第15話翌日の通学路

翌日、前夜の葛藤による胸のしこりもなく衛は目を覚ました。

寝る前はあれこれと不安が頭を過るが、次の日まで引きずることはあまりない。

いつもより入念に髪をセットする。

少しだけワックスの量も多めだ。

朝食後いつものようにバッグの中に当日の授業が入っているかチェックを行い、玄関のノブを回す。

本日最後に家を出る衛のため母、弓子も玄関まで見送りに来る。

「行ってきます」と挨拶を口にしながらドアを出ようと母に背を向けた衛に


「あんた今日はそわそわしてたわね」


とニヤニヤした表情を隠そうともせず言う。


「え?何のこと?」


ドキッと心臓が跳ね上がり体が硬直してしまう。

不意の一言に動揺を隠しきれず声が上ずってしまう。


「昨日、結衣ちゃんと登校したことが関係してるのかしら?」


堪えきれない笑いを我慢している顔で母は告げる。

親に目撃されていたことにショックを覚え慌てて「もう行くから」と玄関を後にした。

すると背後から


「お似合いだったわよ!」


と言われ衛は無性に腹を立てた。

何も知らないクセに簡単にそんなことを言われたくなかったのだ。

その気持ちに拍車をかけたのは結衣と会えなかったことだった。

結衣と通学時間が重ならないのは分かっていた。

それでも少しだけ期待してしまっていたのだ。。

ほんの少しだけ・・・・

と頭ではそう思っているのつもりなのだが、心の大部分は結衣のことで占められていたようであり、衛の落胆は大きかった。

家を出る際の母の一言はやはり気に入らなかった。

何もない自分と人望があり部活で活躍している結衣とでは、似合うわけがないと心の中で母に対して反論する。

それに結衣の背丈の方が大きいのだ。

男である以上、好きな人を背で庇いたいという気持ちが強くあった。

男女平等なのは分かっている。

しかし、だからこそ膂力においては男が優位であることは明確であり、それが性差でもある。

そこを蔑ろにしてしまってはいけないと思う。

例え喧嘩をした経験がなくても突如理不尽な暴力に襲われることがあるのだ。

その時は敵わなくともせめて好きな人は守りたい。

それが結衣と自分とではあべこべになってしまう気がした。

力は部活をしていても結衣よりは強いだろう。

それは当たり前だ。

それでも周囲から頼りなく映ってしまうことだろう。

それではダメだ。

結衣に恥をかかせてしまう。

やはり体格が必要だ。

身長が欲しい・・・。


(・・・・・・・・・・・・・。いやちょっと待てよ。なんで結衣と付き合う前提であれこれと考えているんだろう)


カァと急に衛は恥ずかしくなった。

たまたま昨日通学を一緒にしただけで意識のし過ぎだと・舞い上がるなと・冷静になれと自分に言い聞かせる。

考えが矛盾している。

高嶺の花だと思っているのなら、付き合うことを想像するな。

仲良くなれるとも思うな。

でも、それでも筋トレだけはしておこうと思った。

少しでも頼りになる男になるために。


「おはよう。今日は俺と一緒だな!」


後ろから声を掛けられた。

俯き気味に歩き家を出てからずっと考えに没入していた衛は、一瞬ビクッと体を硬化させる。

一瞬頭をよぎった人物とは性別が声でえ違うことを直ぐに理解し、振り返る前から衛はまたしても落胆していた。

声の相手は伊藤志信であった。

ただ光流でなくて良かったと衛は思った。


「その過剰な反応はなんだ?誰を期待してたんだよ」


と母弓子と似たようにニヤニヤと笑って茶化す。

朝から運がないなと思いつつ、


「そんなんじゃないよ。ちょっと考え事してたから驚いただけだよ」


と誤魔化した。


「今日って志信のクラスの古文って何時限目にある?」


そして即座に話題を変えることにした。。


「ん?突然どうした?教科書忘れたのか?確か1限目にあったぞ」


根が真面目で人のいいのが志信だ。

昨日もそうであったが、茶化すことはあっても相手によって引き際は心得ており、決して気分を害することまではしない。

こちらの質問に対しすぐさま頭を切り替えてくれる。

衛にとっては悟と同様に感謝して付き合う相手だった。


「昨日、羽柴さんから抜き打ちテストのためにルーズリーフを貸してもらったんだ。勉強させてもらったしコピーもしたから返そうと思って」


「なるほどな。それならホームルームが始まる前に返すのがベストだな。俺が返しておこうか?ってそれは無粋な真似か」


1人で結論づける志信。

昨日の教室と違い今朝の志信はヒートアップしない。

ひょっとしたら昨日で色々と満足できたのかもしれない。


「うん、気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でも直接渡して感謝の気持ちを伝えるよ」


「お前ならそう言うと思ったよ。それがいい」


爽やかに笑って肯定してくれる。


何時もの通学路を凸凹の2人が歩く。

綺麗に整地された緑石には等間隔で桜の木が植わっている。

6月の今ではその色鮮やかさで通行人を楽しませたピンク色の花弁は、今はもう失われており新緑が青々と伸びていた。

青を一層深くした蒼。

吸い込まれそうな色。

4月から1人で通学する時は散々満開の桜に愉しませてもらった。

それでも今、葉を大きく広げる木々の下志信と歩くこの瞬間のほうが愉快な気持ちになれた。

それは1人で通学するのが好きな衛にとって、何も不思議なことではなかった。

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