第26話心の咆哮

藪の中でタイヨウの様子を見ていたツクモにはタイヨウの行動が理解できなかった。

老婆たちをやり過ごすことができたのだ。

それを自分から声を掛けるなど信じられなかった。

それにタイヨウらしくないと思った。

短い時間にツクモが感じた北風タイヨウという人物は、幼いながらもしっかりと頭の回る人物だと思っていた。

現状を受け入れ我慢する忍耐強さと、想像力、柔軟性を持ち合わせていると思っていた。そんな彼が何を思って”話し合い”を望んでいるのか分からない。

老婆たちに見つかった以上抵抗しなければ、ミギテとなって捧げられてしまうというのに。


老婆たちは老婆を中心に左右に老爺が立ち並ぶ陣形と取る。

そのままジリジリと距離を詰めてくる。

問答無用で襲いかかってこないのは、これまで隠れていたミギテが急に姿を現したことに、違和感を覚えたからだろう。


「おい、小僧!おめぇ何を考えている。自分から声を掛けるなら散々機会はあったじゃろうが!」


警戒するように右側の老爺が大声で唾を飛ばし問い詰める。

その手には縄が握られており、いつでもタイヨウを捕まえる準備はできているようだ。


「気が変わった。俺はミギテになるつもりはないけど、お婆ちゃんたちのことが知りたい」


「何を言っとるんじゃこいつは?わしにゃサッパリ言うとることが分からんぞ?」


毅然として言い放つタイヨウに、右側の老爺が老婆に同意を求める。


「わっぱ、そこに何の益がある?何を企んどる?何か勘違いしとらんか?わっぱはミギテでしかなく、ただの人柱よ。わしらと話すことなんか何もありゃせんよ」


落ち窪んだ目老婆はタイヨウに向け威圧する。

敵対するツクモも老婆の言うことに道理を感じた。


「俺は知りたくなったんだ。何で元々いた山の主を諦めるようなことをしたんだ?なぜ新しい山の主を祀るつもりになったんだ?」


「なぜそのことを知っとる!?誰の入れ知恵じゃ!」


右側の老爺が詰問する。

大きな口から覗く歯は数える程度しかなかった。


「こいつに聞いた。元山の主のツクモだ」


タイヨウは藪の中にいるツクモに手で示す。

ツクモは急に呼ばれて心臓が飛び跳ねたが、諦めたように藪から姿を現すことにした。


「タイヨウ、一言言っておくけど・・・」


「ただの白猫が山の主じゃと?わしらを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


老婆がツクモの姿を見るや激怒する。

今度はタイヨウが驚く番であった。


「何言ってるんだ!?喋る猫なんてそうそういないだろ?」


「しゃべる猫じゃと?イカれておるのか?小僧!にゃあとしか言っとらんぞ!」


右側の老爺のセリフにタイヨウは耳を疑った。


「あなたに言ったでしょ。私たちの言葉を彼らは理解できないのよ」


この場合の私たちはツクモとウロのことだ。

ツクモは呆れたように頭を垂れてタイヨウに説明する。

タイヨウもツクモの言葉にハッと思い出したようだった。


「婆ちゃんたちには鳴き声にしか聞こえなくても、確かに山の主なんだ。俺がミギテのことを知っているのも、この猫からこの山の事情を聞いたからなんだ」


「それがどうした?聞いたのなら大人しくミギテとして奉られろ。それがこの村々のためなんじゃ」


右側の老爺が島縄を持つ手を強く握りしめ、重心を一層前にする。


「だから、ミギテが必要になったのは何でなんだよ!?それまで必要としなかったんだろ?」


「それこそ小僧の知る必要のないことじゃ!」


老爺は一際大きな声を出すと、ずいと前に進みタイヨウに掴みかかる。

ツクモはその光景に驚き動くことができない。

タイヨウの肩に乗るウロも同様だった。


「「タイヨウ」様」


ツクモとウロの悲鳴が聞こえる。

タイヨウはあぐらをかいたまま、自分に伸びる腕を掴み取った。

老爺の腕はとても細かった。

シワシワで血管がいくつも浮かび上がっていた。

強く握ればタイヨウでも骨を折ることができそうなほどであった。


「ぐぅ、こいつ!手を離せ!ミギテのクセに抵抗するのか!?」


信じられないものを見るように老爺は目を見開き、痛みからか顔中から汗を滴らせる。

ツクモもウロも同じく驚いていた。

タイヨウは直ぐに手を離した。


「今までどんなミギテを見てきたのか知らないけど、俺はただのミギテじゃない。死んでないからな。正確に言うとミギテですらないよ。だからとことん抵抗する」


「それとツクモとウロは何もしないでね。ここま俺に任せて」


タイヨウのセリフを聞いて老婆たち3人とも、はじめて焦りの顔を浮かべる。

そしてツクモとウロはタイヨウの言うことに無言で頷く。

それまでと明らかに違うタイヨウの姿にそうすることしかできないようだ。


「何故そんなやつがここに紛れ込んだんじゃ!?」


老婆が納得のいかないわだかまりを吐き出すように呻く。


「ねぇ、そんなことより、なんでお婆ちゃんたちはそんなにガリガリに痩せてるの?ミギテの儀式で山は潤ってるんじゃないの?」


「「「!?」」」


老婆たち3人とも虚を疲れたようにピクリと反応する。

まるで頭の片隅で抱く不安を言い当てられたように。

まるで親に隠し事がバレた子供のような仕草だった。


「お婆ちゃんたちがここ通り過ぎて行く時、俺は納得ができなかった。お婆ちゃんたちのその姿が。本当に意味のある行為なら、何でそんなに痩せ細ってるの?」


「何も知らんガキが黙れ!意味ならあるわ!剥げておった山が見事に元の姿にまで戻ったんじゃ!それに作物もちゃんと育っとる。天候も安定しとる。良いこと尽くめじゃ!」


心の迷いを振り払うように老婆は声を荒げる。

タイヨウにはその姿が、自分に言い聞かせ無理に納得したがっているようにしか見えなかった。


「それなら元気だよね。俺を無理矢理連れて行くといいよ。でも俺はさっきしたように抵抗するから!」


タイヨウの心は老婆たちを日の光の下正視した時から、どこにぶつけたらいいのか分からない憤りで占められていた。

もし仮にミギテの儀式が意味のあるものなら、何でこんなにヨボヨボに衰えた姿を老婆たちがしているのか?

意味がないのであれば、犠牲になったミギテの人たちは一体何の為の犠牲なのか?


(誰だって人を犠牲にしたい訳なんてないんだ!するならせめて幸福でいて欲しい。そうじゃなければミギテだった人たちが浮かばれない!!)


「あなたたちは幸せになりたくて儀式をしているんじゃないの!?それならどうか健やかな姿でいてくれよ!!!!」


まるで山全体に響き渡るような絶叫だった。

タイヨウの心の全てを解き放つかのようであった。

自然と涙が目から溢れていた。


納得がいかなかった。

例え人の道を踏み外す行為であっても、犠牲があるのであれば報われなくてはいけない。そんなことがあって欲しくない。

そんな世の中であって欲しくない。

そんな人を見たくない。

世の中の仕組みなんて分からない。

自分の我儘でしかないかもしれない。

でも・・・・でも・・・それを受け入れることができない。


「理由は分からん。でもここで育った作物を食べても肥えんのじゃ」


ポツリと静寂に声が聞こえた。

その声は今までずっと黙っていた左側の老人のものだった。

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