第25話再び老婆と老爺たち

「・・・・なんか聞こえた気がするねぇ」


それはか細く耳障りな声だった。

タイヨウもツクモもウロもその場に息を殺し立ち竦んでしまう。


ジャリ・・ジャリ・・と草木の生い茂る見通しの悪い道の先から、ゆっくりと泥濘んだ地面を歩く足音が聞こえてくる。

ツクモとの話に夢中になっていたせいで、老婆との接近に気付かなかったようだ。


(クソ、なんでこんな場所にいるんだよ。この先は禁領地じゃないのかよ)


胸の中で舌打ちをする。

ただ、じっとしていても下りてくる老婆と鉢合わせをしてしまう。

見えていなくとも触れたり声を聞くことで、タイヨウたちの存在はバレてしまう。

慎重にそれでいて迅速にこの場から離れなければ危険だ。

ツクモもそれを分かっているようで、こちらを振り返りながら脇の茂みに入っていく。

タイヨウも続いて茂みに息を殺し、ゆっくりと右足を踏み入れていく。

泥濘んだ地面でバランスを崩さぬよう、慎重に重心を右足へと移し、両手は茂み前方にある木を掴む。

そして道に残したままの左足を引きつけようとしたーーーその時。


ぬっと老婆が茂みの道から顔をのぞかせる。

気付いたタイヨウの呼吸が止まる。


「このあたりかねぇ」


所々歯の抜けた口を嬉しそうに歪め、キョロキョロと目だけを周囲に向ける。

ボサボサに伸びた白髪は胸のあたりまであるものの、頭部のあちこちが禿げ上がり頭皮がのぞいている。

胸元の開いた服の隙間から見える鎖骨は、骨が浮かび上がりカサついている。

月明かりと違い明け方の十分な光量で見る老婆の姿は、枝のように細い体つきと妄執に取り憑かれた異様な風貌を映していた。

そこには村で感じた恐怖よりも哀れみをタイヨウに抱かせた。

タイヨウには現実世界に地方に住むお婆ちゃんがいた。

小学生の頃は父の運転する車に乗って、よく夏休みを利用して帰省したものだった。

その度に心の底から嬉しそうに出迎えてくれた。

中学生になってからはなかなか行けずにいるが、それでもあの夏休みの日々はタイヨウの宝物だった。


(なんなんだよ!)


無性にやるせない気持ちが湧き上がる。

現実世界とここでは比べることなどできやしない。

こちらの世界は文明も発達しておらず、過酷なのだ。

それでも納得のいかない気持ちが次から次へと湧き上がってくる。


(分からない、分からないけど、このお婆ちゃんは悪くないはずだ!)


確証はなかった、でも不思議と自分を捕まえることに躍起になっている眼の前の老婆を、どうしても嫌悪する気持ちにはなれなかった。


左足だけ道に残した状態でタイヨウはじっと動かない。

老婆はゆっくりとした足取りで、藪の中に棒切れを放ったりしながら、警戒して進んでいく。

その後ろには予想した通り2人の老爺の姿が見える。

彼らの姿も老婆と似たりよったりだった。

禿げ上がった頭皮にボロボロの服、農作業か力仕事なのか両手はデコボコに歪んでいる。やせ細った体は首筋や腕から血管が浮き出ていた。


タイヨウの首筋からポタリと汗が落ちる。

彼らが通り過ぎていった時間はせいぜい数分だっただろう。

それでもタイヨウは緊張で体中汗をかいていた。

最後の老爺が両脇から伸びる藪で見えなくなっていく。

それを見送れば禁領地までの障害はなくなる。

そう思うとタイヨウは少し安堵できそうな気がした。

ふと藪の中にいるツクモに目がいった。

彼女は老婆たちの去った方をどこか寂しげな目で見ていた。

その顔を見た時タイヨウの頭は真っ白になっていた。


ハッと我に返った時にはタイヨウは、狭い道の真ん中でドンと腰を据えてあぐらをかいていた。


「なぁ!婆ちゃんたち、俺と話し合いをしよう!」


気持ちが先走った勢い任せの発言だった。

茂みのツクモが言葉もなく目を見開いてこちらを見ているのが、目の端に見えた。

ウロがタイヨウの肩で身を硬くしているのが、伝わってた。


ーーー老婆たちはギョッと声のする方に足早に引き返して来ると、視線を下げるてタイヨウの姿が見を。

彼らは一様にニヤァと顔中シワだらけにして、獲物を見つけた喜びを表わす。


「自分から見つかりにくるとは、阿呆なわっぱじゃのう」


醜悪な老婆の顔からは不穏な空気が発せられていた。

しかし、それでもタイヨウは動じなかった。

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