第31話山の変化 村人の変化 奉公の内容

翌日、いつもよりも少し遅くに目を覚ました権兵衛と菊右衛門の2人は、家の外から聞こえてくる話し声で目が覚めた。

どうやら騒いでいるらしく、何かあったのかと権兵衛は眠気眼のを擦るようにして、家から出た。


「権兵衛さん見てくださいよ!」


挨拶どころではないらしく慌てた様子で村人が指で山の方を指している。

何事か分からない権兵衛も釣られて見てみる。

村人が指し示した箇所は山の禿げ上がった箇所。

土砂が流され木々も一緒に失われてしまっているところであった。

そこがなんと草で覆われ生命力に溢れた緑の絨毯となっていることが、遠目からでもハッキリと分かった。


「・・・・・・・・」


これが山泰坊の言う山の主を変えた効果なのだろうか?

確かに昨日まであの場所は地面がえぐれ地肌が露出していたはずだ。


「修験者さんの言った通りこれからこの山はどんどん潤うだ!」


そう言う隣の村人は喜びを爆発させるように体を丸め両腕に力を込めている。

それだけここ苦しい期間が長かったを表している。

権兵衛も素直に喜びたい気持ちで一杯だった。


「これは凄い・・・一体何が起こったんじゃ」


遅れてやって来た菊右衛門が歩きながら驚愕に目を見開いている。

その姿は服を整え山歩きの格好だ。

隣の村人に様子を聞きながら挨拶と自己紹介をしている。

儀式が遅くに終わったこともあり、儀式の場所から近いこの村で泊まったことに、疑いをもつ者はいないだろう。


「権兵衛さん」


と菊右衛門は権兵衛に話しかける。


「わしの村の様子も気にかかる。泊めてもらって助かった。ありがとう。このままここを発つことにするわ」


「そうですか。それではまた会いましょう」


挨拶もほどほどに菊右衛門は帰って行った。


それから菊右衛門とは一ヶ月の間に3度会うこととなった。

その話し合いの中で、千代さんが聞いたという声が息子の助治(すけじ)であることが分かった。

少し声が低く特徴的だった助治の声を間違える訳がないと、千代さんは確信を持っていることが菊右衛門の話からうかがえた。

この一月の間の変化は筆舌に尽くしがたいものがあった。

山泰坊は2日ほと寝込んでいると、その後は山へと向かった。

偶に一日ほど村に滞在すると、また山へと帰っていく。

その様子を訝しむ村人はいない。

天候は一週間の内5日は晴天、2日は雨といった調子が続いていた。

作物はすくすくと育ち、今年の暮らしを心配していたのが嘘のように順調に実っている。山々の木々や花々もまるで災害がなかったかのように、生命力に溢れた姿をしている。

枝や花弁をこれでもかと伸ばし成長する様子は、村人を勇気づけたことだろう。

山の環境が変わることで村人たちにも変化がおとずれた。

性格が陽気になり日々の変化が嬉しくてしょうがないようだ。

早く辛かった日々を忘れてしまいたいように権兵衛には映った。

それは菊右衛門にも同じことが言えた。

あれだけ山泰坊に不信感を抱き奉公のないようを気にしていた菊右衛門が、3度めに会った時にはそのことを頭から忘れているようであり、権兵衛を愕然とさせた。

権兵衛はそろそれ一月になる事を菊右衛門に話した。


「すまんな、権兵衛さん。わしも千代ばぁも家族が残っとる。あいつらが元気になる様子を見ていたらスッカリ忘れとったわ。勝手言うようじゃがわしはあいつらが健やかならそれでええと思っとる」


まぁそうだろうなと権兵衛は思った。

所詮この人と自分とでは動機が違うのだ。

それなら自分が山泰坊に問い詰めればいいだけの話だと思った。


約束の一月の日に山泰坊は山から下りてきた。

そして村人をつかまえると儀式のあった場所に村人を集めるよう言伝を残した。


その夜もこの一ヶ月と同じように月の光の美しいよるだった。

前回の儀式と同じく40名ばからの村人が5つの村から揃った。


「集まってくれたこと感謝する。それで山の変化はお気に召してもらえただろうか?」


淡々と話す山泰坊。

村人たちは誰もが大きく頷いている。

その中には菊右衛門とその隣にるのは千代ばぁと思われる老婆の姿があった。


「それでは奉公について話をする。よく聞いて欲しい。この場所は儀式の中心地となる。それと同様のものを他の村の周辺にも作った。”ミギテ”と呼べれる者たちはそのいずれかから現れることになる。その者たちを捕らえ山の主へと奉じてもらいたい。それだけだ」


村人たちを見渡しながら淀みなく話す山泰坊。

村人はその内容がいまいち分からず口を挟む者はいない。


「・・・・ミギテとは何ですか」


権兵衛とは別の村の女性が尋ねる。


「ミギテとはここの世界とは別の所から来る大罪人のことだ。自身の死を願い山の主に捧げられることを望んでいる者たちだ。彼らがいつこの山にやってくるかは未定だ。それに姿を見ることもでいない」


「「「!!?」」」


山泰坊の発言に一同頭が混乱する。


「心配するな。彼らも腹を空かせている。この山から採れた作物と水を飲むことで見えるようになる。その仕組は山の主が望んでいるからとしか言えない」


権兵衛は山泰坊の話を鵜呑みにする気はなかった。

しかし、そう思っているのが自分一人だけな気がした。

何故なら他の村人たちは山泰坊の言うことをただ頷いているようだからであった。

山泰坊はその後報じる手順を説明すると、話を切り上げた。

その場には静寂が訪れていた。


「あの・・・・亡くなった者たちはどうなったのですか?あの世で幸せにくらしているのでしょうか?」


勇気を振り絞って権兵衛はずっと聞きたかったことを聞いた。

村人の間に一気に嫌な空気が流れるのが肌に感じられた。

しかし、聞かずにはおれなかった。

そのためだけに生きているようなものであったのだから。


「・・・・・彼らは山の主の贄となった」


目を瞑り静かに答える山泰坊は簡単に説明した。

権兵衛は”贄”という言葉を聞いて膝から崩れ落ちそうになった。

頭が真っ白になったのだ。


「それでは・・・・家族とはもうあの世で会うことはできないのですか?」


「権兵衛さん!!」


菊右衛門かもしくは同じ村の人からか嗜めるように名を言われた。

しかし、権兵衛はそれを無視した。


「もし・・・・そなたがそれを望むのであれば・・・・最後の時は山の主に身を捧げることだ。そうすれば会えるであろう・・・・・薦めはしないが」


はじめて口を濁す山泰坊の姿に権右衛門は不吉なものを感じた。

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