第13話悟の価値観 光流の価値観

放課後、衛は同学年でD組の佐藤悟と下校していた。

悟とは高校からの付き合いになるが、昨年同じクラスになり仲良くなった。

進級し別のクラスになった今もその関係は続いている。

学校で頻繁に顔を合わせる伊藤志信は空手部に在籍しており、帰宅部の衛とは帰宅時間が重なることはない。

志信と一緒に帰るのは定期試験の一週間前くらいなものだろう。

隣で楽しそうに口を動かす悟の背丈は、ほぼ衛と同じでだった。

若干猫背気味であることから衛の方がやや高い。

顔は一重の目が眠たそうな印象を与えるが、性格は陽気でよく喋る。

髪型や服装に頓着がなくアニメやゲームの話題を口にすることが多かった。

所謂オープンオタクという部類に入るのだろう。

好きだからこそ歯に衣着せぬ物言いをするのも、悟るの良いところだろう。

たまに声のボリュームが上がり過ぎることや、体全体を使って表現することで注目を集めてしまうことはあるが、髪型・ファッション・その他流行に敏感な人よりも大抵のことにあっけらかんとしている悟の性格の方が、衛は一緒にいて楽だった。

学校の女性陣からは、そのマニアックな言動から怪訝な目を向けられることの多い悟だが、周囲の目を気にしない姿は衛にとって羨ましかった。

それに気持ちを上手く伝えることのできない衛には、好きなものを好きと言える悟るが、心底眩しく映った。

お前も絶対来週から見ろよと悟は深夜アニメについて衛の隣で熱弁している。

衛は一度火が付いた悟の話には相槌を打つしかできなくなるが、コロコロと表情が変わり何とかして伝えようとする悟の話には飽きがこなかった。


「本当にさ今深夜にやってるアニメおすすめなんだよ。原作に忠実なところとかも好感もてるし、原作が大切にしてる心理描写も丁寧に扱ってくれてるしよ。確かに漫画の方は戦闘シーンで話題になることが多いけどさ、俺は日常パートにおけるユウトやカンナたちの何気ない会話や心情シーンがあってこそだと思ってるからさ。それに漫画の方はもう20巻に手が届きそうなんだけど、無理に1期で収めようとしてないところも良いんだよね。潔いよなそういうの。評判良ければ2期も考えますみたいなね」


漫画に出てくるセリフを挟みながら悟は深夜アニメについて力説する。

声のトーンが明るく表情も心底楽しげだ。


「へ~そうなんだ。俺はアニメのことはあんまり詳しくないからよく分からないけど。確かにさとっちから借りた漫画の天涯孤独は面白かったから、アニメも見てみるよ」

「おう、そうしてくれ。まぁ途中からってのも俺が納得できないからな。円盤買うつもりだし、それではじめから見てくれてもいいからさ」


「分かった。また借りるね」



度々悟の勧める漫画やアニメを衛は借りることがあった。

その都度お返しに衛も自分の好みの小説や漫画を悟に貸していた。

因みに悟るのことをさとっちと衛は渾名で呼んでいる。


「おう、やっぱり漫画やアニメは語り合える奴がいてこそ本当に楽しめると思うからさ」


「そうだね。俺も面白かった小説や漫画があったら紹介するよ」


「お前が勧める小説はちょっと難しそうなんだけどな。でもどんどん紹介してくれ!人のそういう話し聞くのめちゃくちゃ好きなんだよな、俺」


「俺もさとっちの話は聞いてて飽きないよ」


「お前みたいな聞き上手な奴が同じ高校にいてくれて助かるわ。なかなか俺に付いてこれる奴っていないからさ。多分、学とかオタク気質あると思うんだけど何故か隠すからな、やつはさ。良いものは良いってハッキリ言うのの何が恥ずかしいんだか」


学とは悟と同じD組の友人らしい。



「さとっちはそこらへん男らしい考えしてるから凄いよね。その性格が裏山しいよ」


「イケメンのお前にそんなこと言われると嬉しいな!っとごめん。顔のことは関係ないな。友達から褒められて嬉しいってのが正確な言い方だから!」


「ううん、気にしないよ。さとっちは俺が顔のこと言われるの嫌なことちゃんと知っててくれるしね」


志信だけでなく悟までも自分の性格をよく分かってくれている。


「まぁ物心つく頃から顔についてばかり言われてたら、嫌になるよな。想像しかできないけど・・・・頑張って何かをやったとしても・・まずは顔から言われるんじゃ・・・・やる気なくなる・・と思うかな」


「うん、それに人に言われるほど自分の顔が良いと思ってないから、なおさら心苦しいというか」


悟の想像力の豊かさというか、相手の立場になって考える力に衛は舌を巻いた。

自分が少しひねくれた考えを持つに至った原因を、遠からず言い当てられたことに。


悟の家は学校の最寄り駅近くにあるので駅のロータリーで別れた。

悟は本来なら駅まで来る必要はないのだが、一緒に帰る際は必ず駅まで衛を見送ってくれる。

終始悟のアニメ談義で駅までの道のりはあっという間に感じてしまう。

悟から見送られ、衛は一人ロータリーから駅の改札口へと続く、上りのエレベーターに乗った。

そこで制服の上着左ポケットに入っている定期入れに、何気なく手を伸ばそうとした。

すると後ろから衛君?と声が掛かった。

振り返る。

声の相手は柳光流だった。

片手にスマートフォンを握りしめ一人のようだ。


「偶然だね」


これまで悟ると別れた後に友人から声を掛けられたこは、数えるくらいしかなかったこともあり、内心ドキリと心臓が跳ねた。

何とも形容し難い気持ちを抱えつ、衛は一言声を返すことがやっとであった。


「実は、下校途中から君たちに気付いていたんだ」


そのまま上昇するエレベーターを乗り終え、2人で改札に向かう。


「なんだ、それなら声を掛けてくれれば良かったのに!隣にいた奴は悟って言って気のいい奴だったからさ!」


努めて明るい声を出して衛は隣にいる光流にこたえる。

なぜ明るい口調にしなければならないのか衛自信も分からない。。


「いや、彼の紹介はしなくていいかな。それもあって、君たちが別れてから声を掛けたんだし」


今、歩きながらスマートフォンに目を向けている光流の声は、抑揚がなくいまいち感情が衛には伝わりにくい。

昼食時の彼とはどこか雰囲気が違うような気がする。

それに昼食時もそうだったがスマホにずっと目がいっていることも気になった。


「それは俺だけに用があったってこと?」


と言いかけたところで、


「端的に言って」


と光流が衛の言葉を遮った。

目はスマホに向いている。


「さっきの人オタクでしょ?例え違ったとしても俺彼と関わるつもりないんだ?俺までオタクのように思われたくないからさ」


隣に並ぶ光流の表情はクラスで見た時と違い表情に乏しい。

前髪で目が隠れ気味になっているのもそれに拍車を掛けている。

そして出会ってから一度も衛に目もくれずスマホの画面ばかりに見ている。

クラスでの態度との違いに衛は唖然としてしまう。


「今日一日学校を観察した感想だけど、同年代で数人だね。俺が連れて歩いても良いかな?って思ったのやつ。順番に仲良くなるとして、取り敢えずは君でいいから俺の引き立て役になってよ?」


ちらっと初めてこちらを向いた光流は、口元だけ笑っている。

そして小さく最後にさっきのセリフは冗談だよ?っと付け加えた。

駅の改札を電子カードの定期券で通り、同じ方面のホームに足を向ける。

光流と衛の家が同じ沿線上にあることは、休み時間の会話で判明している。

あの時はどうも思わなかったが、今は同じ方面であることが心底嫌だと思った。

因みに光流は衛・志信・椿とスマートフォンの連絡先も交換も済ませていた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


衛は返事をすることができない。

自分が今どんな表情で光流を見ているのだろうか?

人とは思えない、未知の生物を相手にしているような錯覚を覚えそうだと感じた。

悟を侮辱したこと・上から目線のもの言い・スマホにのみ集中する態度、それらから来る不快感もブレンドされ、衛は何から口にすればいいか分からない。

引き立て役って何の事を言っているのか分からず光流に恐怖すら覚える。


「なに?何か言いったら?ひょっとしてクラスでの態度の違いに驚いてるの?」


うけるわ~と口にし、スマホから目をこちらに向け、見下したような笑みを見せる。


「そりゃクラスでは猫かぶるでしょ?でも今は君しかいないんだし素でいて何か悪いことでもある?」


「なんで俺なの?」


整理のできない頭の中で、唯一口にすることができたセリフだった。


「ルックスで選んだ結果に決まってんじゃん。昼食の時も言ったよね。俺は自分の評価を下げるような人とはなるべく関わりたくないんだよね。悟くんだっけ?彼と2人きりでいたら周りからなんて思われるか分かったもんじゃないじゃん。逆に君はよく一緒に帰れるよね」


ニヤニヤと口の端を緩め侮蔑の籠もった口調で話す。

今までの会話の流れからうすうす衛にも分かっていた。

光流の人の判断基準が。

だが悪気もなく平然と口にする光流に嫌悪感が頂点に達し、ホームに向かう下り階段の途中で衛は足を止めた。


「悪いけど俺、光流君とは仲良くできそうもない。俺にとって悟はいい奴だしそれに一人で帰るのも好きなんだ」


と光流に告げた。

喉はカラカラで声は上ずって震えもした。

頭に一気に血流が巡り足はガクガクとなったが悟られないよう必死に支える。

だがここではっきりと光流に対して決別することが凄く大切なことのように衛には感じられた。


「へぇ、そう」


スマホに向けていた目が一度大きく見開かれた後、顔を上げた光流の瞳には光がなくなっていた。

声もそれまでと違い冷淡だ。

関心をなくしたおもちゃに目を向ける子供を連想させた。


「お前の魅力ってルックスだけじゃないの?性格も今どき珍しいくらいの幼稚でクソみたいだし。それじゃただのチビじゃん。ハッキリ言って利口じゃないよお前」


自分の思い通りにいかずムキになる子供のようだと衛は思った。


「俺の親は弁護士と美容師やってから、俺に従えば色々美味しい思いもできるんだぜ?今なら頭下げて謝れば許してやるよ。俺は寛容だから」


「おいしい」を強調しもったいぶった言い方だ。

それが具体的に何を指すのかは衛には分からなかったが、碌なことではないと予想した。


「謝るつもりはないよ。それに柳君が謝るほうが先だから」


今度はハッキリ言うことができた。


「・・・馬鹿なやつ」


衛に対して本当に感心をなくしたようであった。

光流は再び視線をスマホに向けかけたが、チラリと衛を見た。

その目には含みがあるようだった。


「学校では仲良くしていこう」


最後に呟き階段を下りて行った。

光流とはそこで別れた。

衛はしばらくの間、その場を動くことができなかった。

最後のセリフがやけに不吉に響き胸にこびり付いていた。

冷静になるためにふと視線をポケットから取り出したスマホに向ける。

しかし液晶画面に映し出されるアプリの新着件数に変化はなく、そこにはなにも表示されていなかった。

その上今の心理状態で特別連絡を取りたい相手も衛には何故か思いつかなかった。

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