第4話幸せの景色

最後に羽柴結衣と会話したのはいつだったろうか?

故意に遠ざけていた記憶はない。

いや思春期に入り周りから囃し立てられるのを恐れて、親しく接することに抵抗を感じるようになっていた。

今もそうだ。

そして気づけば話す機会は殆どなくなっていた。

結衣に抱く強い印象が小学生の頃で止まっていることから、そのあたりを境に自分と彼女の時間はストップしているように感じられた。

随分内向的になったとは前から思っていたが、話してみるとやはり昔のイメージとのギャップを感じる。

ただそれは結衣も自分に感じていることかもしれない。

お互い異性として意識することで多少なりとも違和感を感じるのは当たり前だ。

それでも会話の随所に自分の知っている彼女が垣間見えて、衛は安心することができた。

話の流れでスマートフォンの連絡先を交換することになった。

そして2人だけの時は昔のように、お互いに名前で呼び合うことを決めた。

流石に突然学校内でまで呼び方を変えるのは周囲の注目を集める可能性があったので止めることした。

連絡先の交換を切り出したのも、名前で呼び合うことを提案したのも衛の方からだ。

それは酷く勇気が必要なことだった。

ふと思い付いたような感じで切り出したものの、断られたらどうしようという不安で一杯だった。

幼馴染なのだから当たり前のようにも感じるし、まるでナンパまがいなことをしているような後ろめたい気持ちにもなり、衛の頭はその狭間で混乱していた。

心の奥の奥、無意識とは違う場所に、結衣に対して下心がある自分にも気付いていた。

それも混乱の原因だった。

仲の良かった幼馴染で友人だった頃の結衣と、その後疎遠になり美しく成長した今の結衣の両方に対して抱く想いに、衛は頭の整理がついていなかった

衛の要求に対し結衣が快く応えてくれたことが、せめてもの救いであった。

せめて彼女の見える小ぶりな笑みが遠慮や優しさからくるものではないことを、衛は強く願った。


先にも触れた通り石田衛は一人で通学することが大半であった。。

それは四季の変化を誰にも邪魔されずに五感で感じたいのが理由にあった。

幼い頃父がよく散歩に連れてってくれたことが起因しているのかもしれない。

決して口数の多い父ではなかったが大地を靴の裏で味わうようゆっくりと歩き、訥々(とつとつ)としゃべる父の姿が衛の脳裏にいつまでも残っていた。

そして大きく感じた父の手の温もりも。

衛はいつの頃からか肌を通り過ぎる風・空の色・生い茂る草花・いつもの町並みが、その日の体調や気分によって違った風に感じるようになっていた。

その変化を味わいたい・楽しみたいと強く思う故に1人で歩くのが好きだった。


今、衛の隣には羽柴結衣がいて、彼女を目の端に捉えつつ見る景色は一人で見る時以上に綺麗に映った。

葉の一枚一枚が青々と輝き、空はまるで自分たちを包み込むようであり、正面から撫でる風は旋律のようであった。。

ふと両手を合わせて祈りたい気持ちになった。

そんな幸福感が衛の心一杯に膨らんだ。

できれば結衣もそんな気持ちであってくれたらいいなと思った。

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