第11話老婆たちと白ネコと干し肉
干し肉を見た瞬間タイヨウの口の中にジュッとヨダレが溢れるのを感じだ。
忘れようとしていた飢えが腹の底から襲ってくる。
吊るされているそれから目が離せなくなり固まってしまう。
老婆たちに見つかる恐怖心が一瞬グラつく。
頭では食べたらいけないことは分かっている。
それでも固くくすんだピンク色の肉が魅力的でしょうがない。
「あれは一体何の肉なんだろう?猪とかか?くそ、あいつらにどこか余裕があった訳が何となく分かった。俺が我慢できずに食べることを確信しているんだ」
ーーー俺はそうはならない!!なりたくない!?
目の敵のように乱暴に干し肉の縄を引っ張りズボンのポケットにねじ込むと、太陽は再び藁の寝床へと向かった。
なぜポケットに干し肉を突っ込んだのかは自分でも分からない。
ただぶら下がっている姿に無性に腹が立ったち、見ると決意が揺らぎそうになると思ったからだ。
再び元の場所で横になると藁をかぶり体を休めることだけに集中することにした。
そして真夜中が訪れた。
昨夜と同じようにゾロゾロと老婆たち3人が入り口に顔を出す。
昨夜よりもさらに減った瓶の水の量と吊るした干し肉がなくなっていることにすぐに気づく。
「食ったな」
「「ちげぇねぇ」」
老婆の言葉に左右の老爺が頷く。
「飲んだな」
「ちげえねぇ」
左の老爺が同意する。
「それにあれは相当に塩辛い。例え吐き出したとしても喉の渇きは我慢できねぇはずだ。昨日よりも瓶の水が減ってるのがその証拠だ!?」
右側の老爺が楽しげに言う。昨夜、自分が持ってきた干し肉に獲物がかかったことを喜んでいるようだ。
「ちげぇねぇ」
昨夜から同じことした言わない左側の老爺もニタニタと下卑だ笑いを見せる。
「・・・間違いなく何かを口に入れたねぇ。そしてこの村にいないとなると。後はここを下った袋小路で隠れているか、彷徨っているかだね」
老婆の口は今や釣り上がり深いシワでクシャクシャになっている。
「今夜には捕らえて明日にはミギテを祭れるな」
「ひっひっ、ああ、楽しみだねぇ」
老婆のか細い笑い声と祭りの様子を想像してか愉快そうな言葉を最後に言えから出ていった。
彼らの一連の会話を隠れて聞いていたタイヨウは恐怖で背筋がゾクゾクと震えた。
いくつもの深いシワとたるみ、干からびた皮膚。
そして彼らの抜け落ちた歯を覆う唇と、落ち窪んだ眼窩は喜びで三日月のように湾曲していた。
その姿はこの世のものとは思えない。
思い出すだけでもパニックになりそうになる。
(俺を捕まえて一体何がしたいんだ?でもこれだけは言える、恐ろしい目に合うことだけわ)
自分を捕まえることができず不信を募らせる老婆たちをが、明日の夜にどんな形相をして現れるのか不安になる。
ただ、今は彼らが去ったことにタイヨウは安堵する。
「でもこれからどうしたらいいのかな?」
何度目かのセリフを口に出して呟く。
右足の負傷は順調に癒え始めているとはいえ、走るのは無理そうだ。
また飢えと乾きで満足に体を動かすこともできそうにない。
体もまだ微熱があるようだ。
何も口にしていない以上やつらに見つかる可能性が低い。
しかしそれが何故なのか、どうしたら元の世界に戻れるかは未だに謎のままだ。
「・・・でも一番大切なのは俺が心の底から家に帰りたいと思っているのかだよな」
生きるための努力をしたいと思う。
この過酷な状況を生きのけられたのなら自分は一回り成長できそうな予感がするのだ。
でも・・・・俺は元の世界で本当にやり直しをしたいのだろうか?
確証が持てない。
何か大切なことを忘れてしまっている気がする。
ここに来る直前に考えていた大切な何かを・・・・
3人が去ってから長いことタイヨウは奇妙な胸の違和感の正体を突き止めようと考え事をしていた。
ふと顔を上げたのは偶然だった。
何気なく視線を上げた時、入り口に一匹の猫がいることに気付いた。
それはガリガリに痩せた白い猫であった。
猫はトボトボと足取り重く家に入ると、瓶に前足を乗せ水を飲むつもりのようだった。
しかし、タイヨウが使ってしまったせい水かさが減り届かないようだ。
「村人に見つかったら・・・・」という不安を抱いたが、その前に体は反応していた。
右足を引きずりながらゆっくりと近づいて行く。
瓶に近寄り柄杓で水をすくい猫に差し出す。
一瞬この水を呑ませていいものかと迷ったが、迷わず瓶に向かったことから余程弱っているのだろうと思い、飲ませることに決めた。
猫はタイヨウがいることを知っていたかのように動じず、チロチロとゆっくりと水を飲む。
「お前には俺が見えてるのか?頼むから村人には内緒にしておいてくれよ」
「この村にはお前の食べ物が少ないのか?そんなにやせ細って可哀想に」
人ではないが動物に会えたことでタイヨウの寂しさはまぎれた。
言葉が通じないと分かっていてもついつい話しかけてしまう。
長いこといて欲しいとの思いから決して猫を撫でようとはせず、少し遠くの位置で猫の様子を見る。
自然と笑みが溢れる。
そしてあることを思いつく。
「その柄杓借りてもいいかな?」
警戒させないよう慎重に柄杓を取り上げ、水を汲む。
そしてポケットにしまってあった干し肉を水に浸し、ゆっくりと肉を揉む。
「あいつらがこの肉は塩分が多いって言ってたんだ。お前には体の毒だから塩気を抜いてやるよ。そしたら食べたら良い。口に合うかわからないが」
3度ほど水を換え塩を取り除く。
果たしてこれで大丈夫なのか心配であったが、猫の口元に置いてやる。
幸いにも熱心に揉んだため肉は若干柔らかくなって食べやすそうだ。
猫はタイヨウの顔色をうかがい、まるで遠慮しているかのように口を付けない。
「俺の心配をしてくれているのか?いいやつだなお前。俺のことなら心配するな。この干し肉を食べるつもりはないんだ。むしろお前が食べてくれた方が見なくて済むからいいくらいだよ」
太陽がそう言うとまるで理解したかのように猫は干し肉を食べ始めた。
そのことにタイヨウは小さな充実感を覚えた。
「俺、今まで動物に関心なかったけど猫ってこんなに可愛いんだな。よかったらまだ干し肉はあるから食べるか?」
「ありがとう。あるだけもらえるかしら?」
「おおいいぞ。うんと食べろ・・・・」
ギョッとして猫の姿を見ると干し肉を食べ終えた猫がこちらを見ている。
「どうしたの?やっぱりあなたも食べたくなったの?」
猫が不安げにしゃべった。
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