第8話朝比奈椿の爆弾発言と妙な沈黙

ホームルームまでの短い時間は、このように志信の心が一方的に傷つくことで幕を閉じた。

朝比奈椿の座席は衛と同じB組であり、廊下側の前から2番目にあった。

椿は予鈴が鳴ったことで衛の前の借りていた席を立つ。

一度は自身の席に向かおうと背を向けた彼女だが、ふと思い出したように立ち止る。

そして自分の教室であるA組に向かう伊藤志信と、彼の心の傷を案じ後ろから付いて行こうとする石田衛の背中に向かって、


「あんたたちって本当に仲が良いのね。一部の女子にはあんたらが密かに付き合ってるんじゃないかって勘ぐってる子もいるんだからね。マモ!あんまりそいつにくっつき過ぎない方がいいよ。誤解されるだけなんだから」


と意地の悪い笑みを添えてこちらに言い放ってきた。

そのセリフを聞いて衛と志信の動きは時が止まったようにピタリと固まった。

気のせいかもしれなが教室も静かになったように感じた。

再び2人の時が動き出すのにわずかな時間が必要であった。。

衛は椿の忠告にそんな風に考える人がいるのかと唖然としてしまう。


(中学の時からの仲とはいえ、そんなに志信と一緒にいるつもりはなかったんだけどな・・・いやそれ以前に男同士なんだから・・・そんな訳ないじゃないか!?いや、でも人を好きになるのに性別は関係ないって話も聞いたことある・・かな・・・)


一気に加速した衛の頭は混乱し目まぐるしく回転する。

一方の志信は、


「フハハハハハ!衛君と噂話があるのか?それは光栄なことじゃないか!なぁ衛君!!これからも俺と”仲良く”やっていこうじゃないか!他に女が寄り付かないようにな!」


妙に”仲良く”のところを強調して、わざとらしい口調で椿に向け負けじと言い放つ。

朝から心の傷口が広がってばかりの志信は、完全に壊れてしまったようだった。

そんあ志信を椿は心底嫌そうな顔で見ており、周囲の生徒たちも引いた顔をしていた。

いくら仲が良いとはいえ、衛も正直この時ばかりは他人のフリをしたくなったが、どこか哀愁をただよわせる志信を放っておくことはできなかった。


2人でB組の教室を出て隣の教室に向かう。

A組のドアの前に来た時には、志信の調子はいつものものに変わっているようだった。

ホームルームの始まる自分の教室の前に来れば、自然と気持ちも切り替わるものなのだろう。

そんな姿を見て、こんな短い距離をわざわざ付いていく必要なんてなかったかなと衛は思った。

ただ志信は方は違っていたようで、衛に正面を向き


「さっきは顔について言って悪かったな。すまんな」


と丁寧に謝ってきた。


「えっ急にどうしたの?」


本当に突然のことで驚いてしまう。


「いや、親しき中にも礼儀ありってことだよ。」


衛が顔について言われたくないのを志信は知っている。

気持ちが切り替わったことで、それを思い出したのだろう。

志信のことを素直に尊敬できるのはこういう所だったりするのだろうな、ふとそんな気持ちに衛はなった。


「志信らしい言い方だね。ううん、俺は全然気にしてないから大丈夫。気を遣ってくれてありがとう」


「お前とはこれからも仲良くやっていきたいからな!」


心のわだかまりが取れたようでスッキリとした笑顔を見せる。

志信のそんな様子に衛もつられて笑みを返す。

いつもであればこれで志信を見送り衛は教室へと引き返すのであったが、今日の衛は胸にしこりを感じた。


「あのさ・・・・俺たちってこんな会話をドアの近くでするから変な誤解が生まれるんじゃないかな?」


先程の椿の言葉が思い出し衛は不安を口にする。


「・・・それは・・・そうかもしれんな・・」


衛の言葉を聞いて志信も何とも言えない表情になる。

椿に対して適当なことを言って咄嗟に笑いにしてみたものの、直前の会話を考えると本当に誤解を生じさせそうだと思い至ったようだ。

2人の間に妙な沈黙が流れる。


「「・・・・・・・」」


お互いにそれ以上何も言わないまま、志信とはそこで別れた。

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