第5話それでも歩を進める
涙を拭い着ているTシャツを乱暴に破いて右足をきつく縛ることで、ようやく出血はおさまった。
ここにきてタイヨウはようやく冷静に自身の置かれている状況を考えることにした。
自分が何も携帯していないこと
ここがどこだか分からないこと
気温や自生している植物が日本のものに近いこと
夢の可能性が薄いこと
元の世界に帰れるか分からないこと
夕闇が迫りどこかで夜を明かす必要があること
この世界に来てからどれくらい時間が経ったのか
寝不足であり睡眠を取る必要があること
果たして人は存在するのか
人以外の化け物がいる可能性もあること
清潔な水で右足を洗浄し治療する必要があること
そして現状を打破するための情報や知恵がタイヨウには何もなかった。
(何も分からないけどパニックになるな・・大丈夫・・・・大丈夫)
ジリジリとした焦りが胸を締め付け、発狂してしまいたくなる衝動を深呼吸することで押さえつける。
これまで進み易い場所をかき分けて下山してきたとはいえ、これからはより慎重に行動する必要を心に刻む。
直近の目標は体を休めることができる場所の確保と、喉を潤し傷を洗浄できる水場の発見に決めた。
右足の負傷により、一層激しく汗は吹き出し喉の渇きをタイヨウは強烈に感じるようになっていた。
その右足はズキズキと頭に響く痛みと熱を絶えず放っている。
現実世界では家に引きこもることで体力などろくになく、欲のままに不規則な生活を送っていたことで、我慢の強いられるこの状況がストレスでしょうがない。
「くそ!どうしよう。何から手を付けたらいいか分からない。水が飲みたい。ゆっくりと寝たい。俺以外に人はいないのかよ」
興奮が冷めると一転して心細さと不安が胸に込み上げてくる。
(もう横になって寝ちゃおうかな・・・・それじゃダメだ!休める場所を探さないと)
ついつい甘い考えをする自分を叱咤する。
手頃な長さの枝を探しそれを杖に下山を再開する。
負傷した場所から右足を引きずり慎重に草をかき分けて20分ほど前進した。
移動速度は格段に遅くなっている。
視界は日没による暗さと空を覆う木々で見晴らしが悪い。
(まるで闇の中をさ迷っているみたいだ・・・)
見渡す限り長く伸びた草と葉そして蔓の巻き付く太い木々が自生している代わり映えのしない光景が、タイヨウにはこの先ずっと死ぬまで続くように感じられた。
耳を済ませばカラスと思われる鳥の鳴き声と蝉や鈴虫の音がするばかりで、人の声などは聞こえてこない。
単調な風景と動作は疲れた体に眠気を引き起こす。
いくら気を引き締めたところで頭は霞んでくる。
問題はそれだけではなかった。
日が沈んだことで気温は下がり汗を含んだTシャツとズポンも今は冷たくなってきている。
Tシャツの腹部のあたりを噛み切ってやぶり足の止血にあてたこともあって、外気に触れ寒くてしょうがない。
そして出血したことで体温も下がり、いつの頃からかカチカチと歯が鳴るようになっていた。
蚊やハエに対してあれほど鬱陶しく感じていたが、今はどうでもよくなっていた。
はぁはぁと荒い息は自身の耳にも聞こえるほど大きくなっている。
もしこのままの状態が一時間も続いていたならば、タイヨウの精神は錯乱しおかしくなっていたかもしれない。
木の杖で眼前の草をかき分けた時、急に視界が開けた。
衰弱したタイヨウにはそれを喜ぶ気力さえ失われていた。
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