第16話経緯
北風太陽のモヤモヤは解消された。
失っていた記憶は忘れていたかっただけなのかも知れない。
手に持っていた干し肉の縄をじっと見たままの状態で、少し時間が経過しているようだった。
白猫は何も言わずに大人しく背筋を伸ばしこちらを見ている。
いやどかか慈悲のこもった目をタイヨウに向けている。
「・・・・俺は悪い流れの中にいたってことか」
「そう。そういうこと」
「それならここは死後の世界ってことか」
「いいえ。そうじゃないーーー」
「そうだよな、死後の世界に決まってるよな」
「そうじゃないの。早とちりしないでーーー」
「どうりで変なことが続くと思ったんだ」
記憶によるショックでツクモのセリフはまるで耳に入っていない。
「あ~こんなに辛いんなら現実世界でもう少しなんとかできたかもしれないな・・・」
既に死んでいると勘違いし絶望的な気持ちになる。
自然とタイヨウの目尻からは涙が込み上げてきた。
死後の世界がこんなに寂しい場所とは思わなかった。
こんなに辛いとは思わなかった。
こんなに怖いとは思わなかった。
タイヨウは項垂れて目を瞑る。
涙が頬をつたう。
いや死後の世界ではなく、独りでいることがこれほど心を圧迫し疲弊させるとは知らなかった。
現実世界でもこれほどの孤独を味わったことはない。。
自分がそれまで感じていた引きこもりの孤独感など、現状に比べれば甘えの延長でしかないように思われた。
「俺が置かれてた状況は、俺次第でいくらでも変えることができたのかもしれないな・・」
母の言うとおりに自分らしい目標を持って頑張れば良かったのかもしれない。
勉強だっていくらでも挽回できただろう。
妹も俺のことを信じてくれていたのかもしれない。
あれほど頑なに決めつけていたことがらが今は不思議と別の考えも頭に浮かぶ。
「ちょっといい加減思考の渦から戻ってきてもらえる?」
ツクモが怪訝な顔でタイヨウを見つめる。
「まだ話したいことが沢山あるのだけど、まずあなたはまだ死んでいないってことを言っておくわね」
半眼で呆れたような表情の白猫は何でもないことのようにそう告げた。
タイヨウは目を見開いた。
「俺がまだ死んでないって本当なのか!?」
「先ほどからその話をしたかったのだけど、あなたどんどん自分の世界にいってしまうんだもの」
「いや、だってそんなの信じられないだろ。それならここはどこなんだ?どうして俺はここに来てしまったんだ」
驚くタイヨウにツクモは真剣な眼差しで見つめる。
「記憶も戻ったことだし、改めて聞くことにするわね。あなたは元の世界に戻りたい?」
記憶が蘇る前と同じセリフ。
ただ、先程と違いタイヨウに迷いはなかった。
「戻りたい。戻って自分を変えたい」
タイヨウも真っ直ぐ視線を送った。
「そう。なら今の気持ちを決して忘れないでね。大切なことだから」
タイヨウの目を受け止めると神妙に答え、白猫は土間を上がり囲炉裏の方へと歩く。
「まず何から話そうかしら・・」
囲炉裏の側で腰を落ち着けると少しの間黙考する。
タイヨウも白猫の側であぐらをこくことにした。
「まずこの世界のことだけどここはあなたの世界にとっての異世界。そしてあなたが呼ばれた訳はあなたがミギテとしての素質があったせいね」
「あの世じゃなくても改めて異世界って聞かされるとショックだな」
「そうだと思うわ。私にとってはここが普通の日常なんだけどね」
「因みにここの世界は猫が喋るのは普通のことなのか?」
「・・・・・【人間が私たちの言葉を理解できるか】と言われればそれは不可能に近いわね」
「・・・・・・・・?」
「さっきも言った通りあなたはミギテとしての素質があるの。それが故に私の言葉が理解できると思ってちょうだい」
「それじゃあミギテって何?」
「御義手とはここの風習で言う供物。人身御供と言い換えることもできるわ。ここら一帯の山々を守護する神へ捧げるものなの」
「なに!?それじゃああの老人達はやっぱり俺を捕まえる目的だったんだな!」
タイヨウは腰を浮かし立ち上がろうとするも右足が痛み尻もちを付く。
「その通りよ」
タイヨウの一連の動作を冷ややかな目るツクモ。
「そのミギテの素質ってのは俺が死にたがってたここと関係あるのか?」
「鋭いわね。ご明察よ」
冷たい視線から目を見開きツクモは称賛する。
「嬉しくないよ!そんなの」
「あなたのようにこの世界に流れ付く人は皆現実世界から逃げて来るものなの」
「・・・・逃げる」
「ただ、あなたが他のミギテと違うのは【連れて来られた」ってところよ」
「え!?それはどういう・・こと・・」
「あなたは正確にはまだミギテになってはいない。通常ミギテとは元の世界を死んで逃れた人が流されて来るものなの。つまり故人。あなたは限りなく死に近い精神状態からここに来たに過ぎないの」
「そこに大きな違いはあるのか?」
「肉体が滅びているのとそうではないのとでは全然違うわ。」
「・・・そっか。素直に喜んでいいのか複雑な気持ちだけどな。俺がここに来るのはどちらにしても時間の問題だったんだよな・・・」
「・・・そうね。ここの住人に捕まってしまえばミギテとして奉じられることに違いはない点でも同じことね」
「サラッと恐いこと言わないでくれよ。そうならないためにもお前が力を貸してくれるんだろ」
「その通りよ。そのかわり私の力にもなってちょうだい」
「そうだな。お互いに知恵を絞ってこの状態から抜け出さないとな!」
タイヨウの瞳に光が宿る。高校受験に失敗してからは久しく燻っていた力が体を巡る気がした。
「流石私の命の恩人!ずっとそのような凛々しい顔を拝見したいと思っておりました。微力ながら私もお力添えをしたいと思います!!」
凛とした力強い声が囲炉裏の周囲に響いた。
ビクっと肩を揺らし周囲を見渡したタイヨウには、ツクモ意外には見当たらない。
その声は明らかにツクモとは別のものだった。
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