第28話鎮魂の儀式

山泰坊は近隣の村々の居場所を権兵衛たちから聞くと、一度出ていった。

死者の鎮魂葬を伝えに行きがてら、山の主の声や死者の声を聞いてくると言っていた。

権兵衛はそんなことが果たして可能なのか疑問に思ったが、少しでも死者が慰められるのであれば、何でも良かった。

山泰坊が再び村を訪れたのは15日ほど経ってからだった。

この周辺に村は5つある。

その村々を1人で巡ったとなると、それくらい時間を要するだろう。

祈祷しながら随分無理をしたのだろう、初めて会った時と違いヒゲは伸び、白装束は泥で汚れていた。

地下足袋もボロボロになっていた。

見知らぬ土地の事情にここまで親身になってくれる山泰坊に、権兵衛は胸が熱くなった。2日間、山泰坊は住人が亡くなり空き家となった家で休みを取ると、村の中腹で鎮魂の儀式を行うこととなった。

遺体はどれも腐敗しており埋めてあった。

その遺体はどうするのか?と権兵衛は聞いてみた。

すると、「山とは1つの集合体であること」「例え場所は違っていても行き着く先は同じである」と言ってもらえた。

それなら家で病に倒れた孫も土砂に埋もれた娘夫婦も今頃同じ場所で一緒にいることだろう。

権兵衛は少し救われたような気持ちになった。

その時山泰坊は妙な事を聞いてきた。

山の主に不満はないか?と。

権兵衛の中に山の主を敬う気持ちは失われていた。

正直にその話をすると山泰坊は「そうか」と一言告げた。


鎮魂の儀式の日がやってきた。

その日は月の光の綺麗な夜だった。

儀式を行うには格好の天候だった。

村人たちは口々に生きてこの月を見て欲しかったと死者を嘆いた。

権兵衛も同じ気持ちだった。

山の中腹には他の村からやってきた者たちも大勢いた。

それでも5つの村を合わせて40名もいなかっただろう。

見知った者の姿がないことで権兵衛はさらに暗い気持ちになった。

いよいよ儀式がはじまった。

まず山泰坊は飢えや病で死んでいった者の供養を儀式である旨を、説明した。

次いでこのような被害が二度と起きないよう、山の主を改める旨を言った。

権兵衛が生まれる前から山の主を崇めてきた。

幼少の頃より毎日のように祈り、村の一角に場所を設け水・作物などを感謝として捧げてきていた。

その山の主が変わることに抵抗はあった。

しかし、もし山の主が本当にいるのであれば、今回の壊滅的な村の状態に対する恨みがあった。

それは権兵衛だけではなく、山泰坊の発言を否定する者は現れなかった。


それは不思議な光景だった。

山泰坊が村人から少し離れた所で祝詞を唱え始めると風が少し吹いてきた。

それは彼を中心にして流れ込んでいるようであった。

その内ザワザワと音が聞こえてきた。

権兵衛は最初風の擦れれる音だと思った。

しかし耳をそばだてて聞いてみると、まるで悲鳴のように聞こえた。

村人の中には声に心当たりがるようで、しきりに亡くなった者の名を叫ぶ者もいた。

それは死者が最後の別れを惜しんでいるように権兵衛には思われた。

その声も次第に風の中にかき消えていった。

山泰坊の声が大きく激しくなる。

いよいよ風は強く吹き荒れ山々の木々が大きくしなる。

ガサガサと葉の擦れる音がぐるりと周囲から響き渡り、まるで山が何かから逃れようとしているように、権兵衛には思えた。

権兵衛は少し前から不安が募っていた。

これは鎮魂の儀式であり死者のため村のために必要なことだ。

しかし心のどこかで何か怖ろしいことが行われている気がしてならなかった。

一生懸命否定して様子を見守ることにした。

今にして思えばあの時山泰坊を止めに行けば良かったと思っている。

一陣の強烈な風が吹いた。

権兵衛はまるで山が力の引っ張り合いに敗れたような気がした。

どれだけ否定しても胸にどこか寂しさを感じる自分がいた。

山泰坊が儀式の終了を告げた。

儀式の時間はは50分ほどだったろうか。

村人に向かってくる山泰坊の足取りはフラフラとよろめいており、疲労困憊の体だった。そして次のことを村人に説明するのであった・・・・。

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