第17話ウロ

「・・は?」


タイヨウに疑問が浮かんだのはツクモの口が動いておらず、どこから声がしたのか分からなかったからだ。


「ごめんなさい。紹介するのを忘れてしまっていたわ」


ツクモは困惑するタイヨウにペコリと少し頭を下げる。

タイヨウはますます意味が分からない。


「いや、お前が謝ることじゃないだろ?それより誰の声なのか分かるのか?」


「よく見てちょうだい。私の左耳のところよ」


タイヨウは言われてツクモの左耳をじっと見つめる。


「・・・・・・・」


「そんなに見つめないでもらえるかしら」


耐えきれずツクモがプイと横を向く。

少し頬を赤に染めているようだ。


(自分で見るよう言っておいて恥ずかしがるのか?え、そもそも猫に羞恥心ってあるの?)


タイヨウは混乱する一方でツクモの左耳の上部に黒い小さな塊を発見した。

耳の毛の間に一匹の蟻がじっとしているのが見えた。


「・・・何だ?蟻がいるだけだぞ?お前取り除いて欲しかったのか?」


「違うわ。ちょっとまっーーー潰さないでよ!!」


ツクモが珍しく声を荒げるのも構わずタイヨウは蟻をつまんでいた。


「あれ!?こいつの胴体についてる糸が巻き付いてるぞ。・・・・この糸はひょっとして・・・・俺が飼ってたウロか!?」


タイヨウの掌の上で一匹の蟻は大人しくタイヨウのことじっと見ている。


「やはり気付いて下さいましたか!私の主様!」


蟻が前足を上げ感激しているような仕草をとる。


「いっ!?ウロが喋った!!お前まで話せるのか!!しかも何でここにいるんだよ。庭に逃してやっただろ」


突然飼っていた蟻がキーキー声を出して話しだしたことに、タイヨウは愕然となる。


「この子があなたをここの世界に連れてきた張本人だからよ。つまり命の恩人ね」


すかさずツクモが補足する。


(ウロが俺をここに連れてきた!!ウロが!?)


タイヨウは軽いショックを覚えた。

トイレに行く前の記憶を取り戻したことで、本来ならミギテとしてここに流されてくる可能性が高いことを分かっている。

だが、突然山中に放り込まれたおかげで、どれだけ苦しい思いを強いられたか忘れた訳ではない。

ウロは命の恩人に間違いなかったが、心のどこかでそれを素直に感謝できないタイヨウがいた。


「はい、突然トイレに流してしまって誠に申し訳ございませんでした!あの時の私はまだ話すことができなかったため、事前にタイヨウ様の了承を得ることもできませんでした」

平身低頭の姿でウロは頭を下げている。


「・・・・・いや、頭を上げて。例えあのタイミングで話せたとしても信じなかったよ。ひょっとしたらウロを窓から放り投げてたかもしれないし。ありがとう命を救ってくれて」


・・・・勿体ないお言葉とタイヨウの掌の上でウロはプルプルと震えている。

確かにモヤモヤはある。

でも自分で言った通り、急にウロが喋りだして異世界に流されると説明してくれたとしても、信じなかったに違いない。


「タイヨウとようやく話せて良かったわね、ウロ。で・も、あなたは私が生み出した使い魔でしょ。主人はタイヨウじゃないはずよ」


ウロにツクモが嗜める。


「はい、ツクモは私を召喚してくれた。しかし、私はタイヨウ様を主と決めました。一匹の蟻にあそこまで手厚くして下さった優しい心に感銘を受けました。それに名前まで下さった以上タイヨウ様に忠義を尽くします!角砂糖のご恩を返すのです!」


ウロはツクモの方ではなくタイヨウに向けて宣言をするように言う。

外見は小さな蟻だがどこか男らしく頼もしい。

蟻でも感謝されると悪い気はしないなとタイヨウは思った。


「いや・・・そんなこと急に言われても・・・それに名前はウロでいいんだ」


先程から主人と言われて恥ずかしく感じてしまう。

きっかけは寂しさを紛らわすだけのつもりだったのだ。

それに適当に名付けたことも申し訳ない気持ちにさせる。


「ちょっとあなたねぇ。向こうの世界に送るまでは私に敬称をつけていたじゃない!なんで呼び捨てになっているのよ。それに勝手に主人を決めないの!」


「ツクモには心苦しく感じている。しかし決めてしまったのです。自分の命を賭けるに相応しい人を!!」


ウロはちらりとツクモを見やってから再びタイヨウに熱く宣言する。

その様子がツクモは大層気に入らないらしくウロを見る目が鋭くなる。

さっきまでと違い動向が大きな丸から縦に細くなっている。


「おい!喧嘩はするなよ。そんな場合じゃないだろ。これから3人?で力を合わせないといけないんだぞ?」


「はいタイヨウ様。喜んでこの身を捧げます!」


「一度使い魔は黙ってもらえるかしら。さっきまでずっと静かにしてたでしょ。私とタイヨウで話し合いをするわ」


猫と蟻はお互いに睨みあっているように目を離さない。

ツクモの目の位置にウロを微調節しているのは掌に乗せているタイヨウなのだが、ウロはそのことにまで頭が回っていないようだ。


「干し肉の栄養がようやく私にも巡ってきたのだから、私も会話に参加する。ツクモは丸くなっているといい」


とウロも一?も引かない姿勢だ。


「少しの間口を閉じてなさい!!タイヨウとは私が話すの!少し反省しなさい!」


にゃ!と初めて猫らしい声を漏らすとウロはビクっと震えコロンとタイヨウの掌の上で仰向けに転がる。

足をジタバタさせてコロコロしている。


(俺って人以外には好かれる才能があるのかな。なんか俺の取り合いみたいで嬉しいかも)

取り合いの中心にいたタイヨウは険悪な猫と蟻の様子に反して、場違いなことを考え喜んでいた。

現実世界の時から続く孤独がここに来て薄れるというのも皮肉なことに感じたが。


「ウロが動かなくなったけど、大丈夫なのか?」


気持ちを切り替えツクモに言う。


「私の力で少し大人しくなってもらっただけよ。10分もすれば動けるようになるわ」


(え、10分って以外と長くないか?)


とタイヨウは思ったが、未だ威嚇の目をしているツクモが恐かったので黙っておいた。


「言っておくけど私とウロは主従関係だからね。主人である私の言うことを聞かなかったからやったまでよ。これは正当な権利なの。いいわね」


自分より随分と小さな猫にまくしたてられタイヨウは「はい」としか言えなかった。

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