第30話深夜の密談
山泰坊の鎮魂の儀式が行われた日の深夜。
月の明かりは雲に隠れ、山に暮らす全ての生き物が時を止めたような静寂が一帯に訪れていた。
権兵衛と菊右衛門は虫の音も聞こえてこない静まり返った村で話し合いをした。
誰の耳と目があるか分からないことから、部屋の隅に置いてある燭台には火を灯さなかった。
お互いに相手の顔も満足に見れぬ中、あぐらを掻いて向き合いながら、声を落して話すことにした。
お互いの村の近況からはじまり不作による被害状況などを詳しく語り合った。
菊右衛門は物の怪のたぐいは信じていなかったものの、山の主に対しての信仰心が強く
あることが分かった。
その点は権兵衛も似た考えを持っていた。
権兵衛は素直にただ死を待つ自分の心境を話した。
その上で山泰坊の儀式の時に死者の悲鳴とも呼べる声が気にかかっていると打ち明けた。
「もし、鎮魂の儀式だと言うのであれば、死者は見送られる際にあんな絶叫を上げるだろうか?」
ずっと気がかりだったことを菊右衛門に打ち明ける。
「わしも同じ考えじゃ。あの時叫んどったのは千代さんじゃ。亡くした息子の名前をしきりに叫んどった。わしも同じ村じゃから声を聞いたことがある。確かに似とった」
「それに山泰坊も亡くなった者のことを何も言わなかった。あれは不自然に思います」
「同感じゃ」
菊右衛門の話によると千代さんと言う人からも話を聞けそうだと権兵衛は思った。
今度は菊右衛門が口を開く。
「わしの両親は山の主を信じとった。半年に一度は権兵衛さんとこから近い禁領地の側まで足を運んで、豊作を祈っとった。2人も”山の主を疑ってはいけない。祈りは山々を巡って忘れた頃に恵みをもたらしてくれる”って口を酸っぱくして言っとった。そして”いつか山の主に助けが必要な時は、わしらが力になってやらんといかん”とも言っとった。その言葉を素直に信じとるわしじゃない。それでも親の気持ちを裏切れん気持ちもある。もし間に合うのなら山の主に手を貸したい」
「立派なことです。菊右衛門さん。私の両親も熱心に祈っておりました。それを思い出しました。あんな山の主を無理矢理引き剥がしてすげ替えるような真似をしていいのか、甚だ疑問があります」
「分かってもらえていがった。それでは一週間後また村の様子を話せんか?その間に千代さんからも話を聞いとく」
「そうしましょう。ただくれぐれも内密にしましょう。菊右衛門さんには家族もいらっしゃるのだから」
「分かっとる。わしも迷惑はかけたくないからな」
極めて閉鎖的な村では些細な変化でも隣人にバレてしまうことがある。
権兵衛と菊右衛門の行動は山泰坊が村々の心の隙をついて行った行為に反発するものだった。
修験者という幾多の山々で修行をし徳のある人物を疑うことは、村を混乱させる。
ましてや儀式は終わってしまっているのだ。
引っ掻き回すような行為は傷心している村人たちの怒りを買うことだろう。
その危険性を十分に確認し合い、翌日から2人は分かれ何食わぬ顔で元の生活へと戻った。
山々の変化は一週間を待たずして現れた。
それは権兵衛、菊右衛門も含めた村人たちにとって眼を見張るものだった。
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