第19話ムッとするツクモ
ツクモはムッとしていた。
16歳の幼い少年が過酷な見知らぬ土地で懸命に生き抜こうとしている。
それだけでも素晴らしいことだが、自分の置かれた立場を冷静に理解し、喋る猫と蟻に抵抗もなく受け入れ、協力してくれるという。
今、タイヨウのウロへの感謝の言葉はまるで仏のようであり、聞いていてこちらの胸も満たされるような気持ちになれた
ただその対象がウロということがツクモには気に入らなかった。
(私にも何か一言あってもいいんじゃないかしら?あんなに眩しい笑顔しちゃって)
と不満が渦を巻いて膨らんでいく。
しかし冷静に考えてみれば、ツクモはむしろタイヨウからここで水を柄杓で与えられ、塩気の多い干し肉を丁度いい塩梅にして与えられた側だった。
(でも、私だって色々とタイヨウに教えてあげれたし・・・)
(・・・・・・・ギブアンドテイクだからそれは違うか)
(タイヨウは覚えていないんだわ。私が村に入るタイヨウの背に警告のニャアを言ったことを。・・・それとも聞こえなかったのかしら・・・・)
(私だって協力的なはずなのに)
などと悶々と考え込んでしまう。
先程までは撫でられて嬉しかったはず、今では鬱陶しく感じてしまう。
(私はただの愛玩動物とは違うの。そんなに気安く触り続けていい存在じゃないの!)
ヒョイっとタイヨウの手を避けるとツクモはタイヨウの手の届かない場所まで後退することにした。
本人は否定するがウロにタイヨウを取られた負け惜しみでしかなかった。
満面の笑みを見せるタイヨウの横顔を睨みつけるようにツクモは見ていた。
しかしふと冷静になってみると、自分の置かれている状況がいかに恵まれたものであるか、思い出された。
タイヨウとの出会いはツクモにとって予想もできないような幸運であった。
それこそこの山々の現状を変えることができる可能性が、あるほどの。
少し前までの絶望的な状況からは想像もできないことであった。
一月以上の熟考の末、使い魔を異世界に送ることをツクモは決めた。
うまくいく可能性は自身の肉ほど薄く、失敗した場合はもう取り返しの付かない状況に追い込まれてしまう。
ツクモの存在自体が消え失せてしまうのだから。
それでも他に選択肢はなく、無為に時間を消費することと、自滅への時間を粛々と待っていても意味がないと思い、決意を決めた。
ツクモが送った使い魔は役目を果たすために、それぞれ異世界に散っていった。
タイヨウには詳しく言わなかったが、異世界は何も1つではない。
ウロがタイヨウのいる世界に飛んだのは、雨粒が地上の無数にある土地に墜ちるそれくらいの偶然だ。
ウロがそうであるように、他の使い魔たちもせいぜい蟻のように質量の小さなものとしか姿を表わすことが叶わなかったことだろう。
それぞれの土地のありふれた見向きもされない存在へ。
使い魔を異世界に放って8日目。
情けを掛けてもらう相手は何も人間とは限らない。
人の言うところの宇宙人、異星生物だってあり得たのだ。
ツクモの予想では幸運に恵まれても、小型動物あたりが使い魔と共に戻って来てくれれば十分だった。
最低でも施しを与えられて、力を蓄えてきてくれればそれで良かった。
それが人間という高位の存在が来るとは思ってもいなかった。
想像すらできなかったことだ。
タイヨウがミギテの素質を持っているのも、ツクモたちにとっては都合が良かった。
ツクモの使い魔の力では人間のような高質量を、こちらの世界に持ってくることはできない。
それを可能にしたのは、タイヨウの精神状態の悪く存在が希薄になっていたからである。使い魔がこちらに戻って来た時、ツクモは本当に嬉しかった。
蟻のような小さな姿をしていたことは予想できた。
しかし送り出す時とは見違えるほど存在感が増し、「ウロ」という名前まで授けられていることは信じられなかった。
ウロから異世界での話を聞いてさらに驚いた。
まさか死に囚われた人間が一匹の蟻に関心を示し、保護し、名付け、餞別を持たせて放つとはあり得ないことのように思えた。
この山々の植物たちが一斉に花開くほど起こり得ないことだ。
しかし、精神が疲弊し存在が稀釈しているからこそ、同じような状態のウロに関心がいったとも思える。
そしてここでタイヨウと出会い、良好な関係を築けたことも幸運であった。
喋る白猫に対して拒否反応を示さないのは、人の中でも未成熟で柔軟な思考を持つ若い人間だったからだろう。
そしてタイヨウの性格が素直で優しい性格なのも好感が持てる。
まだまだ存在として未熟だ。
しかし彼の心の色は、朧月に心が慰められるような温もりある色をしている。
(彼は人間の中でも取り分けて優しい正確だわ。私の目から見ても危ういほどに。信頼関係を気付く上でも彼を見守らないといけないわ!)
とツクモは勝手に保護者役をつとめようと密かに考えていたが、つい先程のことだ。
それが、
(何よ!はじめて笑ったと思ったらウロへの感謝なんて!)
とウロへの嫉妬へと向かってしまっていた。
そしてそのことにツクモは気付いていなかった。
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