第4話苦難
鬱蒼とした草木の生い茂る斜面を北風タイヨウは愚痴をこぼしながら進んでいく。
見渡す限り人の手入れがされた様子はなく、隙間なく草と木が密生している。
そんな中を少しでも楽そうな道を探し、掻き分けて下りていく。
歩き初めて10分程したところで頂上を目指すべきだったとタイヨウは気付いた。
しかし、
(どうせ悪い夢なんだからもうどうでもいいや)
という気持ちが勝り下り続けることにした。
「こんな気持ちの悪い夢を見るやつなんて俺以外いねぇだろ~な。これは覚めたら自慢できるだろうな。・・・・まぁ、話すやつなんていないけどな」
自身の独り言でさらに気分を盛り下げつつ更に歩くこと20分。
タイヨウの予想とは裏腹に一向に登山道は発見できず、草木の密度をますます濃くなり歩き難くなる。
時々、蜘蛛の巣に顔や腕が触れその気味の悪い感触に強く振り払って振りほどく。
その他にも蛾なのか蝶なのか判別のつかない毒毒しい模様の無視が目の前を通り過ぎ、これまたタイヨウをゾッとさせた。
太く立派な木々が夕暮れ時の淡い光を遮り、視界を一層悪くする。
振り向いてもタイヨウが通ってきた道はもう分からなくなっていた。
家のトイレからいきなりこんな場所に放り込まれたため、靴は履いていない。
素足は泥で汚れ足を滑らせる数も一度や二度ではなかった。
ここにきてタイヨウはようやく焦りを覚え始めていた。
「クソ!これは夢じゃないのかよ!それに異世界ものならもう人と出会ってる展開だろ!」
天を仰いで声を張り上げる。
百歩譲って夢でなかったとしても過酷過ぎるとタイヨウの不満が爆発した。
自分の好きな異世界では主人公はこんな目には合わない。
直ぐに可愛い女の子との出会いがあって、嬉し恥ずかしのエピソードで盛り上がるはずなのだ。
こんな寂しい状態が続くはずがないのだ。
背に張り付く汗が不快だ。
額からも汗が流れ落ちて目に入るのも邪魔だ。
その匂いに惹かれてか蚊や蝿が近くを飛び回るのも鬱陶しい。
風呂に入っていなかったせいで髪がベトベトして気持ち悪い。
家に閉じこもってばかりの生活を続けていたこともあり、山の斜面を下りる行為はすぐにタイヨウを疲弊させた。
こんな所に来ていなければ自室のベッドで寝ていたことを想像すると、ムカムカと怒りが込み上げてくる。
そして歪な生活習慣による寝不足もイライラに拍車をかけていた。
歩くという単調な行動により意識が内へ内へと深く沈んでいく。
視界の悪い山を素足で歩くにはタイヨウの意識は散漫過ぎた。
何気なく踏み出した右足は固く突き出た乾いた木の幹を思い切り踏み抜いた。
「ぐぁ!~~~!~~~~~~!!!」
警戒を怠った代償だった。
頭を突き抜けるような痛みが走り涙が目尻から溢れ出す。
食いしばった歯の間からはヨダレが流れ出た。
ガクガクと腰を屈め右足の裏の状態を確認しようとする。
夥(おびただ)しい血が小指側、土踏まずのあたりから出ており暗くて傷の深さがどれぼどなのか、検討もつかない。
痛みの激しさからなんとなく今までに負ったどんな傷よりも酷いことが想像できた。
屈み込み溢れ出る血を見たことでタイヨウは余計にパニックになった。
どっと汗が吹き出し息が上がる。
両手にぬるりと広がる血に頭が真っ白になる。
「ここどこなんだよ。なんなんだよ。なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ」
「クソ!夢なら痛みで目を覚ませよ!もういいだろうが!」
「誰かなんとかしてくれよ!ドッキリだったらスタッフ出てこいよ」
「あいつら俺をついに山に捨てやがったのか!許せねぇ」
思いつくまま大声を出すものの、声は吸い込まれるように虚空に消える。
「うぅ・・・・・・そうだ、ここが異世界なら魔法が使えるはずだよな。・・ヒール!」
負傷した右足を両手で包みゲームで定番の癒やし魔法を唱える。
何も起きなかった。
「・・・・ヒールでダメならなんなら効くんだよ・・・・・」
途方にくれ弱々しく呟くもそれに答えてくれるものは誰もいなかった。
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