第10話孤独の中で考える”一握りの光とそれを照らす影”について
ドクンドクンと心臓の鼓動は急速に早くなる。
しかし懸命に荒くなる呼吸を抑え込みできるだけタイヨウは気配を消そうとしてみる。
どうやら老婆たちの言葉通りであれば、瓶の水を飲んでいないことで彼らにはタイヨウの姿が見えないようだ。
(そんな御伽話のようなことがあるのか?)
という疑問が頭をもたげる。
彼らが自分のことをからかっているのだろうか。
実はここにいることもバレていて、怖がらせるために演じているのだろうか。
しかしとも思う。
彼らの異様な風貌と口調そして感じるおぞましさは嘘なんかではない。
タイヨウはじっとしながら注意深く彼らの動向を伺う。
「まぁええじゃろ。どうせ飢えからは逃げられん。それに骸(むくろ)なら骸でもええ。ミギテが見つかるのも時間の問題じゃ」
「ちげぇねぇ」
右にいた老人の頷きを最後に彼らは入り口から去っていく。
1人取り残されたタイヨウはプハーっと深い息を吐いた。
老婆たちの出現で緊張を強いられた時間はさほど長くはなかった。
それでも熱を出し衰弱しているタイヨウには酷く消耗させられた。
緊張の糸が切れるとタイヨウの瞼は流れ落ちる雨粒のように閉じていった。
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再び目を覚ました時は明け方だった。
体調は相変わらず悪く、空腹と喉の渇きのせいで目を覚ましたようだった。
体中が熱を発し鉛のように重くなっている体。
(何かを口にしたら俺はやつらに見つかってしまう。だけどこのままだったら脱水症状か病気で死んでしまうかもしれない)
(俺にしてはよく我慢した方じゃないか?・・・・もう楽になりたいな)
今までタイヨウの体の心配は全て母親がしてくれていた。
それを毎度煩わしく感じ適当に返事をし憎まれ口を叩いてばかりいた。
(自分の体のことなのにどうしたら良いのか分からないよ。これから先どうしたらいいのかも分からない))
ここにきて1人森を彷徨い右足を負傷し、そのせいで熱まで出している。
その上、飢えと喉の渇きに苦しんでいる。
にも関わらず、どうしたらいいのか自分1人では決められない。
家にいた時はあんなに疎ましかった親や兄妹が、一日知らぬ土地に放り込まれただけでこんなに孤独を感じ、寂しい気持ちになるとは思っていなかった。
そのことにタイヨウは驚いていた。
自分はもっとなんでもできると思っていた。
一人で決められると思っていた。
自分の力だけで生きていけると考えていた。
人が群れるのは悪いことではない、でも全員が気持ちよく群れることができる世の中じゃない。
心の底から自分の気持を相手に伝えることができて、集団の舵を切ることができるのは一握りだ。
多くの人は金魚のフンのようにそれに付いていくことしかできない。
それを非難したい訳じゃない。
必死に喰らいつくことができるのも才能だ。
でも今の俺にはその姿が滑稽に見えてしまう。
活発で自己主張のできる人間を際立たせるだけの影のような存在。
まるで光に群がる蛾ような。
学校という集団生活だからこそ、その構造が如実に現れる。
俺は影の立場だ。
蛾のように舞うしかできない。
それでもそんな姿を晒すようなことはしたくない。
影にだってプライドがあるんだ。
それなら一人でいた方が良い。
そう思っていた。
でもそれは俺の傲慢な考えでしかなかったのかもしれない。
ただただ眩しい人たちに嫉妬し、勝手に自分の殻を厚くすることしか考えてこなかっただけかもしれない。
自分を決めつけずに光になれるよう努力してみなければ何も分からないではないか。
自分は光にも影にもなれず、影や蛾になることを恐れていただけの人間じゃないのか。
影や蛾に徹する努力をしている人ですらなく、ただのプライドの塊だったのだ。
それは酷く醜いモノだ。
それは酷く悲しい。
今、自分の置かれているこの状況に比べれば、親や学校での問題は何でもないように感じた。
生きるか死ぬかの問題と比べることはできないかもしれない。
元の世界に戻れたらやっぱり尻込みしてしまうかもしれない。
それでもこの経験を糧に努力してみたい。
生き延びたいと思った。
(やつらに見つかる覚悟で渇きを潤すべきか。それとも飢えを我慢して体の状態を良くする方が先か)
その判断は自分で決めなければならない。
タイヨウは結局右足の傷口を洗い、縛っていたTシャツの端を解いてで体を丁寧に拭くに留めた。
その時に昨夜右側にいた老爺がかまどの上部で何かをしていたことを思い出した。
ふとそのあたりに視線を向ける。
ひと目で気付くことができた。
そこには干し肉が吊るされていた。
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