六、無慈悲

 スズメのさえずりが揃うと、朝を迎えたことを教えてくれる。

 いつもだったら、お日様と一緒に歓迎する鳴き声も、体力、気力共に弱りきっているせいで、私には耳障りだ。


 障子の端から端まで、日の光を取り込んでいたので、まぶたを閉じてても焼かれるように眩しく、自然と目が覚めた。

 陽光が部屋を照らしたことで、寝床からでも部屋の様子が解った

 養生所にお手伝いで来ているおばさん達が、忙しく布団を片付けていた。


 障子側で寝ていた、幼い女の子の布団だ。

 おばさん達のヒソヒソとした声が聞こえて来る。


「やっぱり駄目だったね」


「可哀想にねぇ。三年しか生きてないのに」


「神様が決めた寿命だよ。こればっかりは、どうにもならないよ」


 それを聞いて私は息が詰まる。

 得体のしれない何かが、人の命を奪う様を見てしまったのだ。


 昼時、私の隣で浅い息をする、五つくらいの女の子に、母親が見舞いに来ていた。

 女の子は声を絞り出すように吐き出し、ダダをこねる。


「か、帰りたい……お母ちゃん、帰りたいよぉ……」


 母親は女の子の手を取り、なだめる。

 

「大丈夫だから。ここのお医者様が、あんたの為に頑張って治そうとしているのだから、もう少しの辛抱だよ?」


「ヤ、ヤダ……帰りたいぃ……」


 苦しむ娘を見て辛くなり、母親は肩を震わせながら、涙を流した。


 二日目の夜。 

 ギギィ――――と、木の床をきしませる音が聞こえてくると、冷たい風が耳元を撫でるのと合わせて、三度みたび現れた・・・

 どこからともなく、まるで最初からそこへいたように、そこに存在する。


 顔のない人は、見向きもせず、あっさりと私を通り過ぎると、隣で横たわる女の子へ歩み寄る。

 すぐ隣に奇々怪々の気配がするのだ。

 安心することは出来ず、冷や汗が止まらない。

 

 昼間、母親に帰りたいとダダをこねた女の子。

 暗闇より黒い影は、歪む能面を女の子の顔へ近づけ、何かを唱えて上半身を起こす。


 女の子の枕元から離れると、しばらく歩るき回った後、釣り上げられるように天井へと去ってゆく。


 辺りが静まりかえると、私の気は遠のき、そのまま眠りへ誘われた。


 ――――――――朝。

 日差しがまぶたを照りつけ、目を覚ます。


 隣の女の子の母親に連れ添い、父親と思われる人物がいた。

 お医者様から事情を説明されると、夫婦は泣き崩れる。


 夫婦は、すすり泣きながら、息絶えた子供を荷台で連れて帰ったのだった。

 

 たった二日で二人の子供が、やまいで死に絶えた。

 子供の薄弱な魂は、魔のモノにとっては、陸に打ち上げられた魚も同然だろう。

 私もその一人だと思うと、悪寒が走る。

 

 朝が来れば、夜は幾度となくやってくる。


 三日目の夜。

 その時の私も察しがついた。

 顔のない人は、この囲い部屋から摘み取る魂を、選別している。


 足音のように聞こえてくる、お経の声。


 ――――――――無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故――――――――


 私はお経の声にうなされ、その夜はほとんど寝れなかった。


 昼は死んだように寝て、夕方はその余韻のせいか、養生所での出来事はうろ覚えだ。

 ぼんやり開いた目に、父と母の姿が映り、私を解放していた。


 そこへ、障子を開けて、お髭の先生こと小川笙船おがわしょうせんが入室する。

 母はすがるように先生へ問う。


「小川先生……この子は治るのでしょうか?」


「今の様子だと、神頼みとしか言いようがない」


「そんな……」


「新たに薬を煎じて、飲ませてみようと思うのだが」


 父が噛み付くように聞く。


「その薬は、大丈夫なんですかい? なんでも、この養生所は、煎じた薬を試す為に、病人を使ってると聞きましたが?」


 母は父の肩を叩き、節操のない口を封じる。

 小川先生は重苦しく答える。


「薬は万能ではない。娘さんの気力を、少しでも持ち直させる為の物だ。後は、このお嬢さんの生命力しだいだ」

 

 母は畳に頭が擦れるほど、土下座をして懇願する。


「どうか、どうか! お願い致します」


 小川先生は静かに頷き、言葉を継ぐ。


養生所ここの医者達も、昼夜問わず、寝ずの晩で努めておる。できる限りのことはするつもりだ」

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