第14話一日の最後に思うこと

2階の自室に衛はいた。

目覚まし時計は23時を指している。

ベッドの上で寝巻き姿で体は大の字。

自然と天井が目に入る。

衛は今日一日の出来事を思い出しながら振り返っていた。

帰宅後してからしばらくして夕食を母親と2人でとり、そのまま風呂に入り2階にある自室へと向かった。

ドアを開けると机に置いてあるスマートフォンに、着信を表示するランプが点滅していた。

差出人は柳光流からだった。

学校では普通の友人関係でいるようにと連絡があった。

内容はただそれだけだった。

悟を侮辱した謝罪などは一切なかった。

衛は返事をしなかった。

風呂上がりのサッパリした気持ちがどこかへ行ってしまい、水を吸ったスポンジのような重みが胸に残った。

その後20時頃に机に向かい勉強をはじめた。

しかしどうにも集中することができなかった。

久しぶりに会った結衣のことが頭から離れず、ついついスマホに目が行ってしまう。

自分は嬉しかったが結衣はどう感じただろうか?

嬉しかったのか、面倒だったのか、何も感じなかったのか、それを知りたい気持ちが無性に湧いてくる。

その一方でがっつくようで端ないやつと思われはしないだろうか?

長いこと疎遠だったのにもう友人気取りと思われはしないだろうか?

などと遠慮の気持ちもありなかなか連絡を取ることに踏み切れない。

散々迷ってから、結局スマホを手にしてしまう。

登校できて嬉しかったことや機会があればまた一緒に登校したいなど正直に自分の気持ちを簡単な内容で送ることにした。

誤字がないことを2度3度と読み返し確認した。

ふと幼い頃は通学を共にし遊ぶのに確認すら必要としていなかったのに、今では短文を送るだけで緊張してしまう相手になってしまったんだなと思った。

それはとても新鮮で悲しくてそれだけ意識してしまっている証拠だろう。

それどころか送った文章がどうか結衣の負担になりませんように、と心配までしていることに複雑な気持ちになった。

結衣からの返信を期待したくなかった。

そのため完結した文章を送った。

自分からの一方通行でいいと思った。

でもそんな気持ちとは裏腹に返事を期待する自分がいて、見まいと伏せたスマホを30秒毎にはひっくり返し、着信を告げるライトが点灯することを確認してしまう。

そんな女々しい自分を発見し苦笑いしてしまう。

酷く滑稽で情けない。。

結衣からの着信は送ってから20分程で来た。

ただそれだけのことで衛の心は高揚し小さなガッツポーズをし小躍りをしてしまうほどであった。

そんな様子の衛を友人たちが見たら”雪でも降るなと言いそうだ。

結衣からは返信が遅れたこに対する謝罪を前置きに、自分も久し振りの通学を楽しめたこと、部活があるため機会は少ないだろうがまた一緒に登校したいとの内容が、丁寧な文章で送られてきた。

衛はそもそも返信をくれたこと、そして忙しい中わざわざ丁寧な長文をくれたことに感謝をし、自分との連絡よりも部活動で疲れた体をしっかり休むよう文章を作り最後にお休みと添えた。

今回も入念に読み返し送った。

送るまでに25分も要してしまうほどであった。

すぐさま結衣からの返事には体への考慮を感謝する言葉と、まだ就寝時間ではないから支障がないことがやんわりと書かれていた。

正直やり取りの継続を結衣が望んでくれていることに衛の心は有頂天になったが、自身の心が平常とは遠く離れたところに行くことへの恐怖心も強くあった。

ついつい余計な事を書いて再び疎遠になりたくはなかった。

自身の心の変調と結衣との連絡の継続との間で揺れる天秤は短くない時間葛藤として釣り合っていた。

しかし最終的に鋼の自制心で人付き合いのいい結衣の迷惑になりたくない方を選んだ。

再度簡潔に体調を気遣うことで連絡の継続をやんわりと断り、お休みと締めくくった。

結衣の返信も短いおやすみの挨拶だけだった。

こちらの意図を察したのだろう。

その後、冷静になるに連れて終始カッコつけていい男を演出してしまった自分の性格に苦虫を噛み潰したような心境になった。

ただし自分の欲を優先しいつまでもやり取りを継続させなかったことだけは、胸を張れた。


・・・・・そして現在、眉間に軽いしわを寄せ衛は今日の登校から帰宅するまでの間を映像として鮮明に頭の中で再現し、早送りで思い出していた。

この週間は中学生の頃にはいつの間にかするようになっていた。

その思い出される映像の中で羽柴結衣と柳光流の占める割合は圧倒的であった。

もし結衣との出来事だけで今日を過ごすことができたのであれば、衛は先ほどのスマホのやり取りを含めベッドに体をゴロゴロさせ時折顔を赤らめることができただろう。

良い一日だったと簡単に締めくくることができたことだろう。

良くも悪くも結衣との今日の出会いは、衛にとって新しい何かを期待できるものだった。

例えるなら”鋼の意志を持つことで望む光を胸の前でそっと握り占めることができるような”そんな期待が。

好転の兆しのように感じられた。

そしてそんな結衣との出会いの対岸に位置するのが、柳光流との今日の出来事だった。

一歩間違えれば自身の足場がボロボロと崩れ去り一人取り残されてしまうような、もしくは転落してしまうような、そんなイメージを連想させられた。

そして近い未来それは起こり得ると不安が拭えないものだった。

光流との今日の出会いはそれほどまでに悪い印象だった。

これまでに会った誰よりも異質で邪悪だと思った。。

自分の日常が侵される不快感が拭えず、イライラと頭を掻き毟りたくなる衝動と戦う羽目になった。


「・・・・・・・・・」


・・・それにしてもと頭を一度リセットするためぼーっと天井を見つめる。

そしてゆっくりと瞳を閉じる。

また“外見について”言われてしまったなと思った。

志信や悟のことではない。

「外見だけの男」という光流の言葉が何度も頭の中で反芻される。

衛は外見について言われる度に就寝前になると頭を抱えてしまいたくなる。

これもまた中学生の頃からの現象だった。

“自分が何者なのか分からなくなる”現象と言い換えてもいい。

夜になると急に不安になりネガティブな思考になるのがクセだった。

衛は漫画が好きだった。

それは主人公に明確な使命があるからだ。

自分には何があるのだろう?両親から“たまたま”もらった外見を除けば、石田衛を構成する要素は何も残らないのではないだろうか?という不安が募り、歯を噛み締め、頭を掻きむしってしまう。

勉強も嫌いではない。

流行や政治など大半のことに関心を示せる。

趣味もある。

思いやりを持って人を大事にすることもできる。

両親との関係も良好だと言えるし妹との関係も平穏なものだ。

ただ、自分を一言で言い表せる言葉が出てこない。

命を燃やすが如く傾倒できる使命を自分は持ち合わせていない。

そのことが不安で堪らない。

こんな自分に一体どんな価値があるのか考えてしまう。

自分の外見に言及する人は一体何を自分に望んでいるのだろうか?

単なる思い過ごしで思い上がりだと思う。

それでも人より秀でたものを生まれながらに持っているのであれば、それを何かのカタチで返す必要があるような気がしてしまう。

これまで親や友人に相談したことはない。

自身の問題であり自身で解決したい問題でもあるからだ。

そんな出口すら見えそうにない問いを抱え暗澹たる気持ちのまま、衛はいつのまにか眠りについていた。

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