第8話瓶の水

家の入口で中を覗いてみるが、やはり家の中に人の姿は見当たらないようであった。

築年数かなり経った家らしくタイヨウが手を添えた入り口の壁は、ポロポロと砂が落ちだ。

そして入り口にドアがないため風の滞留はないはずなのに、ムッとした生暖かい停滞した空気を形容のできない臭気が鼻を突いた。

その聴覚と触覚を不快に刺激されたせいで、タイヨウの背筋はブルッと震えしかめっ面になる。

長屋のような構造の家は入り口から土間となっており、奥にはかまどが見られその下には火を炊く用の薪が無造作につまれている。

隣には水の入った瓶が置いてある。

正面左手には一段高い段差があり、そこからは居間となっていた。

月明かりの届かない居間の奥は見ることができない。

居間の手前には囲炉裏があることが分かった。

もし住人がいた場合、タイヨウが出入り口に立ったことで月明かりを遮られ、すぐに気付くこととなるだろう。

タイヨウは万が一襲ってこられてもいいように、杖代わりの枝をいつでも振れるように身構えていた。

しばらくの間待ってみる。

シーンと何物も動く気配を見せず時間が過ぎる。

タイヨウは警戒を解き居間へと向かう。

右足を引きずるズリズリっと引きずる音がやけに響いて聞こえ冷や汗が出る。

タイヨウは居間に腰を下ろしひねるようにして上半身だけ居間の奥へと目を向ける。

そこにはやはり月の光の届かない暗闇が広がっているばかりでよく見えなかった。

ここの住人がどこかへ出掛けているのは確かなようだ。


(とりあえず安心してもいいのかな?・・・でもいつ帰ってくるかも分からない。今の内に体を休めたいけど、寝てる間に家主が帰ってこないかな・・・・)


(他の家の様子も見に行った方が良い・・・よな?ひょっとしたら・・・寝ている村人がいるかもしれないし・・・助けてくれるかもしれない)


長いこと山の中で緊張を強いられていたため、腰を下ろすと体が重いことに改めて気付く。

考えなければいけないことが沢山あるにもかかわらず、頭は働いてくれない。

それどころか疲れで腰を浮かすこともできそうにない。


(ここで生き残るためには・・・・)


必死に自分を追い込もうとするも、その先を考えることが億劫に感じる。

そこでふと水の入った瓶があったことを思い出した。

自分のいる場所からでも、なみなみと注がれた瓶の水は僅かな月明かりを反射して輝いて見える。

ゴクリと太陽の喉が鳴る。

あれだけ重く感じた上体を上げ、ズリズリと腰を90度に曲げて瓶のもとまで移動する。

かまどの隣にある以上、飲水だろうと思われる。

側には柄杓も置いてある。

そのまま顔ごと瓶に突っ込み思う存分飲んでしまいたい欲望を堪え、柄杓にすくって両手を洗ってみる。


「普通の水だよな。特に不純物がある訳でもなさそうだし。勝手に使って怒られたら謝るしかないな」


まるで許しを請うように一人呟く。

血や泥にまみれ所々擦り傷のある両手を綺麗に洗い流し、負傷した右足の洗浄もすることにした。

痛みを覚悟し慎重に水を垂らし泥や血の塊を流していく。


「~~~っ!?ん?」


不思議なことにさほど痛みは感じられなかった。

眠気と疲労で刺激に鈍くなっているのだろうか?

タイヨウには判断できなかった。


「これなら飲んでも問題ないよな・・・」


誰かに確認するように呟く。

ゆっくりと柄杓を顔に近づける。

極度の飢えのためか微かに甘そうな匂いすら水から感じられる。

柄杓に唇をつけ水の冷たさが上唇に触れ

ようとしたその時ーーー

チクリと左の小指に痛みが走る。

その痛みはタイヨウの頭まで一気に駆け巡った。

あわや柄杓を取りこぼしそうになる。

咄嗟に痛みのもとに目を向ける。

月の光から逃れるようにして影に身を潜ませたのは一匹の虫だった。

どうやらその虫に刺された痛みだったようだ。

ただ、何か紐のようなものを引きずっているようにタイヨウには見えた。

それは目の錯覚だったのだろうか?

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