第19話悟の優しさ 光流の主張
学校から最寄り駅までの道のりは2つのルートがある。
学校の周辺は住宅が多く朝は車での通勤時間と重なる。
そのため登校時と下校時では道が異なることが校則で決められている。
登校時は車の多い大通りを迂回するルートを生徒は歩くことになり、下校時は大通りを利用することができた。
生徒の大半は下校時間の短縮につなががるのと、横に広がって帰ることができるため大通りを選択する。
ただ衛と悟は会話を楽しむため敢えて遠回りとなる迂回ルートを歩くことにしていた。
それは悟の家が学校最寄り駅の近くにあり別れが早く、学校では別の組でまとまった時間を確保できないことが一番の理由だ。
しかし衛には生徒が少なく、田舎道を歩け、悟と会話を楽しむことができるという、3重のメリットがあった。
散歩好きな父の影響だけでなく、衛の生まれる前から庭の土いじりを嗜む母親の影響でか、衛は季節の花々や靴裏から伝わる土の感触が好きだった。
そしてそれが味わえる迂回ルートが好きだった。
「・・・そう言えば昨日もそうだしいつもそうだけど、お前廊下で俺を待ってる間顔がめちゃくちゃ引きつってるのな。自分で気づいてた?」
「え、そんな顔してる?」
それまでしていたアニメの会話が一段落し、会話が途切れたタイミングで思い出したように悟が言った。
衛には自覚があったことだが、周囲にバレるほど顔に出ているとは思っていなかった。
「お前さ人混み苦手だろ?もしくは他人がそうなのかな?」
「・・・・」
「まぁ、何もしなくても目立つ顔してるからな。それって辛いよな。俺がもしお前の顔だったら書店でちょっとエロい表紙の漫画とか買えなくなるかもな。それって生きにくいよな~。だからさ俺待ち合わせの時とか、大声でお前のことを呼ぶんだよ。お前は嫌かもしれないけどさ。俺に注目がいくといいなって思うんだ。俺大した顔してないからさ、別に気にしないし。うまく言えないけどお前のに向かう一方通行の停滞した空気?みたいなのをさ吹き飛ばせるような気がするんだよ。吹き飛ばしたいんだよ。衛分かるかな?」
そう言う悟は、まるで自分の言った言葉が空に滲んでいくのを眺めるように顔を上げて遠くをみていた。
口元はほころんでいる。
変に同情されるよりも余程優しい言葉に衛は感じた。
「・・・・・・・・・」
最初は大人しく聞いていたが悟の穏やかな顔を見ていたら、次第に頭がが熱くなり涙が出そうになった。
悟独特の言い回しは酷く分かり難いようで、彼の優しさが如実に表れているようにも感じられた。
それは例えるならストライクゾーンをかすめるカーブとでも言えようか?
それとも逆に胸元めがけて飛んでくるストレートだろうか?・・・
悟の言葉に触発されて変なことを考え始めた衛の思考は、どんどん膨れ上がった。
そして行き場を失い凝縮された気持ちは、涙となって衛の瞳から溢れることを望んでいる。
長い時間を衛は必死に目に力を込めて涙を堪えることに集中する必要があった。
決して泣いてる姿を見せたくなかった。
悟とはいつものように駅のロータリーで別れた。
目頭が熱くなり込み上げてくる涙と戦うために神経の大半を使ってしまったため、別れるまで何を話したかあまり覚えていなかった。
多分アニメの話が大半を占めたと思う。
いい加減に話を聞いてしまった罪悪感があったが、悟の素直な優しさに触れて衛の心にはなんとも心地のよい温かさがで満たされていた。
軒先で日向ぼっこをしている猫の気持ちはこんな気持だろうか?
ふとそんなことが頭に浮かぶ。
駅のホームで電車を待つ間も衛の顔には自然と笑みがこぼれそうになっていた。
「お、石田君じゃ~ん」
そんな衛のふわふわとした心は、人を揶揄する時特有の不快でハイテンションな声が聞こえたことで、止まった。
声の主は柳光流だった。
「昨日に引き続いて奇遇だね。まぁ、昨日と違って俺の連れは方面がこっちじゃないから、今一人なんだけどね」
聞いてもいないことをぺらぺらと喋りだす。
向かい側のホームに視線を送ると、賑やかな声を出し話す男女が丁度階段から降りてくるところだった。
男が3人で女が2人。
衛と同じ制服を着崩し、スマートフォンを弄りながら適当に話している。
見知った顔も中にはいた。
光流は話しながら電車停止位置で立つ衛の隣に並ぶ。
「えっと、俺に何か用?」
「愛想悪いな~、偶然会ったんだからさ、少し話せばいいじゃん」
言いながら、向かいの男女に片手を上げてニヤニヤと挨拶をしている。
先程まで感じていた湧き上がってくる嬉しい気持ちを台無しにされて、その分内心の怒りへの振り幅は大きかった。
“スマホをいじりながら話し、他の相手にボディランゲージをしながら話す・・・光流のような人達には目の前の相手が全く見えていない気がする。
スマホがなければ人と交流することもできなければ、常に”冗談”の予防線を張ってでしか中身のない会話を楽しむこともできない。
人を蔑ろにするくせに、群れることで周囲に孤独とは無縁だと発信するしかできない臆病者。
自分の感情を本当に豊かにしてくれるのは、誰よりも隣にいてくれる友人だというのに。それに気付きもしなければ感謝もしない”
膨れ上がる気持ちが舌打ちとなって出そうになる衝動を衛は必死に堪える。
衛の彼らに対する印象はひたすら底値を更新していく。
「ねぇ、羽柴さんだっけ?お前と仲良いの?」
半眼で険しく前方を眺めていた衛の顔が驚愕に変わる。
お前と呼ばれてさらに不快な気持ちになる。
「あの子可愛いけど、お前の彼女なの?」
「別に特別仲が良い訳じゃないよ・・」
それが何?と光流をうかがう。
(・・。・・・汚い笑みだな)
衛はそう思った。
光流の顔は標的を見付けた獣の様に相貌を崩している。
「そうだよな。お前みたいな低身長じゃ釣り合わないよな。安心したわ~」
ニヤニヤと人を逆なでする笑みを見せる。
「この学校結構いい女が多いのな。驚いたわ。まずは羽柴さんからかな。彼女とは何か運命めいたもの感じるし」
光流の言葉に衛は愕然となる。
「色々聞きたいことあるけど何で俺にそんなに絡んでくるの?」
頭が一気に熱くなる。
血流が急速に動きを速め脈打つのが知覚できる。
思考は停止し、およそ人に向ける表情というものが分からなくなり、能面のようになる。
隣にいる”これ”を志信や悟と同じ人として扱えるだろうかと思ってしうほど。
「は?何その口の利き方?許可した覚えはないけど?」
スマホから顔を上げ、澄まし顔で光流は答える。
思わぬ反撃に何とか平静を装っているようにも衛は見えた。
「初日の時点で思ったんだけど、お前付き合う相手間違えてるよね?なんで冴えないやつと一緒にいるんだよ?」
「俺は人を外見で判断したくないんだよ」
「それ。その考えが既に気持ち悪い。高校に通ってそんなこと言ってるやつなんてお前くらいだろ?もしくはお前ら?って言ったほうがまだいいか?」
「随分と狭いものの見方しかできないようだね」
「お前は違うとでも言うのかよ?ひょっとして誰とでも平等に話せる自分が格好いいとでも思ってるタイプなの?それともお前あれか?自分は無害です、誠実な人柄です、だから皆好きになって下さいって控えめで強かなアピールするタイプ?俺が一番キライなタイプだよ」
「アピールするつもりはないけど、誰とでも仲良くなれたらそれに越したことはないよ。少なくとも君の考えよりはマシだと思うけど」
「ガキみたいな考えだって言ってんだよ。俺もお前も顔でしか判断されないんだから、素直に利用すればいいだけのことじゃん」
「俺は君とは違うよ。そんな歪んだ性格してないから。それに俺は自分の外見を優れたものだと思ってないから」
「・・・性格は生まれつきなんじゃない?もしくはちやほやされる内にこうなったのかもね。俺みたいな長身で美形な男が隣にいれば女もメリットしかないんだし。お互いにWin-Winじゃん。お前も格好つけてないで俺と組めばいいのに。それにお前を見てるとその性格が既に外見で苦労してきたやつのそれじゃん。必死で歪むのを堪えてるようにも見えるけど?楽になったら?」
ニヤァと光流の顔が歪む。
自分の優位を途中から思い出したかのように口調が軽快なものへと変わっていく。
それに認めたくないことだが、実際に思い悩んでいるのも確かだ。
衛の胸にズキッと痛みが生じる。
「・・・・・人に対する敬意とかはないの?」
黙ることは肯定することと感じ、すかさず反応する。
「敬意?え、お前そんなこと考えて人と接してんの?気持ち悪。俺たちは利用し合って生きてんの。それにあくまでも他人じゃん」
自分のセリフが面白かったのか光流は背を丸め声を上げて笑う。
満面の笑みだ。
笑い声まで不快だなと衛は思った。
「考えが全く合わないね。それにここは学校じゃないから変に馴れ合う必要ないよね?それじゃ」
衛はそう言うと、光流に背を向けて別の電車停止位置に向けて歩き出した。
「お前って本当に馬鹿なのな。歳いくつだよ」
衛の背に向かって光流は声をかける。
文章に変換した場合、さぞ大量の「笑い」が語尾に付くことだろう。
そして
「・・俺の誠実な演技・・・すげぇんだぜ。これからお前は学校生活大変になるだろうな」
一泊を置いて掛けられた声は光流の外見を象徴させるかのような、美声だった。
思わず振り返った衛に光流は弓形の目をこちらに向けていた。
その爽やかな笑みが酷く不気味な威嚇に衛には映った。
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