駄箱で履き替えるまでの間、衛はずっと独りぼっちであった。
少し俯き気味に校庭までの道のりを1人歩いて行く。
自分の前後にはA・B組の生徒たちが複数の集団を作り賑やかに会話をしている。
まるで自分の周囲にだけ目に見えないバリアか境界線が張ってあり、そこを侵すことを拒んでいるように見える。
もしくは衛をいないものと思っているのかもしれない。
昨日までの環境との違いにショックが隠せなかった。
まさかこんなにも周囲から拒絶されるとは思ってもいなかった。
ただ、ここにきて自分が今どんな立場に追いやられているのかを、衛は冷静に分析することができるようになっていた。
小学生の頃から今まで少なからずイジメや周囲から除け者にされる人たちを見てきた。
その度に自分はなるべく関心なくどちらにも与しないスタンスを取ってきていた。
それはイジメる側に回るほど自分は被害を被ってはいないし、イジメられている子を関係のない自分が擁護するのは、何となく間違っているように感じられたからだ。
そこには衛の勝手な解釈でイジメられている子=弱いたち場の子と思うのは、結果その子を蔑ろにしているように思う気持ちがあったからだ。。
それにイジメられている子もそんな風に思われることを、望んでいないだろうと思う。
ただ、その子が自分の側に居心地の良さを感じるのであれば、変わらずに接してあげるのが優しさだと考えていた。
そして助けを求めた時に味方になってあげればいいと思う。
今でもその考えは間違っていないと思うし、自分の中心に柱のように存在する”衛”を構成する大切な要素でもあった。
ただ、中学1年生の時に結衣の出来事に対しては自分はそのスタンスを破ることにした。
それは今でも後悔していない。
今自分は教室で独りぼっちの立場にあるが”何も悪いことはしていない”そして”自分と結衣の間で話は完結しており周囲は関係ない”という気持ちが、彼に孤独に屈しない姿勢をもたらしていた。
「お前の立場がなぜこうも悪い方向に向かっているんだ?俺が朝感情的になってしまったから避けられてるのか?」
後ろから志信に声を掛けられた。
A組の友人たちといたようだが衛を見付けて駆け足で来てくれたようだ。
そして直ぐに衛の周囲との違和感に気付いたようだった。
「ううん、志信のせいじゃないよ。多分俺がハッキリ声に出して言わないせいだと思う」
「それが分かっていながら、何で行動に移さないんだ?」
「自分でも不思議なんだけど、羽柴さんとは昨日電話してしっかりと話し合ってるんだ。だから関係ない人に的外れなことを言われても、なんか彼らがピエロに感じちゃって・・・・逆に哀れと言うか」
「なんだそれは・・・これが・・これが強者の余裕というやつなのか!?・・時々お前が優しい奴なのか底なしに恐いやつなのか分からなくなる時があるが・・・・そういうところなのかもな」
「ううん、恰好つけてごめん。・・・・やっぱり波風立たせたり喧嘩に発展するのが恐いだけなんだ・・・・自分が我慢すればいいならそれに越したことはないかなって思ってる」
「・・・・・そんなところも衛らしいよな」
志信は妙に納得顔で一度言葉を切る。
そして一拍を要してから慎重に言葉を発する。
「でもなそれが自分だけで済まなかったらお前はどうするんだ?」
「!!・・・・・それってどういうこと?」
衛の一言に言い知れない不安を感じ、次の一言聞き漏らすまいと志信の口を見る目に力が入る。
「羽柴さんもお前と似たような状況だということだ」
「・・・・・・・・・・」
信じたくないセリフだった。
可能性としては考えていたことだが、そんなことは生じないと考えないようにしていたことだった。
それを見事に言われてしまった。
愕然とした。
「ただお前と違って仲のいい友人が告白の時と同様にガードしているし、腫物に触るような扱いは受けていない。ただ、休憩の度に調子の良い男子どもが囃し立てている感じだな。・・・うちのクラスが騒がしいの教室にいて気付かなかったか?・・・・いやお前もそれどころじゃなかったか」
「・・・・・・具体的にはどんな人に何を言われてるの?」
「元野球部の川越、サッカー部の池上、同じくサッカー部の田中。こいつはうちのクラスだな、元バスケ部の阿部・・・それにお前のクラスの柳あたりだな。やつらは”俺たちの方が良い男だぞ”とかい言い合い笑い合っている感じだな。今のところ冗談でアプローチしている体だな。・・・・それとあからさまな陰口を叩く女子は清水と・・・あれは徳水という名だったか。・・・内容は途切れ途切れだが、”見かけによらず大胆”とか”自分にはあんなことできない”とかだな。お前への告白のことを言っているのだろう」
「羽柴さんにしたら男子に言われるより、女子に言われる方がショックだよね・・・ちなみに柳君はどんな感じなの?」
いつもなら”女子”という言い方をしない衛の言い方に志信は気付いていた。
たぶん内心怒っているのだろうと志信は予想できた。
「あいつは様になる笑顔で”俺も恋人候補に立候補させてよ”とか言ってたかな。今考えると周囲のやつらが完全に引き立て役になっていると思えるな」
「・・・・そっか。詳しく教えてくれてありがとう!それに今もこうして俺を一人にしないでいてくれてるし。志信には助けてもらってばかりだな、俺」
「いや、俺はお前と話したくて隣にいるだけだし、友人なんだから当たり前だろうが!悟だって同じことをするはずだ!・・・・・でもこれからお前はどうするつもりなんだ?」
「・・・・俺に関しては今のままでいいと思ってる。言いたい奴には言わせておけばいいよ。俺は悪いことしてる訳じゃないからね。・・・・でも羽柴さんに対してこれ以上迷惑なことをするつもりなら、本気で対策しないといけないと思う。多分、柳君がトップだから彼をこれ以上好きにさせちゃいけないと思ってる」
「その意見には同感だな。お前自身の事はいいのか?」
「結果的に羽柴さんに対応することで俺の被害も減ると思うんだ。・・・・でも羽柴さんにも相談してみるよ。俺が変に行動して返って羽柴さんがますます肩身の狭い思いをすることになったら、本末転倒だからさ」
「そうだな。そこが難しい所だな」
「うん」
そこで二人はグラウンドの端に着き、周囲からひと際離れて会話を再開させる。
衛たちから遠ざからなくても自然と生徒たちは近付いてこなかった。
人間関係に関心のない少数の生徒たちすらも何かを察したかのようであった。
「・・・・俺はお前の力になるからな。お前が例えそういうのを嫌っても俺の意思で贔屓をさせてもらうからな!言っておくが悟もこう言うはずだからな。止めようと思うなよ」
「・・ありがとう。俺・・・ちょっと・・泣きそう」
そう言って衛は志信から顔を背け瞳から滲む涙を手で払った。
身長差がある志信相手では誤魔化したところでバレてしまうので、素直に気持ちを伝えた。
例え言わなくても志信なら察してくれるだろうが。
「・・・志信・・羽柴さんの様子をそれとなく見といてくれない?できれば俺よりも心配してあげて欲しいんだ」
「そのつもりだ。ただ本当の意味で助けてやれるのはお前しかいないからな」
「うん、肝に銘じておくよ。絶対に油断しない」
「それがいい」
2人が今後の方針を話終えたことろで体育の授業開始のチャイムが鳴った。
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