第10話転校生と若葉泉

チャイムの音が鳴り午前最後の授業が終わった。

ようやく訪れたお昼休憩。

教室中にどこか弛緩した空気が漂う。

育ち盛りの高校生にとっては、直前の4時限目の授業は空腹との戦いでもあった。

衛の教室であるB組は、今日の授業の合間である休み時間中も、転校生の容姿を見に他組の生徒が大勢顔を覗きに来ていた。

そのため多くのクラスメイトは空腹の他にいつもと違う精神面の苦労も生じていた。。

当の光流は多くの生徒が見に来ていても、周囲のクラスメイトに話しかけたりと自然体だった。

廊下との距離が近いにも関わらずそのような態度が取れるということは、目立つことに慣れているのかもしれない。

変に好青年を演じたりすることもな姿に好感が持てると衛は思ったし、周囲もそう思ったことだろう。

光流とは対象的に、午前中一番疲れた功労者は彼の隣の席である女生徒だったはずだ。

授業中や休憩中に度々光流に話し掛けられ、その度にうろたえながら相手をしていたのだから。

女生徒の名前は若葉泉といい、同学年女生徒の中で一番勉強ができた。

定期試験において毎度学年2位に位置している。

そんな彼女の上には伊藤志信が大きな壁として1学年の時から立ち塞がり続けている。

度々会話の中で暴走する志信であるが、勉強とスポーツのできる超人に変わりはない。


話は泉に戻る。

彼女の授業態度は大人しく模範的な生徒である。

おかっぱ頭に丸眼鏡と見るからに真面目・優等生と思わせる姿をしている。

制服のスカートも校則通り膝が隠れる位置で着ている。

ひょっとしたら優秀な彼女が最後尾にいたことも、光流の座席を考える上で考慮されたのかもしれないと、一限目の時に衛は思った。

衛と泉は小学生の頃からの付き合いであり、その当時から髪型に全く変化がなかった。

その上小柄で細身だったこともあり、「こけし」と男子に渾名(あだな)を付けられ揶揄(やゆ)されていた。

今も身長は150㎝あたりと女生徒の中でも小柄なことに違いはなかった。


衛には泉との間にこんな思い出がある。

小学生の頃、周囲の男子生徒たちがこけしと彼女のことをからかっていた。

当然同じ男子である衛もそれに加わるようけしかけられた。

しかし勉強以外にも花壇の水やりやクラスで飼っている動物の管理などを、一人で真面目にする彼女をバカにすることはできなかった。

花壇の水やりは頭(こうべ)を垂れている花を見かねてやっており、クラスで飼育していた金魚は事前にルールを決めたにも関わらず、結局彼女しか面倒を見なくなっていた。

衛は彼女をからかうどころか、逆に庇うことにした。

はじめは男子の話題を変えたりしていたがその戦法も苦しくなると、からかう男子と敵対するようになった。

この頃から”少数派の俺カッコいい”と思う歪(いびつ)な思考と、過度な正義感もしくは潔癖な性格が構築されはじめたのかもしれない。

そんな日々が続いた後、あれは体育の授業の後に運動場から一人戻る時だったか、泉が追い付き声を掛けてきた。


「私はからかわれても平気だよ。それよりも石田君まで仲間はずれになっちゃうよ」


いきなり話掛けられたことに驚き、この時の会話を今も衛は鮮明に覚えている。

丸眼鏡から覗く目は一人でも大丈夫と強い意思が込められているようであったが、強がりだということもよく分かった。


「俺もお前も悪い事はしてないし、馬鹿にされる必要はないよ。クラスで決めたルールを結局守ってるのはお前だけなんだし、普通は皆感謝しなくちゃいけないんだ。正直俺は男子が恐いけど負けたくない」


それは衛の素直な気持ちだった。

間違っていることには間違っていると言いたい。

もちろん友達から仲間はずれにされるかもしれない恐怖心はある。

それでもやっばり曲げたくない気持ちが強い。

ついついぶっきらぼうになる口調で泉の顔は見ずに話した。


「・・・・ありがとう」


一言そう言うと彼女も衛に顔を見せずに下駄箱へと駆け足で行ってしまった。

その後、金魚の面倒を泉しか見ていないことを先生が気付き、クラス全体が怒られたことで彼女をからかう習慣が減少した。

衛もクラスの男子との摩擦がなくなり元の関係へと戻った。

今でこそ泉と話をする機会はなくなった。

それでも衛の中では小学生の頃から変わらない彼女は尊敬の対象だった。


そんな若葉泉はお昼のチャイムが鳴ると弁当を持って席を離れ、別の教室にいる友人のもとへと移動していた。

話し相手のいなくなった柳光流は弁当を持って、何を思ったのか自席で昼食を取っている衛と隣のクラスから来た志信に声を掛けてきた。

因みに志信は席と席の合間の通路に、事前に断りを入れて借りた椅子を用意し座っている。

これは毎度のことだ。


「もし良かったら俺も仲間に加えてもらってもいい?当たり前だけど、知り合いがいなくてさ。流石に教室で1人で食べるのは辛いんだよね」


「俺は別に構わないぞ」


「俺もいいよ」


光流の爽やかな要望に対し、志信、衛の順に応じた。

光流は衛の左隣の空いている席に腰を下ろした。


「俺は伊藤志信。教室はA組で衛とは中学の頃からの仲だ。体育で顔を合わせることもあるだろうから、よろしく」


衛の頭上から志信は自己紹介した。

身長の高い志信は身を乗り出したりしなくても、衛越しに光流を見ることができる。


(背が高くて姿勢も綺麗なんて反則だよな・・・)


そんな考えが衛の頭をよぎったのも一瞬で、


「俺の名前は石田衛です。志信ほど頼りにはならないと思うけど、困ったことがあったら力になるよ。一年間・・・・・じゃなくて、約半年間よろしく」


衛の言い間違いに対して志信は無言で口元だけ緩め、チラリとこちらに視線を向けてくる。

衛は志信が何を言いたいのか瞬時に分かった。

よく志信に言われることだが、衛は少し爪の甘いところがあるようだ。

抜けていると表現してもいい。


「おお、すげー友好的な挨拶!嬉しいわ!!正直、誰に話し掛ければいいのマジ悩んでたんだよね。やっぱりクラスや学年におけるカーストって大切だからね。最初が肝心じゃん?」


と光流はテンション高めに笑顔を浮かる。

志信と衛の2人は彼の言葉に混乱した。


(カーストってインドのカースト制度のこと?)


と衛は思い浮かべた。

確かに小学生の頃から自然と仲のいい者同士がグループを作って生活してきたが、そこに上下関係なんて存在していただろうか?

同じ学年内で?

衛にはいまいち光流のいうカーストという言葉がピンとこなかった。

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