第5話通学路にて
会話のぎこちなさは衛と結衣の間に一向に消えなかった。
それでもお互いに尊重し合いながら仲良く会話を続けることができた。
会話に夢中になるあまり、気付いた時には高校への最寄り駅に差し掛かっていた。
(時間が経つのがあっという間に感じる)
夢から覚めたような気持ちに衛はなった。
駅の改札を降りる頃には同じ高校へ向かう生徒が沢山いる。
登校時間なのだから当たり前だ。
当然、知り合いも多いことだろうし好機の目に2人は晒されることになる。
果たして結衣はそれをどう思うだろうか?
別々に降りて登校することを結衣に提案しようかと躊躇(ためら)いがちに口が開く。そんな衛の姿を結衣は首を傾げて見ている。
口元にはほんのり笑みが見える。
(まだ話していたい)
衛は当たり障りのない話を口にし2人で学校にまで行くことを決めた。
知らない内にずっと思っていたこと。
”結衣と会話する”それが今実現しているのだ。
それを自分から放棄したくはなかった。
改札を降りると人の数はそこから一気に増えた。
大半が同じ高校の生徒たちだ。
衛と結衣の家は学校に向かう際、下り電車で向かうことになるため、通勤ラッシュとは無縁だ。
しかし、上りに向かう電車からも生徒たちは降りてくるため、合流する改札口では人で溢れかえることとなる。
2人が通う丘陵高校は私立の比較的偏差値の高い進学校であった。
電車の沿線上にある他高校の中でも上位に位置し、辺鄙な場所にあることでも有名な学校であった。
周囲には民家や住宅街が多いものの、この時間の多くは丘陵高校に向かう生徒が大半を占める。
そして通行人や駅に向かう通勤者は時間帯をずらすことで混雑を回避していた。。
そんな登校する生徒たちでごった返す中、当然男女で登校する者も見かける。
衛の自意識過剰かもしれないが、結衣との登校は妙に周囲の注目を集めているように感じられた。
(やっぱり結衣の方が身長高いから目立つよな・・・)
コンプレックスから来る被害妄想で衛の胸がチクリと痛む。
衛と結衣の知り合いも登校しており、驚いていたり、ニヤニヤ笑っていたり、ヒソヒソと会話していたりと様々だ。
「なんか皆の目が気になるね?」
好奇の目に耐えきれず衛が口にしてしまう。
「・・・うん。私もさっきから気になってた・・・」
そう答える彼女が若干緊張しているように感じられた。
「俺たち目立つことしてないよね」
「・・・たぶんしてないと思う」
そうは言いつつも、結衣も心のどこかでこうなるのは予想していたように感じられた。
「・・何も悪いことしてないのに、時々居た堪れない気持ちになることってあるよね。不思議だよね。俺たちは堂々としていようね」
自分を鼓舞するつもりで言う。
言いながら本当に可笑しな気持ちになってしまったから驚きだ。
衛は思わず笑ってしまう。
「・・!・・そのセリフ・・・」
そんな衛の脳天気な反応とは対象的に、結衣は弾かれたように驚きの表情を衛に向ける。
そんな結衣の様子を見て、何か変なことを言っただろうか?と衛は不安に襲われた。
前にも似たようなことを言ったことがあっただろうか?と考えようとするも思い出せない。
「・・・・・」
結衣の言葉の意味が知りたくなり顔を窺う。
それが偶然にもお互いに見つめ合う格好となった。
「!!」
結衣は急いで前を向き、顔を赤らめ俯いてしまう。
衛も彼女のそんな仕草に理由もなく顔が熱くなった。
そして自分が見上げる側だったことに心がまた痛んだ。
そんな彼らの反応に周囲の生徒たちはどこか白けた空気を出していた。
敏感にそれを察知した衛と結衣の2人は周囲の視線から逃げるように、口数も少なく早歩きで通学路を歩いた。
学校に到着し昇降口の前に来ると、結衣は突然思い出したかのように古文の抜き打ちテストの話題を口にした。
衛のクラスがまだ実施前だと思い至り教えてくれたのだろう。
抜き打ちテストのことを知らず驚く衛に、結衣は快くテスト範囲が書かれているルーズリーフを手渡してくれた。
渡す際に”人に見せる予定がなかったから汚い字でごめんね”と言われた。
衛はバックにしまう際にチラと文字を見たが、丁寧で綺麗な字がそこには書かれていた。
ひょっとしたら結衣はずっと口にするタイミングを見計らっていたのかもしれない。
ふとそんな考えが頭をよぎった。
そう思うと無性に嬉しくなった。
丁寧に結衣にお礼を言った。
結衣は今日一番の笑顔をしてくれた。
抜き打ちテストが終わったら直ぐにルーズリーフを返すことを結衣に約束した。
結衣は”焦らなくても大丈だから”と微笑んだ。
靴を履き替え2人は階段を上り2学年の教室へと向かう。
2年A組の教室の前で結衣とは別れ、衛は隣のクラスであるB組へと向かった。
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