第6話 release

「俺の名前は奏多奏かなたかなでだ」自己紹介もほどほどに、家があるであろう方向に足を向けた。


かなで、またな」不意に下の名前で呼ばれたことに気恥ずかしく、むず痒くなって、体を掻きむしりたい気分になった。顔を向けるのが恥ずかしく、その場で後ろにいるであろうMに手を振る仕草をした。


土手もほどほどに歩いた所、急に背景に切れ目が入っているのが見えた、「ここが三途の河に続く世界の果てっやつですかー」


そのままその切れ目に向かって歩き続ける、予想通りというか何というか、自分の部屋に無事に戻れたようだった。


時計を見ると15分ほど経過している。どうやらこっちもあっちの世界も時間の流れは同じようだ。

「浦島太郎になるんじゃないかと少しハラハラしたけど、無事にご帰還いたしましたよー」エビチリを抱き上げ、もう一度絵の方を見ると、相変わらず土手に座りながらこっちに向かって愛想を振りまいているMの姿が見えた。


また口がパクパク動いているが相変わらず聴き取れない、ただ口の動きで、また来いよとか、寂しいとか、言っているのが窺える。


「さぁてご飯にしますかー!」ファンタジーのような出来事も無かったかのように平然と食事の準備をして、テレビをつける。


またニュースであの土手の事件を取り扱っている、どうやら殺人事件でまだ犯人は捕まっていないらしい。

この時は自分がまさかこの事件に関わることなど1ミリも思っていなかった。


放ったらかしにしていた音楽サイトchordを開くと、エグい通知のお知らせと、嵐のようなコメント数に埋め尽くされていた。読みきれないコメントに辟易とし、書き込みが出来ないように設定を変えようかと思ったが、ふと一つのコメントに目が止まる。


CDを出さないか?という甘いお誘いのコメントだ。何処かの音楽レーベルのようで、どこかで目にしたことのある会社だった。そしてやっぱりコメント遡ってみると同じように音楽事務所らしき人からのメッセージが届いていた。


一曲しか投稿してないのに?実際は過去に何曲か投稿したはずなのに、自分でも過去の汚物のようにどこかに流し去ってしまったらしい。


自分の中でも、あの楽曲が本当に幻覚から産まれた楽曲なのか、自分が作曲したといってもいいものか、証明出来る訳もなく、Mともう少し話をしてみようと思った。


彼のいう通り、また会いに行くことになりそうだ。

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