第5話 encounter

彼がおもむろに俺の方を向き、なにやら口をパクパクとさせている。「いや、聴こえねぇし!」


何故か目の前で起こっている奇妙な現象に慣れたのか、既に無我の境地に達したのか、自然にツッコミを入れているやけに冷静な自分を不思議に思った。


この絵がどうなっているか手を伸ばし、彼がいる場所を少し触ってみる。


「おい、どこ触ってるんだよ!」


急に聴こえてきた声に驚き、その場に尻もちをつき、手足をバタバタとしてふと気がついた。「草....なんで俺の部屋に草が...」


周りを見渡すとそこは例の土手のようだった。


「あぁーはっはっはっ、何やってるのお前面白いなー」男が俺の挙動を見て面白がっている。腹を抱えて爆笑をしている。


「笑ーうーなー、っていうか、お前何なんだよ、何でこんな所にいるんだよ、てかここ何処だよ!」


一点さっきまで冷静だった自分が堰を切ったように、色んな疑問が頭の中をグルグルと目まぐるしく回って、混乱している。


涙が出るぐらい笑い散らかした男は、自分の目尻を拭きながら、「俺にも分からないんだ、正直いうと記憶がないみたいに空っぽなんだ、ここが何処か

も、今が何時かも分からない、ほれこの通り時計も動いていないみたい。」


確かに時計は6月9日 16時15分で止まっている。ん?その日は確か...俺もこの辺りにいたような...。


「名前は?名前も覚えてないのかよ?」その問いに、あぁと男は答える。


奏多は少し落ち着いてきたのか、疑問を一つ一つ解決しようと考え始めた矢先、「おいどうやってこっから帰れるんだ?」


男はまた吹き出して笑いながら「歩いて帰ればいだろう?どうせ近所なんだろう?」あたかもそれが当たり前のような顔をして、またコロコロと笑っている。


真面目に考えている俺の方がアホらしくなる、あいつのいう通り歩いて帰ってみるか...


「じゃあな」と軽い挨拶だけをして歩き始めると「また来いよ、というか多分また来ることになる。」


「はぁ?」と奏多が首を捻っていると


「一人じゃ寂しいからな、届いてるんだろ、俺の歌。」


その言葉にドキッとして、やっぱりという思いと、これは俺の描いた絵が生み出した幻覚が作った歌だから俺の歌だよな?俺の歌は俺の物だよな!?

と自分への言い訳をしっかりした後で、「来れたらまた来るよ、そうだ新曲も1曲頼むよ、俺の作った幻覚さん」


幻覚さんと言った後で、名前が無いとずっとお前とか、幻覚さんというなんとも言えない呼称に気持ちが悪くなり提案をする事にした。


「そうだ名前覚えてないなら俺がとりあえずでつけてやるよ、適当につけるけど文句を言うならずっと幻覚さんと呼ぶからな!」脅し文句にもならない脅しをかけつつ彼には “M”《エム》という名前をつけた。

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