第3話山の中腹にて

「は?」


それが異世界での北風タイヨウの第一声だった。

自分の最後の記憶に間違いがなければトイレにいたばずである。

それがどういう訳か今は山の中腹にいるようだ。


「なんで?」


なんで自分がこんな所にいるのか?という言葉を言い終えずに絶句してしまう。

山の中腹という考えも周囲の山々がうかがえる標高の高く見晴らしの良い景色と、自分の足元に生える手入れのされていない植物から推測したものに過ぎない。

そして眼前を辿るとなだらかな地面は少しずつ傾斜しており、その先には山の頂上がうっすらと視認できる。

いやあの頂上もひょっとしたら山の一部でしかないのかもしれない。

いずれにしろタイヨウのいる位置からはまだ大分距離があるように思えた。

ヒュウと生ぬるい風が太陽の露出している肌に触れる。

幸いなことに標高の高い位置にいるにもかかわらず、寒くは感じなかった。

日本の四季で言えば、どうやら今は夏のようである。

そして頭上の太陽は既に傾きはじめており、その綺麗な茜色からこの世界が夕方であるとタイヨウは思った。

周囲に生い茂る草木には蜻蛉(とんぼ)が無数に飛び回り、蝉の鳴き声が少し遠くにある木々から聞こえてくる。


「ここは日本のどこかなのか?」


小さく一言呟く。

どこまでも広がる見晴らしのいい景色には何も影響を及ぼさない。

自宅と違い声に振り返る母も新聞から一瞥する父も悪態をつく妹もここにはいない。

だからだろうか。

北風タイヨウが考えることができたのはここまでであった。

趣味で読んでいるライトノベルの主人公であれば、すぐに気持ちを切り替え持ち前の行動力と幸運で道を切り開いていけただろう。

しかし夢にしてはリアルで現実にしては突拍子もない展開に、タイヨウはただただ呆然とすることしかできなかった。


「全然意味が分からない、ここどこなんだよ!」


先程から変わらずあぐら状態で小さな声で悪態をつく。

万が一人がいた時を考慮して声は絞ってある。

こんな状況でも諍い(いさかい)を避ける思考は変えられない。

声量とは裏腹にタイヨウの心は理不尽な現状に苛立ちが募り握り拳に力が入る。


「カー」


カラスの一際大きな声にビクっとタイヨウの体が反応する。

(このままじっとしていても日が暮れて状況が悪化するだけだ)


と気付き仕方がなく重い腰を上げる。

ズボンの汚れを払いつつ、


(これは何かの悪戯だ。俺はそんなのに付き合わない!)


と無理やり決めつけて出した答えは、単純に山を下るという選択であった。

無事に下山できれば御の字であり、適当に歩いて登山道を探せばいいやという考えであった。

なによりもそのうち目覚める悪夢か悪戯にもう少しだけ付き合ってやるかという気持ちしかなかった。

もう少しタイヨウに現状を真面目に受け止める冷静さがあれば、頂上への道を選ぶべきであるという考えに思い至ったはずである。

しかし突拍子もない展開に半ば不貞腐れている心理状態でそれは難しかった。

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