第27話村の地獄 権兵衛の地獄 ツクモの地獄 山泰坊の思惑

凶作に村は悲鳴を上げていた。

前年から天候は極端なものになっていた。

例年に比べ雨が降らないで気を揉んでいると、急に嵐のような大雨が降り続き作物を腐らせてしまう。

出来ることと言えば祈ること。

神仏、山の主に祈ることでしかできない。

雨漏りのする家の中で禁領地に向けて頭を垂れて両手を合わせる。

男の名は権兵衛。

昨年、娘夫婦に子供が生まれていた。

初孫であった。

生まれるまで知ることができなかぅた。

孫の愛おしさと愛らしさを。

自分のこれからよりもどうか孫が丈夫に育って欲しい。

祈ることはそればかりだった。

次の年を迎えた。

権兵衛はやせ衰えていたがなんとか生きていた。

孫は流行り病で死んでいた。

娘夫婦は薬を得るために麓へと行った先で足を滑らせ2人とも帰って来なかった。

遺体は雨で流された土砂でまだ見つかっていない。

遺体の捜索はしていない。

村はそんなことができるほど余裕がないのだ。

死者は村人の過半数を超えていたのだから。


ツクモは声にならない悲鳴を上げていた。

山の主として村々の壊滅的な惨状に目を背けてしまいたくなる。

1人また1人と生まれた時から知っている者たちが、痩せ衰えて死んでいく。

その弱まっていく心臓の鼓動が、彼らの踏みしめる土から、横になる座敷の底から、聞くともなく聞こえてくる。

日に日に聞こえづらくなってゆく鼓動に胸を締め付けられ、涙し、声を枯らして叫んでも天候は思うようにはならなかった。

太く立派だった木々も土砂と共に流されていき、地肌が顕になる。

人で例えるなら皮膚がめくれることに等しい。

空気が触れるだけでも痛みが走るだろう。

山と1つだったツクモは当然その痛みに襲われる。

しかしその激痛もツクモは平気だった。

むしろ感謝した。

村人や野生の動物だちの悲鳴を聞くことしかできない自分には、罰を与えてくれる何かが必要であったのだ。

理由は分からない。

しかし気付いた時には風も天候もツクモの言うことに耳を傾けてくれなくなっていた。

仲が良いとかそういう次元ではないのだ。

ただ”必要な時”は風に天候に告げることで、雨や風向きを望む通りにしてもらっていた。

ツクモも必要があれば山から水蒸気を出し、風と雲に協力してきたのだ。

その関係が完全に狂ってしまっていた。

自分にはどうすることもできない状況。

それでも山が目となり耳となり触覚となり嗅覚となり味覚となり訴えかけてくる。

ツクモの心は壊れようとしていた。

その地獄の時が突然止まったのだ。

気付いた時は力を失い自身の体の形を保つこともままならない状態へとなっていた。

なんとか猫の姿を思い浮かべ形を保つことを成功させることができた。

原因は1つしか考えられなかった。

新しい山の主に自分の居場所を奪われたのだ。

本来であればあり得ない何らかの術を用いて。


権兵衛は生きる気力をすっかり失っていた。

若い者がバタバタと倒れ生き残ったのがこんな爺である自分であることに、絶望していた。

早く会いたかった。

娘夫婦と孫の顔に。

そう思い最後の時が来るのをただ待っていた。

死の手段に自殺は選べなかった。

それは生きることを望んでいた者たちへの冒涜でしかないと思ったのだ。


そして”その男”は突然村にやってきた。

一言で表すなら修験者だった。

権兵衛はずっと村で暮らしていたが、初めて見た。

白い衣装に地下足袋(じかたび)を着、腰には法螺(ほら)手には錫杖(しゃくじょう)を身に付けていた。

その男は山泰坊(さんたいぼう)と名乗った。

山泰坊は村々の悲惨な状況に涙し、近隣の村々の中心地で死者を丁重に冥土へと送ることを提案した。

残された村人たちは権兵衛も含めてそれに承諾した。

少しは心が晴れるだろうと思ったのだ。

今にして思えば山泰坊の言うことを鵜呑みにしたのが間違っていたのだろう・・。

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