第15話失われていた記憶

北風太陽の朝は6時半に起き、まず自室にあるインターネットニュースに目を通すことからはじまる。

朝食は8時に一階のリビングに降り、食卓に用意されている物を1人でとる。

この時、パートへ行く準備で忙しい母とはなるべく顔を合わせないよう注意する。

万が一目が合ってしまうと何か口にしたい母の表情で食欲が失せるからだ。

父が会社に出かけるのは7時半から45分頃の間頃であり、鉢合わせを避けるためだ。

妹も父と同じ時間に登校する。

その後、午前中は歴史小説・ライトノベル・推理小説などネットで評判なものをインターネットで注文し読むことで時間を潰す。

昼はパートで母は出掛けているためカップ麺を自室に運び、ネット掲示板を利用しながら食べる。

その後動画共有サイトで公開している贔屓な人物(ユーチューバー)の動画を垂れ流しながら、読書やゲームに興じる。

父はだいたい19時頃に帰宅するためその時間から父の就寝する23時頃までは息を殺すようにして自室で過ごす。

この時もパソコンで匿名掲示板を覗き自身と似たような境遇の嘆きなに共感を示し、自分だけではないという安心を得る。

そして23時を過ぎてから遅い夕食を1人くらいリビングで、大人しく食べる。

この時に喉が乾いて下の階に降りてくる家族がいないか、足を音を絶えず気にしながら用心して食べる。

一度、妹が降りて来たことに気付かず気不味い思いをしたことが、原因だ。

一日の締めくくりは深夜アニメを見ること。

自室にパソコンはあるが、テレビはないためこの時も音量を下げて見る。

そして次の朝を迎えるのが高校を不登校になってからのタイヨウの生活であった。

親や学校から呼び出されることを毎日ビクビク危惧しながら。

そんな繰り返しの日々を2ヶ月ほど繰り替えした。

ーーーーーそしてある日あることに思い至った。

自分の命には価値がない。

自分は疎か家族すらも関心がないようでは、生きていようが死んでいようが同じであると。

退屈で平凡、怠惰で無感動そんな日々と自身に終止符を打つ。

そこに僅かな救いを感じた気がした。

この時のタイヨウは既に悪循環の【流れ】に飲まれていた。

今から一週間ほど前に、自室の床に一匹の蟻が迷い込んでいることに気が付いた。

小学生の頃、国語の教科書に蟻はおしりからフェロモンを分泌していて、それを頼りに集団で移動し巣穴に戻ることが書いてあった。

そこにはフェロモンの道から抜け出してしまうと、帰り道に迷ってしまうとも書いてあった。

どうやらこの蟻は迷ってしまったのだろう。

ティシュを手に取り潰してしまうかとも考えたが、こんな救いのない部屋に迷い込んでしまったことにタイヨウは情が湧いた。

また、いつもの日常にも飽きてもいた。

机にあったペン立てを空にしそこに蟻を入れ飼うことにした。

誰もいない時間帯に庭の土をペン立てに敷き詰めてやる。

餌は分からないので角砂糖を砕いて与えることにした。

タイヨウは心の中で「ウロ」と名付けた。

理由はうろちょろするの「うろ」と漢字の「虚」が自分を表していると思ったから。

そしてそのウロを逃がす日に決意を行動に移すことに決めた。

その日は日曜日であった。

運悪く家族の誰かが絶えず家にいたため、ウロを一階へ降りて逃がすことができなかった。

しかたがないので小学生の時に使った裁縫道具箱から、白糸を用意しウロの胴に慎重に括りつける。

糸のもう一方には角砂糖をきつく縛ることにした。

これは1人で過ごす寂しさをウロのお陰でほんの少しだけ紛らわすことができた、タイヨウなりの餞別だった。

運が良ければ砂糖の匂いに呼ばれ他の蟻とも合流できるだろうし、会えなくても当分の間は生きていけるだろうと思った。

深夜2時になる少し前、2階の自室からベランダに出て手のひらでウロウロしている蟻とセットの角砂糖を慎重に庭に落とす。

落下する姿は見ないようにした。

そして太陽はドアに縄を用意した状態で最後に用を足しに行った。。

できれば垂れ流す汚物は少ない方がいいと思った。

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