第18話放課後 待ち合わせにて
本日最後の授業が終わり教室の生徒たちは、部活動に向かう者・教室で話し出す者・真っすぐ帰る者とそれぞれが散らばる。
衛は用事もないのでこの場合真っすぐ帰る者に含まれる。
今日は朝から結衣のA組に顔を出したことで、一日友人やクラスメイトに茶化されて気疲れしていた。
教室を出て廊下突き当りの壁に寄りかかる。
他の教室はまだ連絡事項が続いているのか、廊下には同じクラスの生徒の他はほとんどいない。
予定のない衛が廊下で時間を持て余す理由はD組の佐藤悟との待ち合わせをするためであった。
昨日悟と別れ際話し足りないとのことで今日も帰る約束をしていた。
悟と帰る時の待ち合わせ場所は単にB組の方が下校時に利用する階段に近い、というだけの理由でいつもこの場所である。
衛は無意識にポケットからスマートフォンを取り出し、インターネットで適当に気になった今日のニュースを閲覧する。
衛にとってスマホはほぼ利用することのない、非常用の連絡手段でしかなかった。
それも羽柴結衣と連絡するようになり多少変化は出てきてはいたが。
課金前提のゲームに興味はなく、小説や漫画は紙の媒体の方が好きだった。
ただ腕を組むよりも・ポケットに手を突っ込むよりも、周囲に溶け込めると思い今は利用していた。
要は見られ方の違いだ。
前者は感じが悪く不機嫌に映ってしまうとことを恐れてしないだけだ。
待ち合わせの時みんなはスマホを見ている、それを真似ているだけだ。
ただ持っていて便利なことに違いはない。
簡単に世界の出来事を即座に知ることができるスマホは、知識欲が旺盛な衛にとっては時間も潰せるので一石二鳥だ。
とは言ってもあくまでも暇つぶしの手段でしかなく、目立たないのであれば直立不動でも問題はなかった。
待つという行為にそれほどストレスは感じない方だ。
今ならスマホがあるし、待ち合わせ場所が公園や駅前ならば風景を楽しむことができるのだから。
小説を読むのもいい。
しかしどうしても人の視線にはやはり敏感に反応してしまうところがあるので、何とも言えないが。
一番いいのは人気の少ない所で待つことだろう。
・・・・こうして常に周囲の目を気にしながら生きている自分に、嫌悪感もしっかりと覚えている。
佐藤悟だったら、こんな時どんな風に自分を待っているだろうか?
スマホでアニメでも見て喜ぶのだろうか?
それとも鼻歌でも歌っているのだろうか?
・・・他者から外見について言及されることを人一倍嫌う上に、人の目を気にしてビクビクしながら生きている。
それは生産的ではない。
マイナスでしかない。
それは滑稽で自意識過剰の塊のような思考だ。
自分が何者にもなれていない証拠のようにも感じられる。
もっと堂々としていればいいのにそれができない・・・
こうして衛の瞳はスマホの画面から次第に焦点が合わなくなってき、そして思考は深く深く沈んでいく。
何でもっと気持ち良く生きていくことができないのだろうか?
全ては瞳に映る世界でしかなく、自分ですら自分のことを完璧に理解などできはしない。
他人が言うほど自分の顔に関心がないことは、衛が他人にそうであるように明白なことではないか。
一度として「俺の顔が良いとしてそれが何を意味するの?」と人に聞いたことはないではないか。
「ただ喜ぶと思って」とそっけなく返事がくるかもしれないのに、聞かずに頭の中だけで憶測を考えてバカみたいだ・・・
周囲の喧騒が耳に入ってきた。
ぼやけていた焦点が再びスマホの画面、字の羅列へと合わさっていく。
どうやら他の3教室も示し合わせたように一斉に授業が終わったことが分かった。
その証拠に次々と生徒たちが廊下へと顔を出す。
それは廊下で待ち合わせをしている衛の前を通る小さな波となった。
当然悟を見つけるため顔を上げる衛と視線が合う者も増えていった。
・・・酷く居心地が悪く感じた。
気分も悪くなる。
こちらに目を向ける視線が怖い。
瞳が怖い。
俺は悟に用があるだけだ。
廊下での待ち合わせなんて学校なんだから日常風景だろう?
そんなに顔を向けないでくれ。
瞳だけこちらに向けないでくれ
俺の顔なんて昨年から見ているだろう?
もの珍しくもないだろうに・・ただの通行人Xに過ぎないだろと衛の頭の中で悲鳴が警鐘となって鳴り響く。
感情を司る衛が目と耳を塞ぎ思考の隅で縮こまる。
理性を司る衛が必死に諭す。
下駄箱に行く廊下はA組の隣だ。
そのために同級生はここを通過しているに過ぎない。
誰もお前のことを見てやしない。
今朝の結衣の件も含めて自信過剰になるな。
確かに女生徒の何人かは髪を掻き分けたりしているが、それはお前にじゃない。
お前も歩く時に前方の人を視界に入れようとするだろう?
それと同じだと。
さぁ、恐がらないで顔を上げろ。
悟が気付かずに行ってしまうかもしれないぞ。
理屈はわかっている。
しかし感情は言うことを聞いてはくれなかった。
生徒の流れの後方に悟の大声が聞こえた。
悟が衛を見付けたようだ。
「まもーる、元気~~~!」
と大声で手を振って歩いてくる。
満面の笑みだ。
前だけ向いていた生徒たちが何事かと振り返る。
当然呼びかけられた衛も余計注目を浴びる。
しかし先ほどまで感じていた不快感は一斉になりを潜め安堵感が胸に拡がった。
今の自分は”待ち人の衛”から”佐藤悟の友人衛”へと姿を変えることができたのだ。
「遅くなってすまねぇな!うちの担任スイッチ入ると話し長くなるからよ。それは俺も同じか。お前を待たせるなんて罪な男だぜ俺もな!!」
大きな声で周囲も気にせず軽快に話し出す悟。
佐藤悟が現れたことで、ようやく衛は悟の下校時の連れと言う役割を得た。
レッテルを貼られたと自覚できたことで衛は安心する。
今や恐怖の対象だった人の波は有象無象へと変わる。
悟の声には”恐怖の視線を放る同級生”を”ただの通行人”へと変えてくれる魔法があるように感じられた。
「悟はいつもこの時間になると元気だよね」
「おうよ。ここからは校則に縛られない自由時間だからな!!」
ただ安堵する一方で衛の心には虚無感も拡がっていた。
こんな形でしか安堵できない自分が情けなく惨めであった。
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